九話

「っ……」

 刃は足を押さえながら蹲っていた。

 飛び降りた時に下手を打ち足首を捻挫したらしく、苦悶の表情を浮かべる。

 だがそれでも動かなければという意思はあったのだろう。

 足の痛みを無視して起き上がり、足を引き摺るようにして敷地から出ようと動き出す。


「待てよ」


 背後から聞こえた声と共に刃の頭上を飛んでいく火の玉は、敷地の出入り口辺りに落ちると、内からも外からも近寄るのすら困難な熱の壁を作り出す。

 高熱で遮断され敷地から道へ出ることは不可能となった。



「様子から察するに着地に失敗して足首を捻ったか。わざわざ無理して降りたって事は、もうさっきの気持ち悪ぃ手は使えねえと見ていいよな? 」くっくっと喉を鳴らし陽斗は笑う。

 刃はくるりと陽斗の方へ向き、「さぁ? 」と笑みを浮かべる。

 その笑みが強がりなのは誰が見ても明らかだった。

「写真の娘は何処にやった? 」

 刃の返答は沈黙だった。



「早く答えねえと死ぬぞ 」

 燃えた腕で狙いをつけ(これで答えなけりゃ本当にぶっ放す)

 と奴を睨みつけ――違和感を覚えた。


 男の視点が自分を見ていないことが分かったからだ。

(……どこ見てやがる? この状況で俺以外の、何を?後ろか? ……まさかっ?! )

 脳裏によぎる足首を掴まれ宙吊りにされた時のあいつの目の動き。

 振り向かざるを得なかった。

 踵を返し振り向こうとしたその時、後頭部に衝撃が走る。

 地べたに崩れ落ちる俺が見た最後の景色は、独りでに浮いている鉄パイプが俺の血に濡れていた事だった。



(死んでないよな? )

 力加減なんて分からない魔法の手マジックハンドによる工場に転がっていた鉄パイプでの後頭部へのフルスイング。

 本来は脇腹顔面と殴りつけた後に止めとしてぶつけるつもりだった。

 だが顔面への拳が避けられ脇腹の拳ごと燃やされた時、生き残っていたあの手を呼び出して飛び降りようとした。

 仮に最後の魔法の手マジックハンドを逃げるのに使ったら、飛び降りの際怪我せずに済んだかもしれない。

 だが1つの魔法の手マジックハンドであいつから逃げ切れるとは到底思えなかった。

 だからわざわざ無理をして飛び降りたのだ。

 相手の油断を誘うために。

(……とりあえず逃げないと。この男が生きてようと死んでようと、どちらにしてもこんな所にいたらまずい)



 刃は倒れている陽斗を一瞥し、敷地から出ていく。

 熱の壁はいつの間にか無くなっていた。



 俺が家に着く頃にはもう日は沈み薄暗くなっていた。

「ただいまー」

「お帰り。今日遅かったわね? 」

 母さんの声が台所の扉を通して聞こえた。

 恐らくもう夕食を食べている時間だ。

 とすれば、台所に調味料かなにか取りに来た所だったんだろう。

「あーちょっと友達と遊んできたんだ」

「そうなの。ご飯作ったけどどうする? 」

「軽く食べてきたから、残しといて貰って良い? もう少ししてから食べるよ」

「分かったー」

 俺は母さんがリビングへ戻ったのを見計らい、痛む足を魔法の手マジックハンドで支えながら、自室へと向かった。

 階段を上がりきると俺の部屋から微かに鼻唄が聴こえる。

 漫画を読みながら上機嫌な豆丘さんが歌っていた。

 椅子を回転させ此方を振り向き「刃君お帰り。あの……ごめん。とりあえず勝手に出ていくのもまずいと思ったから帰ってくるまで待っ―――」そう言いかけて


「どうしたの?! 」俺の姿を見て目を白黒させる。

 そりゃ土埃まみれで、足引き摺ってたら驚かれるか。

「あーいや、ほらちょっと怪我しちゃってね。こけちまった」とぼけたように笑顔を作り俺は彼女に言う。

 少なくとも彼女は追われてる身。

 ……本当の事は言わない方が良いだろ――


「……もう追っ手が来たの? 」

 ……察しの良いことで。

「お、追っ手? 何のこと? 」

「陽斗でしょ? 赤い髪の男。所々服が煤けてるし」俺の服装をじっと見て、彼女は真剣な顔でそう言う。

「……名前は知らないけど火を使う奴に襲われた」

 とても誤魔化しきれないと思った俺は素直に白状し、とりあえず腰を下ろす。

 布団はきっちり畳まれていた。

 彼女はやっぱりと呟き、苦々しい顔になる。

 そして俺に頭を下げた。

「……ごめん、私のせいで。」

「良いよ、おかげで俺の超能力チカラの事も新しく知れたから。」

 ……俺は笑いながら出来るだけ軽く言ったが、彼女は納得していないみたいだ。

 なんとも気まずい雰囲気が部屋に充満する。

 俺はそれに耐えかねて「……あー、ちょっと氷持ってくる。」

 患部を冷やすために持ってくると口実を作り、部屋から一度離れることにした。

 実際冷やしたかったのも本当なのだが、誰がどう見ても気まずくて退散した情けない奴だった。





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