八話
刃が廃工場に転がり込んでから少し遅れて、陽斗は廃工場前の通路にたどり着く。
(……あいつどこ行きやがった? )
俺は首を左右に動かし人影を探すが見当たらず、草の伸びきった平地が続いているだけだった。
人の隠れられそうな場所はない。
(って事はここか? )
唯一人が隠れられそうな目の前の廃工場を睨みつけた。
待ち伏せの警戒もしつつ、中に入るためにぐるりと建物を回る。
出入り口は固く封鎖されており、抜け穴のようなものも見つからない。
(どこか壊した様子もないしどうやって入ったんだ?
……もしや逃げられたか? いや待てよ)
と俺は視線を上に向ける。
そこにはガラスが割られ窓としては機能していない、人一人ぐらいなら入れそうな窓枠があった。
(やっぱりか。……さてと)中に入った確証が取れた俺は錆び付いたトタンの壁に両手をついた。
俺はさっき入った窓の下にある細い金属製の足場に伏せていた。
音を立てたくなかったしなにより、じっとしていたかった。
そうしていると呼吸も多少落ち着き始め、男が俺を見つけない事を願う位には心にも余裕が出来る。
だがそう上手くいかない事を、視界の端で赤くどろどろと溶け始めた壁を見て悟った。
(どうする逃げるか……? ……いやさっき一瞬とはいえ捕まえられたんだ。不意さえ突けば俺でも……)
ちらりと壁の様子を見る。
まだ多少考える時間はありそうだった。
(俺の
何も置かれていない金属の棚や、よく分からない機械、地面に散乱しているバケツ缶等が、ごちゃごちゃとしていて、死角が多い事が分かった。
(よしこれなら――)
といくつか仕込みをして壁が開き男が入ってくるのを隠れて待つ。
トタンがどろどろに溶け人が通れるほどの穴が空くと、そこから陽斗は入りこんだ。
視線の先には2階の通路。
1階からでは角度的に見えない箇所もあり、手をかざしながらじっと見つめ警戒している。
「なぁ出てこいよ。もういいだろ? 俺も疲れたから、場所だけ教えてくれりゃなにもしねーって」
そう言うとごうっと音をたて両手の炎を大きくする。
それは米国で立てこもり犯に対して、ポンプアクションショットガンの音を聞かせるかの如く、心を折るための威嚇行動だった。
その時工場に響く一つの音。
何かを引き摺るようなそれと共に一階にあった棚が大きく傾いた。
がたぁんと隣の棚に当たり、さながらドミノ倒しのように2つめ3つめと倒していく。
その先には陽斗。
チッと舌打ちを鳴らし、大きく飛び退く。
埃やバケツ缶を吹き飛ばしながら棚は倒れた。
まともに当たれば大怪我だっただろう。
完全な拒絶、そして明らかな攻撃に対して苛立ちを隠さずに陽斗は叫んだ。
「もう容赦しねえか――?! 」
瞬間、陽斗の脇腹に衝撃が走る。
陽斗が思わずそちらを見ると、手首辺りまでしかない拳が、脇腹に叩き込まれていた。
ぐらりと体制を崩したそれを好機と見たか、棚の倒れた方からも拳が現れ、陽斗の方へ飛んでくる。
だが陽斗は冷静にそのまま脇腹の拳を握り燃やし、顔へ飛んできた拳を首を傾け避ける。
そうして避けられて後ろに飛んでいった拳に対して、片手で炎を薙ぎ払い消し去った。
「てめぇ降りてこいやオラぁ! 」
2階の通路への錆び付いた階段にバケツ缶を蹴り飛ばしながら走り出すと、その勢いのまま階段を上がる。
1階からは死角になる2階の物陰に隠れていた刃は、その様子を見て慌てて窓枠へと走りだす。
陽斗が階段を上がりきると同時に、刃は窓枠から体を乗り出そうとして、ぴたりと止まる。
想像よりも高かったのか、刃はおろおろと戸惑っていた。
だが手を刃の方へかざしている陽斗を見て、炎を食らうよりはましだと思ったのか、目を瞑りわぁぁあと情けない声を出しながら、飛び降りた。
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