七話
無我夢中で走っている刃は自身が、今どこを走っているのかもう分かってはいなかった。
空き家の目立つ町外れの方まで来ていることを彼は理解していないだろう。
何故なら背後からパチパチという音と共に放たれる、帯状の炎を避けるのに脳のリソースを大幅に割いているからだ。
とにかく足を止めずに走り続ける事でいずれ、男を撒けると信じて走り続けていた。
だが対照的に追う側の男――
(奴はいつまで走り続けられる? 聞こえてくる呼吸の乱れからしてそう長くは持たねえ筈。
……にしてもスピードが落ちねえな。なんならときたま速度が上がってるのが解せねぇ。
奴が右手を前に出したときに、何かに引っ張られるようにして速度が上がってるようだが……、あれが奴自身の
知らねえ奴との戦闘では相手の
幾つか仮説を立て、絞りこむ。
(……それか透明人間の仲間に手伝ってもらってる? 見えない奴に引っ張られてるように見えるが……。
いやだとしたら俺に干渉してこねえのは不自然だ。
……なにより深夜、高層ビルの屋上にいたし、なにか奴自身の
……正体はわかんねえけど)
思考を一度中断させ一つ息を吐く。
そして俺は両手の熱量を一気に上げた。
両の手が更に明るくなる。
そんな光輝く掌を重ね、前方めがけて炎を放つ。
一瞬にして視界が真っ赤に染まる。
2、3度瞬きをすると炎は消失し、ブスブスと嫌な匂いと共に煙を出す樹脂製の標識板や、焦げて煤のついたコンクリートが現れる。
がその先に人が転がっている様子はない。
(チッ、避けられたか)
先ほど奴が走っていた場所から、最寄りの脇道へとダッシュで曲がる。
瞬間、俺はなにかに足首を掴まれた。
陽斗は独りでにぶら下がり、宙吊りになる。
「おぉおお?! 」急なことに叫び声を上げぶらりと吊られた陽斗は、少し先にいた刃を目で捉える。
刃は宙吊りにした陽斗……否、正確には陽斗の足首を握りしめている、刃以外には不可視の手に視線だけ寄越しそのまま走り去った。
俺は角を曲がり、数分ぶりに背後から赤髪の男が消えたのを確認し、思わず笑みが零れる。
(良し……良し! これで時間は稼げる筈だ! )
男を宙吊りにした様子を思い浮かべ、心の中でガッツポーズを取る。
この時ばかりは脇腹や足の痛みを忘れる事が出来た。
(……問題は俺の見てない手がどれだけ持つのか、だな。
あと1、2分持ってくれれば、逃げ切れ――)
その時先ほどの路地からボッと火の手が上がる。
瞬間、先ほど男の足首を掴んでいた魔法の手《マジックハンド》の信号が途絶えた。
(嘘……だろ? 見てないとすぐに手が消えるのか? ……いや違う、消された? )
感覚を共有しているわけじゃないが、火の手が上がり直後に手が消えたということは一つ仮説が出来る。
(……俺の
自身の
(……いや待て、今はそれどころじゃない)
奴の所に手を置いてきたせいで
拘束していた時間と、元来の俺の速度を考えればもうすぐ追いつかれる。
直ぐ様新しい
そうして走っていると細かな路地から抜け、前方に2階建ての工場――と言っても錆び付いたトタン板や、落書き、そして敷地内の雑草の背の高さが今は稼働していないことが容易に分かる――が現れた。
左右に素早く視線を振るが、身を隠せるような場所はない。
背後から聞こえる足音が、男が此方に迫ってきているのを知らせる。
とても戻ることなんて考えられなかった。
(チクショーどうする!?
こんな平地だと炎を避けるのすら無理だ。考えろ俺! )
頭をかきむしりながら考えるが、これしか思い浮かばなかった。
(やり過ごすしかねぇ。となると……ここしかないよな)
俺は決意すると、
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