六話

 刃は2年A組の教室へ入り、真ん中の列の3番目右側にある自分の席へと座ると、カバンから教科書等を取り出し授業に備えた。

 その後は睡魔に負けたりしながらもなんとか授業を受け続ける。



 SHRの終わりを告げるチャイムを、俺は伸びをしながら聞く。

 教室は放課後の予定等の会話で活気づいていた。

(さてと、帰るか)授業時間を睡眠に充てる事で大分元気になった俺はカバンを持ち、教室から出る。

 廊下に出ると、黒髪の少年の手を引っ張るようにして歩く桜色の髪の美少女との二人組や、目付きの悪い少年と栗色の髪の小柄な少女等が談笑しているのが視界の端に写る。

 それを出来るだけ見ないようにしながら、一人下駄箱へと向かった。

(カップルばっかじゃねーか、当てつけかよチキショー。……まぁ多分気にすらしてないんだろうけど。

 というかまず女の子とかじゃなくて、男友達すらいないって俺ヤバくね?

 いや挨拶する奴らぐらいはいるし……、 友達ってなんだ? )

 孤独感を胸に俺は正門をくぐる。

(早く帰ろ……)

 いつもより少し早めのペースで家への帰路を進み始めた。


 そうして曲がり角に差し掛かった時、俺の前に人影が突然現れる。

 驚いた俺は体に急ブレーキをかけ、ピタリと止まる。

 幸いぶつからずにすんだようだった。

「おっと、大丈夫か? 」

 人影は俺の方へと歩み寄ってくる。

 紺色のスーツに身を包み、そんな落ち着いた色のスーツとはミスマッチな赤色の長髪を後頭部で結んでいる、なんともあべこべな男は俺の顔をじろりと見る。

「え、あぁはい」その視線は訝しげで良い気持ちはしない類いの物だった。じゃあ失礼しますと言って隣を通りすぎようとすると、「ちょっと待て」と肩に手を置かれ止められる。

「……なんですか? 」俺がそちらを向くと「俺今この子探してんだけどよ。何か知らねえか? 」その男は俺の肩に置いていた手を懐へと手を入れ1枚の写真を取り出す。

「いや知ってる――」


 そこに写っていたのは豆丘さんの顔だった。



「わけないじゃないですか」一瞬言葉に詰まったが、どうにか言葉を紡ぐ。

 そうはいない容姿の彼女の写真を見間違う訳がない。

 昨日の話から察するに、豆丘さんの家? はまともじゃないのは予想できた。

 なにより家出してきた人間が、1日で帰りたがるとは思えなかった。

 とりあえず今回はしらばっくれてしまおう。

「そうか。ならこれは? 」また懐からもう一枚写真を取り出す。

「いやだから知ら――」


 写し出されていたのはビルの屋上で俺と彼女が話しているところだった。


「知らないわけないよな? 」

 男は俺の鼻先へ写真を突き付ける。

(な、なんで写真が……? )声が出なかった。

 しらばっくれるつもりがとんでもない証拠を出され、思考がまとまらない。 

 目の前で騒ぎ立てている男の言葉は耳に入ってこなかった。

(どうする? どうすれば逃げられる? )

 それしか考えられなかった。

 突然眼前の写真が赤く光を発し熱が生じる。

「?! 」俺は急な事に思考を中断させられる。写真から逃げるように後ろに飛び退き、目の前の男を改めて見やる。

「……そうか、答えたくねえってか。なら質問はしねえ、力ずくで吐かせてやる」


 普通写真が独りでに燃えるわけがない。

 その男の両手は赤々と光り、炎に覆われていた。



 乱れた呼吸音が人気のない路地のブロック塀に反響する。

 俺は自宅から遠ざかるように全力で走っていた。

 地の理やスタートダッシュ、そして時々1つの魔法の手マジックハンドで無理矢理体を引っ張り速度をあげてやっと奴より少しだけ早く移動している。

 だが、俺の体力が限界に近い。

 自身の運動不足をこんなに恨んだことは一度もなかった。

 ちらりと肩越しに後方を見る。

 汗こそ出ているようだが、まだまだ余裕そうな男の顔が見えた。

(クソッ、どうすれば良い ……戦うしかないのか……? だが、正直奴に勝てるとは思えな――)

 背後でパチパチと何かが焼けるような音がした。

(なにか来る?! )

 前のめりになっていた体に急ブレーキをかけ、脇道へと飛び込む。

 瞬間、赤い閃光が先ほど俺の走っていた路地を包み込んだ。

 近くにいるだけで恐ろしく熱いのに、冷や汗が止まらない。背筋が凍るようだった。

 ぎりっと歯を食い縛り体の震えを抑え、走り出す。

(どうにか打開策を考えないと……。……あ、あんなの食らったら……)

 火だるまになり叫びながら絶命する自分が脳裏をよぎる。

 両足を動かす力が増した気がした。

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