五話

 洗面所で顔を洗い終わり、リビングに行くと、スーツ姿の眼鏡をかけた柔和な雰囲気の男が新聞を眺めていた。

 俺が来たことを察したのだろう、父さん――真九呑地 千治マクノミチ センジ――は新聞を畳み「おはよう」と笑みを浮かべる。

「おはよう」と返し、俺も向かいへと座る。

 ハムエッグにサラダ、そしてトーストが目の前のちゃぶ台に置かれていた。

 俺が座ってから少し遅れて、台所から現れた母さんも父さんの隣に座る。

「皆揃ったし食べようか」父さんはそう言い「頂きます」と呟く。

 それに倣うように俺と母さんが言い、手を合わせる。

 ……正直食欲はあまり無かったが、とりあえずサラダを口には運ぶ。

 口の中で咀嚼するが、味がしない。

(寝不足の時の朝食ってなんでこう……)

 等と思っていると母さんから見られていることに気がつく。

 何だろうと思い見返すと、「食べられないって顔してるね」

 ずばり事実を言い当てられ、思わず驚く。

 そんな俺の様子を見て母さんはため息をついた。

「……そんなことはないよ? 」俺は少し強引にハムエッグの切れ端を喉に押し込んだ。

「……あんな時間に食べるから朝食べられないのよ。まさか残すなんて言わないわよね? 」

(それ俺が食べたわけじゃないんです……)

 それは勿論と言いかけたその時、「まあまあ母さん」とそれまで静かに食べていた父さんが口を挟む。

「俺も若い頃は良く食べてたよ、夜食。凄く美味しく感じるんだよな。……でも朝食を残すのはいただけないな」メガネをくいっとあげ、此方を見る。

 なんとも居心地の悪さを感じて、「た、食べるって! 」と半ばかきこむようにサラダを口に放り、トーストをかじる。

 そんな俺の様子を、微笑みながら見る両親。

 この二人には敵わないな、と思いながらサラダを口に運んだ。



「そろそろ出ようか」千治は朝食を食べ終わった刃へと話しかける。

「あぁ、うん」と腰をあげ立ち上がる。

 そのまま玄関まで二人で歩き、刃は靴を履く寸前でピタリと止まる。

「どうした? 」

「いや、ちょっと忘れ物してたから取ってくる」

 パタパタと階段を上がり、刃は二階の自室へと向かう。

 自室の机の上にあるノートとペンをとり、さらさらと注意事項のような事を書く。

 そうして刃はそこだけ破り、木葉の前に置き、肩を揺する。

「……ん? 」

「今から学校だからとりあえず紙見て」

「とりあえず母さんが出ていく10時くらいまで、この部屋でじっとしといてくれたら後は好きにしていいから」

 木葉は目元を擦りながら起き上がり、「分かったー」と欠伸をする。

 それだけの動作だが、白い羽や白い髪、そして男の10人中10人が誉めるであろう容姿のおかげで、長い眠りから目を覚ました天使のように見えた。

 刃は暫しそれに見惚れていたが、慌てたように頭を振り「じ、じゃあとりあえず行ってくる」とドアノブを捻る。

「行ってらっしゃい」

 その声を聴きながら刃は階段を降りていった。



「もう忘れ物はないかい? 」

「あぁ、大丈夫。父さんこそ無いの? 」

「バッチリだよ」

 そうして、玄関の外で待っていた父さんと少しだけ話す。

 それが平日の朝の日課だった。

「仕事頑張って」

「あぁ、刃もな」と父さんは俺に手を振る。

 そして俺は父さんと別れ、通学路を一人歩く。

 ブロック塀に挟まれた、車2台がすれ違うのがやっとな細道――とは言えこの時間に限らず、この道はそんなに走っていない――を通学カバンの持ち手に手を添えながら歩く。

 右手に下げている通学カバンは1つだけ低部に魔法の手マジックハンドを潜り込ませて支えている。本来は右手で持っているフリすらいらないのだが、万一見られた場合に目立つのは嫌だった。

 俺はT字路を右に曲がる。

 すると俺の通う高校、市立広光ヒロミツ高校の正門が見えてきた。

 その先には4階建ての建物が鎮座している。

 そのまま門を進み、引き門辺りに立っている先生に軽く会釈をし下駄箱へと向かう。

 靴を履き替えながら、たむろっていた何人かのクラスメイト達と適当に挨拶を交わし階段を上がった。

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