三話

「な、なんでここに……? 」

 驚きのあまり声が震え、指が独りでに口元を押さえた。

「こんな夜に私から逃げ出そうなんて甘いよ 」豆丘と名乗った少女はにんまりと笑い、こちらを見据える。

 その眼は人であれば、本来あるはずの白目がなく、黒目以外の部分が橙色へと変色していた。


「……え? あぁごめんごめん、目気になるよね」俺は気がつかない内に彼女の目を見つめていたようだった。

 彼女は少し恥ずかしそうにすると、パチパチと瞬きをする。と少しだけ色素の薄い、人らしいブラウンの瞳が現れた。

「あ、いや、俺の方こそ悪い」

「良いよ良いよ。あ、でも悪いと思ってるなら中入れてよ。どうせ家も分かっちゃったし」

「……無理って言ったらどうする? 」

「窓ガラス割ってでも入り込む」

「よし、中に入ったら静かに頼むよ」

 こうなったら腹を括る事にした。……ガラス割られるのは勘弁だし。


 俺は窓を開け先に入り、窓外で待機している豆丘さんに部屋に入るように手招きをする。

 豆丘さんはおずおずと部屋に入ると、キョロキョロと部屋を見渡す。

「……どうかした? 」部屋をまじまじと見られるのはなんとなく落ち着かなかった。

 ……特に散らかってはいないよな?

 机に本棚布団にゲーム機と後多少の服……、部屋に置いてあるものも変なものはない。

 ……というか女の子が部屋に来たの初めてだな。

「いやいや、男の子の部屋ってこんな感じなんだなって」彼女はひとしきり見終わったのか落ち着き、ぺたんと座りこむ。

「あー今日は疲れたぁ」豆丘さんははぁとため息をつく。本当に疲れていたのだろう。

「……にしてもなんでまた家出なん」てしたのか、と言いかけたとき、ぐぅと腹の音が鳴る。

 俺ではない。

 ……まあここには俺と豆丘さんしかいないわけで。

 そうなれば自ずと誰が音の出所か分かるわけで。

 豆丘さんの様子を見ると、頬を染め恥ずかしそうにうつむいていた。

「……あー、なんか食べる? 」

 こんな時に女の子に対する気の効いたフォローなんて、俺に出来る筈もなく端的に提案をする。

「……朝からなにも食べてなくて……、ごめんね」

「台所見てくる。適当になんかしてて」

 扉の方へ向かい、静かにドアノブを開ける。

 そのまま足音を立てないように気を付けながら、1階の台所へと向かった。

 俺は台所まで行くと、まず炊飯ジャーを開いた。

 保温状態でそのまま食べられそうだ。

(あとはおかずだな)と近くの冷蔵庫を開ける。中には、夕飯の残り物、青椒肉絲がラップされて入っていた。

 それを手に取り、電子レンジで加熱する。

 そしてコンロに置かれていた手鍋に入っている卵スープを暖めながら、壁掛け時計を見る。

 短針が三の数字を指していた。

(あーもう3時か。そろそろ寝ないと明日キツいな)時間を確認したばっかりになんとも言えない倦怠感が体を襲う。

 ぐぐっと体を伸ばし軽くストレッチをしていると、突然リビングのドアが開く。

「なにしてんの? 」と聞きなれた声の主、すなわち俺の母さん――真九呑地 葉羽マクノミチ ヨウハ――は寝ぼけ眼をこちらに向ける。

「い、いや夜食にでもと思って。……もしかして起こした? だとしたらごめん」

(いつも起きないのになんでこう間の悪い……)

 突然の登場に俺は驚くが、出来るだけ平静を保つように心掛ける。

「んーん、喉乾いたから起きただけ」ふわぁと欠伸をしながら冷蔵庫の方へ向かい、お茶を取り出すと小さいコップに入れる。

 それを一息に飲み干すと、「こんな時間まで起きてたら明日辛いよ」と俺に忠告して、おやすみと言いながらリビングへと戻っていった。

 いや正確にはそのリビングを挟んだ奥にある寝室にだ。

 そうして台所はまた静けさが取り戻された。

 母さんと話している間にレンジは仕事を終わらせていたようだ。

 そのまま俺はスープを見に行き、程よく暖まっているのを確認する。

 火を止め、白飯、青椒肉絲、卵スープと器に装い盆に載せる。

 魔法の手マジックハンドで盆を浮かせながら、俺は二階へと戻る事にした。

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