第3話 卵丼

「姫崎京子。」


 一炉朱現と同じく四大人斬りが一人。彼女は人殺しだった。


「東京に来たのはほんの数日前で、偶々林檎さんに会ったんだ。巴さん、いるだろう?娘さんだ。」

 巴さん、蘭巴は同じ志士仲間だった。


 巴さんは志士たちの父親のような存在だった。他の者が汚れ仕事を引き受けるのに良い顔をせず、裏で率先して引き受けていた。選ばれてしまった私と朱現くんには特に目をかけてくれ、生き残る術を教えてくれたいわば命の恩人だ。

「そういえば、お酒入るとよく奥さんと娘さんの話してたかも…。今は一緒に住んでるの?」

「うん。父はちょっと外れたところに道場を構えてるの。護身剣術教えてるんだ。京子ちゃんも知り合いなの?今度会ってやってね。」

 早めに挨拶に行かなければ。


 七扇に入るといつものおじさんが声をかけてくれ、ちょっといいお座敷を開けてくれる。林檎ちゃんも偶に来ているようだ。


 3人とも私おすすめの蕎麦卵丼定食で、自分の分だけ大盛にする。丁度正午ごろで少し時間がかかるそうだ。というわけで今の生活について聞く流れになった。

「見ての通り、また巴さんにお世話になっているよ。道場を手伝ったり、稽古に混ざったり、充実してるよ。」

 その他、生来面倒ごとに巻き込まれやすいのは変わっていないらしく、いろいろあったそうだ。過去の事で喧嘩を売られることもしばしばで、そのうちの一人は同じく食客らしい。大太刀を振り回す酒好きな少年だそうだ。


 林檎ちゃんも学んでいる護身剣術には沢山の門下生がいるという。健康を気にするお年寄りから女性子供まで幅広く教えているそうだ。護身と言っても以前より平和になった今、体力づくりや健康の為の習い事の一環としている人が多いそうだ。時代の移り変わりをとても嬉しく思う。道場で学問も学んだりと何より巴さんが楽しそうにしているらしい。殺伐とした仕事から抜けられたことを林檎ちゃんもほっとしているようだ。


 話しぶりから、巴さんと朱現くんが維新志士だったことは知っているようだ。もしかしたら《仕事》に関しても知っているのか。どうせすぐ、私も人斬りだということが露呈する。


 威勢よく定食が運ばれてきた。真っ白な湯気が立ち上る丼につやつやした蕎麦の上の盛られたねぎ。


 林檎ちゃんの目が輝くのを横目に箸を手に取る。箸が持ちづらい。左手にしとけばよかったかなと思ってしまった。


「「「いただきます。」」」


 手を合わせる朱現くんは少し複雑な顔をする。

「何心配してるの。好きなお店の好きなご飯なだけ。他意はないよ。」


 朱現くんは私が卵丼が好きな理由を知っている。初めて食べた「料理」だから。


 維新志士が集まる小さな店があった。私は12歳の時その前で死にかけていた。後から知ったが、その日は誕生日である1月22日だった。雪の降る、心まで冷え込んだ夜だった。


 誕生日と命日が揃いそうなその時、拾ってくれたのが朱現くんだった。《仕事》_人斬りを終えたところの。血にまみれた暖かな手で店に連れ込み、女中さんに頼んで風呂に入れご飯をくれた。それが夕飯のあまりもので朱現くんが作ってくれた卵丼とほんの少しおかずだった。


 それが今、只の昼食として食べている卵丼。好き、というか記憶に残って離れないもの。


 姫崎の大盛という量が七扇には設定されている。運ばれてきた定食に手を合わせる。あつあつの卵丼から食べ進める様子を見た林檎ちゃんが驚く。

「よく動くから、代謝いいの。」

 周りの常連の顔なじみたちが林檎ちゃんに同意する。

「姫ちゃん、初めて見ると驚くよなあ。今日もよく食べるねえ。」


 満腹三人分の代金を払い、七扇を出る。先程のいざこざのお詫びということで、奢らせて貰った。


「林檎ちゃん、ちょっとお買い物してから帰らない?」

「いいわね。朱現に荷物持ちしてもらいましょ。」

 簪が並ぶ店の前で足を止める。お互いにいくつか選び買ってみた。その後は駄菓子屋で飴を貰ったり、味噌と米を買ったり。

 通りを一通り過ぎたころには日が傾いていたが朱現くんの手にはたくさんのあれこれが握られていた。


「京、送っていくよ。」 

 気を遣った朱現くんが申し出るも、困ってしまう。同居人と鉢合わせたら面倒なことになるからだ。いずれ会って話をすることは避けられないが、お互いにいきなりあうのはよろしくないだろう。

「いいよ、大丈夫。大通り戻るだけだし、返り討ちにできるし。」

 殺しあった人たちと仲良く楽しく話せるなんてことはそうそうない。


「またね、二人とも。とっても楽しかった。近いうちにそっちにお邪魔するよ。巴さんによろしく。」

「またね、京子ちゃん。気を付けて帰ってね。」

 私の強さなんて露知らず。でも悪い気はしない。でもそれも次会うときまでだ。


 夕日と同じ方向に進む2人を見つめながら、ふと一つの事実に気づく。

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