第4話 斎藤と姫崎
私は煙草を吸う。
最後の最後まで新政府に尽力した後、朱現くんと同じように各地を巡った。幕末助けてくれた人、元新選組隊士などの敵対していた人物を中心に訪ねて行った。
突然菓子折りだけ持って現れた敵側の人物。当然多くは良い反応をされなかった。しかし、斎藤一は既に過去と折り合いをつけているようで嫌そうな顔こそされたが茶菓子を受け取り対話をしてくれた。それぞれの正義を元に戦っただけ。それが言い分だ。
一くんとは実際に戦場で幾度か刃を交えた。決着はつかずじまいだったが。大抵どちらも致命傷には至らない傷を負い、仲間に制止される。
ところが一度だけ、私が死にかけたことがあった。それをきっかけに不思議な縁がつながったような気がしている。
名前も忘れた、髭の生えたお偉いさんの護衛で私と数人で宿に泊まっていた時のことだった。基本、私は朱現くんと一緒でなければ《仕事》をさせてはもらえなかった。しかしその日はどうしても別任務に赴かなければならず、《仕事》を任ぜられたのは私一人。空気が乾いた、これもまた冷える夜だった。
どうやって知ったのか、私一人を好機と狙い、新選組二番隊が全力を挙げて殺しに来た。一くんはこういう諜報が得意だ。警官として重用される理由はここにある。
確か、髭は騒ぎを聞きつけたその辺の一般人に託して逃がした。新選組は一般人には手を出さない。し、こちらも無関係な人は殺さない。幕末の暗黙の了解の一つだ。新選組とはいろいろなものを共有していた。人道的、なんて思われるかもしれないが、人を斬っている時点でそんなものは欠片も残っていない。
髭とは変わり、他の志士の仲間は皆死んだ。宿の一階で3人。二階で5人。いい戦いにも持ち込めず、無惨に。人斬りでもなく、大した仕事ではない想定での人選だった為、そこまで腕の立つ人はいなかった。私を心配し、かばう様に声もあげず死んでいった彼らの事はその場に残った血飛沫のように鮮明に覚えている。
一番奥の部屋。私は刀を二振り握りしめて襖の前にたたずんでいた。耳が良く気配を感じるのが巧かったのが仇で、起こったことすべてを把握できていた。
裏側に立った一人目は一振り目の短刀で腹を刺した。致命傷になるようにもう一振りをひっかけて腹を割く。
以降は適当に殺した。人数もあまり思い出せない。私は首を落としたりだとか、太い骨を断ったりだとかはできない。故に重要な血管や急所を頭に叩き込み、正確に狙う。もう一振りは、その当時は脇差を持っていた。「炎」。
まだ、体が小さく長い刀は満足に扱えなかった。元来より緋い刃はその深さを増し、輝いた。
最後、ゆっくりとした足取りで現れたのが斎藤一だ。咥えた煙草の煙が揺らめく。正直、もうすでにしんどかった。
「新選組二番隊組長、斎藤一。」
「…姫崎京子。只の可愛い女の子だよ。」
血が跳ね白さを失った羽織とだんだら模様の羽織がろうそくに照らされる。
別に一くんと戦うのは初めてじゃなかった。戦いの型もお互いなんとなく知っていた。
姫崎京子と他の人物は対等に戦うことができた。それは手加減があったわけではなく、単純に姫崎京子に人斬りの才があっただけだった。積み重ねた修練と潜り抜けてきた血の海が姫崎京子を姫崎京子にした。
でもこの日は。確実に私には風が向いていなかった。
振り下ろされる刃の力を利用し後ろへ下がる。鋼の音。相手は成人男性。力勝負では勝てないと知っていた。となれば手数の多さで押す。
軽やかな緋色の斬撃は一人目と同様に腹と大腿、首を一気に狙った〈八重姫〉。使い易い技で多用してたから、選択としてはあんまりだったよなあ。
一くんは流派の中で得意な〈太白〉を多用する。基礎の居合らしく簡素だが中々洗練されている。今でもこればっかなんだけど、どう頑張っても一つの技をここまで昇華できない。感嘆する。
刃を重ねる。軽快に足場を駆け巡る私とその場から動かず受けつつ、確実に隙を狙ってくる一くん。
屍を踏み、血痕を増やしながら命のやり取りは続いた。
結果、私の右足には縦に大きく裂傷が走り、立っているのがやっとだったが、一くんには各所に浅い血の線が浮かぶだけ。
頽れた体はもう動かない。しかし私たちに圧倒的な実力差はない。見下ろされる視線と煙草の煙が重なる。
これさえなければと、周囲を囲む火柱と煙を見つめた。この場所は放火されていた。
後から聞いた話だが、当時一くんを良く思わなかった隊士が独断で放火したらしい。本当にマッチで火を付けただけ。自らを危険にさらすこともなく。姫崎京子と斎藤一を一緒に始末できる絶好の機会だと。こいつらのことは一生嫌いだ。仲間の遺体も燃やしてしまったんだ。
体が小さい私は煙を吸い込んで一酸化炭素中毒になるのが早かった。頭痛にめまいで途中から全く剣筋をとらえることができなかった。自慢の長い髪は焦げ、そこらに転がる亡骸の燃えるにおいが立ち込めていた。
一くんも途中から異変に気づいていたが、変わらずの態度の私に合わせてくれていたんだろう。でなければあそこで死んでいた。圧倒的な実力差ではなく、ほんの少しが命取りになるようなそんな2人だった。
渦巻き、私を包む光の中辛うじて愛刀を収める。遠のく意識の中言葉を発することしかできず、差し伸べられていた手には気づくことはなかった。
「随分と派手な横槍が入ったね…。悪いけど、もう相手してあげられないや…。」
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