第3話

「あら、大変だわ」


 コーヒーをすっかり飲み終わってしまったお姉さんが、呟いた。


「どうしたの?」


 僕は心配になって聞いた。


「いい? 庭の木を切り倒して、十字架を作りなさい。もうすぐ悪魔が来るわ」


 お姉さんが言うと、僕はすぐさま行動に移った。


 階段を駆け下りて物置まで走り、のこぎりを取ってきた。斧もあったけれど、僕には重すぎたので断念。


 庭にある、程よく細長い木を選んで、のこぎりの歯をあてる。


 細身とはいえ、一本の木を切り倒すのは一苦労だった。両腕がパンパンになった。僕は頭脳派の小学生なので、ドッジボールもサッカーも野球も、あまり得意ではないのだ。お姉さんのためにも、もっと運動しなくては、と思った。


 切り倒した木の枝を払って、長い木の棒を二つ用意した。そしてロープを駆使して不格好な十字架ができた。すっかり汗だくである。


 お姉さんのところに戻ると、お姉さんはまた、僕を褒めてくれた。今度はギュッと抱きしめてもらった。顔がおっぱいに挟まれて、未知との遭遇に僕の全身が再三ゾワゾワっとなる。


「偉いわ。これで悪魔が来ても大丈夫ね。ただし、悪魔の言うことを信じてはだめよ。君は、あたしのことだけを信じていればいいの」

「うん。わかったよ」


 僕が答えたのと同時に、外の砂埃の中から、悪魔が現れた。真っ黒な悪魔だ。大きな蝙蝠の翼を広げて、こちらまで飛んできた……が、十字架を見て、動きを止めた。このベランダからいちばん近いところにある電信柱に、まさしく蝙蝠のように、さかさまの状態で停まる。


「やぁ、こんにちは、ニセモノの神様。ずいぶんなご挨拶ですねぇ」


 悪魔はお姉さんと十字架を交互に見ながら言った。


「うるさい。悪魔は地獄に戻っていなさい」


 お姉さんは言った。


「おや、そこにいるのは?」


 悪魔はそこで初めて僕に気が付いたようだった。


「初めまして。私、『正直者の悪魔』です。以後お見知りおきを」

「あいつの言うことを信じちゃダメよ。悪魔が正直者であるわけないわ」

「うん」


 僕はお姉さんの後ろに隠れるようにして立った。


「おやおや、いけない子ですねぇ。他人を見かけで判断してはいけないよ。君はそこのお姉さんに色仕掛けで騙されているんだよ」

「うるさい。悪魔の言うことなんて信じないぞ」

「うるさいと言われても私はしゃべりますよ。何しろ正直者の悪魔ですから。君はニセモノの神様の言葉に捕えられているのです。言葉の力にがんじがらめにされているのですよ」

「うるさい、うるさい。僕は信じないぞ。僕が信じるのはお姉さんだけだい」


 僕は力の限り叫んだ。


「やれやれ、仕方のない小学生だ。すっかり虜になってしまっているね。おっぱいが好きなのかな? では、私は失礼するよ。伝えるべきことは伝えたからね」


 そうして悪魔は去って行った。

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