第2話
「では、少年。心地よい椅子と、熱いコーヒーを用意しなさい。もうすぐ戦争が始まるわ」
僕はあわてて一階に下りて、コーヒーメーカーのスイッチを入れてから、家の中で一番座り心地のよい椅子を物色して、お姉さんのもとへ持っていった。
用意が整うと、お姉さんは優雅に足を組んで椅子に座り、淹れたてのコーヒーをすすった。
「君は偉いね。小学生なのにコーヒーを淹れられるのか」
お姉さんに頭を撫でてもらう。オレンジの畑を通り抜けたような、甘酸っぱい香りがして、僕は朦朧としてしまった。
「ほら、見てごらん。言った通り、戦争が始まるよ」
お姉さんはベランダの外を指差した。
その指先をたどってみると、そこには確かに『戦争』があった。
外の世界はすっかり変わってしまっていた。
銃弾が飛び交い、あちこちで断末魔の叫びが上がる。誰と誰が何のために戦っているのか、そんなことはもはや問題ではないかのようだった。
砂埃が立ち込め、町並みはメチャクチャに崩れてしまった。僕の通っている小学校も、忘れられた作りかけのレゴブロックみたいになっている。
お姉さんはただその戦争をベランダから眺めながら、優雅にコーヒータイムを満喫していた。
一方の僕も、お姉さんの隣に突っ立って、何の感想も持たずにベランダの先に広がる世界を眺めていた。
見慣れた町が崩れ、知っている近所の人たち、小学校の友達、先生たちが、互いに殺しあっているのを、ただぼんやりと眺めていた。
いろんなものが次々と失われていくが、僕にはお姉さんがいる。お姉さんさえいれば、それですべては必要十分なのだ。そんな風に、思った。
「みんなは、何のために、誰と戦っているんだろう?」
僕はお姉さんに尋ねた。
「戦争に意味なんてないわ。人間たちが生きているのに、大した意味がないのと同じように、ね」
お姉さんは可笑しそうに笑った。僕もなるほど、と納得した。
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