2020 とある日の元旦風景

ZIONIC

第1話

カーン、カーンと羽を打ち返す羽子板の音が響き渡る。今では見ることもなくなった羽子板遊びだが、それを行っているのは子供たちではなく、揃いのジャージを着た大人二人が楽しそうに羽を打ち返しあっている。そして、その二人を囲んで見ている、これも揃いのジャージを着た十数人の目もまた、柔らかく楽しそうであった。


「ああっ!?」


羽子板遊びをしていた二人のうち、若いほうの女性が悔しそうな声を上げた。


「はい、落としたー。住谷クンの負けー。今度は、目の周りをパンダにしまーす」


もう片方の女性が嬉しそうに、墨を含んだ筆で住谷クンと呼ばれた女性の目の周りを塗っていく。もうテレビの中ですら見かけなくなったが、羽を落とした者が墨を塗られるという羽子板遊びの定番の風景だ。


「では、マハ。次は誰にしましょう?」

「よし、それじゃ次の挑戦者は久石クンだ」

「はい」


一段高いところに座っていた「マハ」と呼ばれた男性が告げると、この中では比較的年配の女性が前に進み、今しがた、羽子板遊びに勝利した女性と向かい合った。


「同期とはいえ、手加減はしませんよ桜井クン」

「望むところよ、久石クン」


ここ、田瓶市の山の中に『林檎の会』という「劇団」が拠点を構えている。年に2,3回ほど「行われる公演」や、月に一度の「ワークショップ」が行われるたびに観客動員数が倍々に増えていると「言われている」人気の劇団だ。劇団員の数も100人を超えるといわれており、地方にある劇団としてはとてつもなく大きな劇団であろう。真実ならばだが。


「マハ」と呼ばれた男性は「劇団主宰」の吉富鉄雄であり、今羽子板遊びで対峙しているのは四人の旗揚げメンバーのうちの二人である。


 「土山クンはどちらが勝つと思いますか?」

「土山はどっちだっていい。それよりも、研究に戻りたい」

「だめですよ。年始はみんなで羽子板遊びのトーナメントを行うと幹部会で決めたのですから。幹部がいなくてどうします」

「そんなことは分かっている。土山は運動が苦手なんだ。それにしても、なぜ土山の提案した『ドラえもんのドンジャラゲーム』が反対されたのか不可解だ。一度に4人で遊べるのに」

「それは、灯里クンや久住クンに遊び方を教えるときに『燕返し』を実行しようとして失敗するからですよ。イカサマするのが目に見えてるのに賛成できるわけないでしょう」

「あれは確かに失敗だった。ここに来てから遊ぶ暇も無くて腕が鈍っていたのだな」

「あと、『拾って』てもいましたよね」

「!?。そ、そんなことは…」

「僕と小村井クンは気づいていましたよ。だから、僕は羽子板遊びに賛成したんですから」

「くっ…」


そんな幹部たちのやり取りはともかく、目の前では二人の対決が始まっていた。


「そーれ」


カーン。


「はい」


カーン


「んりゃ」


カーン


「おっと」


カーン。


お互いに、相手の手の届かない場所へと羽を返しているつもりだが、なんとか羽を広い上げ、なかなかの接戦を繰り広げている。


「これはお正月らしい、いい画だな」


カメラマンの平田が二人の周りを忙しなく動きながらシャッターを押している。元日の朝日を浴びながら、大人たちが無邪気…かどうかはともかくも羽根突き遊びに興じている姿はとても長閑で微笑ましく感じる風景であった。


「ああっ?!」


 先程の対戦よりも長いラリーが続いていたが、連戦した疲れが出たのか、足をもつれさせた桜井が自分の前に来た羽を返しそこねた。


 「はい、桜井クンの負け〜「

 「あー、昨日の年越しライブがなければなぁ〜」

 「言い訳はいいから、はい顔だして。平田クンちゃんと撮ってね」

 「ちょ、ちょっと久石クン、多い、多いって。口も塗るって聞いてないよ」


 羽子板遊びに勝った久石が、たっぷりの墨を含んだ筆で桜井の眉を繋げたり、口の周りを塗っていく。塗っている久石も塗られている桜井もときに笑顔がこぼれている。いつもは厳しい顔しか見せない久石の笑顔に、やはり元日は特別な日なのだ、と他の会員たちも改めて思っていた。


 「マハ、次は誰にしましょう」

 「そうだな…」

 「鉄男くん、あたしやりたい」


 鉄男があたりを見回しながら次の対戦相手を考えていると、彼の隣にいた女性が声をかけてきた


 「朱里クン、いいのかい。運動は苦手だって言ってたじゃない」

 「うん、苦手だけど、あたしやりたい」

 「そうか。じゃあ、次は朱里クンだ」


 普段の彼女には見られない積極性に戸惑いながらも、鉄男は久石の対戦相手として女性を指名した。


 吉富朱里、マハこと吉冨鉄男の妻である。


 「朱里クン、私は誰にも手加減はしませんよ」


 不敵な笑みを浮かべながら久石が声をかける。


 「あら、お手柔らかにって言う前に言われちゃった」


 それに対して、朱里も笑顔で返した。そのことに、若干の違和感を感じたりもしたが、朱里が自分よりも運動が苦手なことを知っている久石は、「マハの手前だし少しラリーを続けてから終わらせればよいか」などと考えながら朱里が準備をするのを待っていた。


 「お、朱里クンと久石の対決か。これはなかなか見ものだな」


 羽子板を手に対峙する二人を見ながら土山がつぶやく。


 「久石『クン』ですよ。それにしても面白いですか? 久石クンの圧勝で終わる気がしますけど」

 「上田。お前はなにもわかっていないな」

 「上田『クン』ですよ。わかってないとは?

 「女の意地ってやつだよ」

 「はぁ…。意地ですか?」

 「ま、口で説明するよりも見たほうが早い、ほら始まるぞ」


 膝の屈伸や、腰を左右に捻ったりいった準備運動を終えた朱里は、久石の方を向いてテニスのレシーブのときのような構えを取った。


 カーン。


 それを確認した久石は、まずは朱里が返しやすいようにと、あまり動かなくても良い位置を狙って高めに羽を打った。

 

 カーン。


 久石の狙い通りに、朱里は1歩右に動くと腰のあたりまで落ちてきた羽を掬い上げるように打ち返す。


 カーン。


 それを久石が同じように掬い上げる。それを2,3回続けたあと、久石はスマッシュを打つようにオーバーハンドで朱里の足元へ羽を叩きつけた。


 「あ!?」


 緩いやり取りが続いていたため、久石が打ち下ろしに反応できず、朱里は足元に落ちる羽を見つめるだけになってしまった。


 「はい、まずは一点ね。あと、一回落としたら朱里クン負けだからね」


 余裕綽々な笑顔で久石が声をかける。負けるはずがないという自信が見え隠れするその目を見て、朱里は悔しさから歯を食いしばった。自分が運動が苦手なことはわかっているし、学生の頃はそれでバカにされた事もあるが、今ほど悔しいと思ったことはなかったなぁ、と思いながら羽を拾い上げ深く息をはいた。、


 「次は、私からね」

 「いつでもどうぞ」


 (私はできる。私はできる)


 もう一度深く息をを吐いてから、朱里は羽を打ち出す。


 カーン。


 久石は笑みを浮かべたままその羽根を朱里の頭上を狙って返す。


 カーン。


 1歩後ろに下がって朱里は打ち返す。


 (やっぱり、打ち下ろすような返し方はできないのね)


 それを見た久石は、先程のラリーのときにもった疑問を確信に変えた。打ち下ろしができないのであれば自分が返し損ねることはない。であれば、負ける要素が一つもない。


 (すぐに終わらせても良いのだけど、あれでもマハの奥さんだし。マハの印象が少しでも悪くならないようにもう少しつづけましょうか。なんなら、一点あげて…)


 カーン。カーン…。


 「久石クン、頑張れ〜。婦人部代表として負けるな〜」


 そんなことを考えながらラリーを続けている久石に、桜井を始めとした婦人部が声援を送った。それは、元日という雰囲気の中で少し浮かれた、軽い気持ちからでたものであったが、それが後の惨劇につながるとは誰も予想だにしていなかった。


 「っああ!!」


 ドン!!

 ガンッ!!


 「えっ?!」


 朱里は叫ぶとともに、頭上に来た羽に対して大きく踏み込んで打ち下ろした。踏み込んだときの大きな音と、頭上の羽を『上から』打ち下ろすように返した朱里の、今までとは違うスピードで足元へと落ちてきた羽を久石は態勢を崩しながらもなんとか返した。


 「な、なんだ今の速さは。朱里クン、あんなに強く打ち返せたのか」

 「いや、それよりもあの音はなんだ」


 いままで、下から掬い上げることしかしておらず、その返し方もおっかなびっくりな感じで返していただけに、人が変わったような、朱里のなめらかな動きと速さ、そして踏み込んだときの大きな音にギャラリーがざわつき始めていた。

 


 「な、何よ今の?」

 「くたばれーっ!婦人部ー!!」


 ドン!!

 ガン!!


 再び、地響きをさせながら踏み込み、今度はフォアハンドのように横から振り抜ぬいた羽子板で羽を打ち返す。その羽根は、目にも留まらぬ速さで、体勢を立て直したばかりの久石へと向かい、その腹部に突き刺るようにぶつかった。


 「うぐぉえ」


 変なうめき声を出して久石は蹲った。痛みもあったが、それよりも朝食に出た餅が喉へとせり上がってくるような感覚に、衆人環視の前に醜態を晒すわけには行かないと、涙目になりながら必死で堪え、なんとかソレを飲み込んだ。


 「うぉっしゃー!」


 羽を打ち返せずに蹲る久石を見て朱里は叫ぶ。その目からは先程まで見えていた自信の無さが消え、今では獲物を狙う猛禽類のようは鋭い光を放っていた。


 「な、なんだ。朱里クンに何が起こったんだ?」


 突然の朱里の変わりように、ギャラリーがどよめく。普段の彼女とは異なった、どこか攻撃的な雰囲気を放つ朱里の姿に誰もが言葉を失っていた。そして、誰よりも朱里を知っているであろう鉄男の方に自然と目を向けると、彼は顔を少しあげ、青空のその先を見るかのように、少し虚ろな目をしていた。


 「さぁ、決着をつけようじゃないか。立て、『婦人部』代表」

 「なっ…」


 まだ、右手の羽子板を肩に載せ左手を腰にあてて、蹲ったままの久石を睨みながら朱里が再開を促す。その変わり様に怯えながらも、いつもは見下している相手に見下されていることへの怒りで久石は立ち上がった。


 「こんなので私に勝ったと思わないでよね」

 

 カン!


 久石は今度は下から打ち上げずに、羽を自分の頭より高い位置に放り上げると、朱里の顔面を狙って叩きつけるように羽を打った。その羽根は、今までに見せたことのないスピードで朱里へと向かっていく。


 「くっ」


 その羽根を避けるような動きをしながら、なんとか打ち返す。地鳴りがするような強烈な踏み込みができないためか、先程のような威力はなく、ただ打ち返しただけの「普通の」放物線を描いて久石の方へと飛んでいく。


 「貰った」


 カン!


 自分の頭よりも高いところにあるその羽根を、久石はジャンピングスマッシュのように打ち下ろす。今度は、朱里の手前、頑張れば手が届く場所、そこから返せたとしても、羽根を上に上げることしかできないそんな場所だった。


 「まだ!」


 狙い通り、朱里は地面につくすれすれで羽根を打ち上げた。これもやはり「普通の」放物線となる。


 (やっぱり、そうだ。あの踏み込みができなければ、あの破壊力のある返し方ができないのね)


 久石は、朱里の秘密に少しだけ気づいた。先程の、あの威力のある羽根は2回とも地鳴りのような踏み込みがあった。理由や原理は知らないが、あの足が壊れそうな音のする踏み込みをすると、思ってもいない威力のある打ち込みができるらしい。だったら、踏み込めないように前の方や、それができなければ後ろに下がらせたりすればよい。顔を狙って打つのが一番良いのだろうけど、対外的にはマハの伴侶だ。間違って顔を傷つけるようなことは避けたほうが良い。特に、自分のような立場であれば他の会員に誤解を生むようなことになりかねない。


 そんなことを考えながら、今度は朱里の後ろを狙って思い切り羽子板を振り抜く。


 「あー、やはり久石クンが勝ちそうですね。あれだけ、動かされたら朱里クンの体力がなくなりそうです」

 「さぁ、それはどうかな?」

 「おや、土山クンはそう思わない」

 「いや、たしかに上田の言う通り、あのままなら朱里クンは負けるだろうな」

 「それじゃあ、このままでは行かないと」

 「土山はそう思うぞ」


 朱里の前後へと羽根を打ち続けていた久石だったが、自分の思い通りに行かず、なお粘って羽根を打ち返してくる朱里に焦りと苛立ちを感じていた。それが、久石の手元を狂わせたのか、後ろに上げるつもりで打ち返した羽根に力が乗らず、朱里の前に落とすような形になった。


 (拙い。アレが来る)


 久石の打ちそこねた羽根を見逃さず、朱里は三度地響きのなる力強い踏み込みで羽根を打ち返す。


 「ガッ」


 その羽根は、久石の予想を超えるスピードで持って迫り、久石の眉間へと吸い込まれるようにぶつかった。


 「ふしゅるるるる〜」


 久石が立ち上がって来ないのを確認すると、朱里は久石のそばへと歩み寄り、しばらく見下ろしているとそばに落ちていた羽根を拾い上げた。その暴力的な決着の付き方にギャラリーたちは息を飲み、恐ろしいものを見るような目で朱里を見つめていた。


 「よし!」

 

 そんなギャラリーたちの中にあって、土山だけが驚きを見せず、どちらかといえば理論通りの実験結果を確認できときのような表情で右拳を握っていた。


 「つ、土山クンはなにか知っているのか?」


 そんな、土山の姿を見た上田が尋ねる。


 「ん?何か、とは何だ。その質問では曖昧すぎて答えられないぞ」

 「あー、土山クンは朱里クンあの変わり方について原因を知っているのですか?」

 「『震脚』だよ」

 「なんですか、その『震脚』とは」

 「足を強く踏み込むことによって得た地面からの反動を力に変えることらしいぞ。多分」

 「多分って…」

 「実際に朱里クンが見せてくれたのだからそういう理解をするしかないだろう」

 「それは、まぁ、そうなるのかな?」

 「ともかく、その『震脚』によって普段出せない力、いやそれ以上だな、その力を羽子板に乗せていたため、あのような威力のある羽根を返していたというわけだな」

 「恐るべし『震脚』。しかし、朱里クンはどこで『震脚』を?」

 「ああ、それは土山が教えた」

 「土山くんが?!あなたさっき良く分からないようなこと言ってたじゃないですか」

 「土山はよくわからないが、本を貸してあげたのだ」

 「本?どんな本ですか」

 「『拳児』だ」

 「『拳児』…とは」

 「一言でいうと『マンガ』だな」

 「ま、マンガって。土山クン、巫山戯ないでください。マンガだけであんなの覚えられるわけないでしょう」

 「それよりも上田。そこ、危ないぞ」

 「危ないって、なにぐべええ」


 朱里の変わり様について、何かを知っているようだった土山に詰め寄ろうとしていた上田の側頭部に何かがものすごい勢いで当たってきた。その痛さに一瞬意識が飛びかけたが、なんとか堪えて更に土山に詰問しようとしたときにはすでに土山の姿は消えていた。


 「土山クン、どこに…。な、なんだ?」


 土山の姿を探そうとした時、上田の耳には歓声や嬌声のようなものが聞こえてきた。それは、ギャラリーたち、特に婦人部に所属している女性たちが発する悲鳴であった。


 「婦人部ー、死ねー」


 ドン、ガン。

 ドン、ガン。


 久石と対峙していたときの雰囲気のまま、朱里はギャラリーたちに向かって次々と羽根を打ち込んでいた。その羽根の多くは婦人部の「印」をつけた女性たちに向かって飛んでいっているが、それでも時々は他の場所にいる会員に当たり、一人また一人と倒していた。


 「それよりも、なぜ続けざまに羽根が」

 「ほい、ほい」

 「くたばれ婦人部ー!」


 間断なく飛んでくる羽根を不思議に思い、朱里の方を見てみれば、あふれるほどの羽根を入れたバケツのような物のそばに土山がしゃがみ、バケツから羽根を掴むと灯里に向けて次々とトスをあげている姿が見えた。


 「何をしてるんだ、土山ー!」

 「ほら、朱里クン、あいつだ。あいつが『個人レッスン』を勧めているのだ。あいつを倒すのだ」

 「お前がー。お前も死ねー」


 側頭部を抑えながらも立っている上田の姿を認めた土山が指を指しながら朱里に指示をだし、絶妙な位置にトスを出す。朱里はその羽根に向かって、今までよりも強い踏み込みをしながらフルスイングをした。


 「ぶべらぁ」


 その羽根もまた、今まで一番のスピードで飛んでいくと上田の鳩尾にめり込むように当たった。側頭部に当たったときとは比べ物にならない痛みと、こみ上げてくる嘔吐感を我慢しながら上田はマハの元へと駆け出した。いくら我を忘れている朱里でも、流石にマハには羽根を打ち込んでこないだろうと思っての行動だった。

 思ったとおり、マハの周りには羽根が一つも落ちていない。それを確認した上田は、まだ遠くを見ているマハに向かって声をかけた。


 「マハ、朱里クンを止めてください」

 「……」

 「マハ!」


 しかし、マハは上田の声が聞こえていないのか、なにかから逃避するかのように空を見上げ続けている。


 「マハ!!」

 「ああなったら、朱里ちゃんを止めるのは僕にも無理だ。気の済むまでやらせてあげよう」

 「マハ!」


 空を見上げるのをやめ、上田の方を向いた鉄男は股間を押さえながら何かを諦めた感じで、自然と収まるのを待つことを上田に告げた。


 「台風のようなものだと思って」

 「マハ! ヒッ」


 だめだ、これはすでに「洗礼」を受けて心が折れている人間だ。それを理解して途方にくれた上田の目の前を羽根が通り過ぎていった。


 「ばっ、ここにはマハがいるんだぞ。当たったらどうする気だ」


 マハのいる場所に羽根が飛んできたことに動揺しながらも、朱里たちがいる方に向かって上田は叫んだ。


 「心配ない。土山たちは上田だけを狙ってるからな」

 

 それに対して平然と返す土山は、トスを上げる手を止めず、朱里も強い踏み込みで羽根を打つ。それは、寸分違わず上田の方へと向かっており、マハに当たることはないだろう。


 「くっ」


 先程よりは朱里と距離が開いたおかげか、その羽根を避けることができた上田は、鉄男の側を離れると、素早く当たりを見回して遮蔽物になりそうなものを探した。


 「アレだ」


 探している間にも、羽根が飛んでくるが、朱里たちから距離を取りながら逃げながら、それらを避け、なぜかしら羽つき会場の側に立てられていた、ベニヤ板のようなもので作られた壁の後ろへと飛び込んだ。


 「ん?」


 そこにはすでに、一組の男女が先客としていたが、同じように逃げ込んできたのだと思いあまり気にも止めずに、この状況をどうやって打開するかを考えはじめた。が、その思考を邪魔するような会話が聞こえてきた。


 「どうしよう、このままじゃ私、朱里クンに羽根を当てられて死んじゃうかもしれない」

 「大丈夫、そのときは僕が体を張って、君を守るよ」

 「信じていいの」

 「今度は、信じて」

 「ユウイチ…」

 「アイ…」

 「……」

 「……」


 「令和の時代に『キックオフ』ごっこしてんじゃねー!」


 上田は思わず叫んで、二人を壁の外へ放り出した。途端に「ぐべぇ」という悲鳴(?)とともに、小鳥遊愛が、続いて鈴海友一が朱里が打ち込んできた羽根に撃たれて倒れた。


 「ああ、そういえば小鳥遊クンも婦人部だったな。だったら、鈴海クンは放り出さなくても良かったかな。いや、それよりもこの状況をどうするかだ…。まてよ、たしかに羽根はバケツいっぱいにあったが、そろそろそれも尽きる頃じゃないか。もしくは、尽きるまで撃たせてから、朱里クンを正気に戻せないか?」


 そう思い、今の状況を確認しようと壁から顔をのぞかせてみると、


 「拾い集めておいたよ、土山クン」

 「小村井クン、ありがとう。さあ、朱里クン。羽根はまだまだあるぞ、あの悪の権化を打ち倒すまで頑張ろう」

 「うおー」


 小村井が会場いっぱいに散らばっていた羽根を拾い集めて土山に渡している姿が目に入ってきた。


 「二人して何をしてるんですか!」

 「朱里クン、今だ!」


 顔を覗かせていることに気づいた土山がトスをあげ、朱里が羽根を撃ち抜くのを認めると上田は素早く顔を引っ込めた。間一髪のところで羽根は向こう側へと飛んでいった。


 「仕方ない、こうなったら持久戦だ。いくら朱里クンがキレているからといって、体力的な問題が解決しているわけでもない。このまま朱里クンが疲れるか、日が沈むのを待って…」


 もはや、逃げるのは無理と悟った上田は、このまま朱里の体力切れを待とうと壁を背にして座り込んだ。

 

 ガン!


 「ひっ」


 座り込んでいたところの後ろの壁がものすごい音を立てた。その音に驚いて振り向いて見ると、羽根の頭になっている「ムクロジ」が少し見えていた。それを見て呆気にとられていると、ガンガンと二つ三つとムクロジ壁を超えてくる。ガンガンと四つ五つとぶつかってくるが、あとにぶつかって来たものほど、壁を突き抜けてきていた。


 「な、なぜ…」


 恐る恐る朱里たちの方を覗いてみると、逃げ込んだときよりも近いところに朱里たちが立っていた。


 「ち、近づいてきている」


 上田が壁に逃げ込んだあと、なかなか出てこないを見た土山は、トスを上げる時に少しづつ前へ前へとあげ、徐々に壁に近づいていたのだった。


 「上田クン、もう逃げ道はないぞ。おとなしく出てきて、朱里クンの餌食になり給え」

 「そうだぞ上田ー。往生際が悪いぞー」

 「ば、馬鹿なこと言わないでください。そもそも僕が何をしたっていうんです」

 「どうやってかはあえて聞かないが、小村井クンのジャケットを取っただろう」

 「あれは、お気に入りなんで返してほしいんだけどねぇ」

 「あと『個人レッスン』を執拗に勧めていただろう。土山には一度も声がかからなかったけど」

 「あれは、マハが望んだ…」

 「あああああああああっ!!」


 その途端、羽根の飛んでくる間隔が短くなり、壁を突き抜けてくるものが少しづつ増えてきた。

 ガンガンガン、ベリ。

 

 ガン、ベリ。


 ガン、ベリ。


 ついに、朱里が打つ羽根はベニヤ板を突き抜け、あちこちに小さな穴が開き始めた。その穴の側に羽根が当たり最初に開けた穴を広げていく。そうして、少しづつベニヤ板を削り始めていた。


 (拙い、このままではベニヤ板が…。いや、待てよ。さっきは小村井クンが羽根を回収していたが、今は無理なはず。だったら、このまま羽根がなくなるまで粘れるのでは…)


 「土山クン、君の研究室においてあった羽根、持ってきたよ。ダンボール四箱で全部だったかな」

 「それで、全部だよ。小村井クン、ありがとう」


 そんな上田の望みを打ち砕くかのようにな会話が聞こえてきた時、上田の心は折れた。


 「もう、僕の負けです!!」


 ヤケになって壁から飛び出した上田の眉間を朱里の羽根が打ち抜き、上田は倒れた。それを見た土山は朱里の右手を掴み、そのまま頭上に持ってくると叫んだ。


 「チャンピオーン!!」






 「…部ー。…ねー」


 山の方からかすかに聞こえてくる声に車輪堂の店主は首を捻った。


 「今年は、いつもと違う音が聞こえてきますね」

 「あ、『おはようございます』」


 後ろから声をかけられた店主が振り向くと、そこには大量のチラシをかばんに入れた少し太めの男が額に汗を滲ませて立っていた。


 「ああ、八村さん『おはようございます』。今日も営業ですか」

 「ええ、そうです」

 「元日から大変ですね」

 「これも、会のためですから。それに、今年こそは試演会で役がもらえる気がするんですよね」

 「それはそれは」

 「実を言えば、元日は開いているところが少なくて、いつもより回るところが少ないのでそんなに大変じゃないんですよね」

 「ああ、なるほど。道理でいつもよりも早いなと思いました」

 「あ、そうそう。今年は新しい試みとして『懇親会』が行われるんですよ」

 「ほう、『懇親会』ですか」

 「ええ。会員みんなでレクリエーションをしたりするそうなんです。来月の会報には『懇親会』の模様が載ると思うので楽しみにしていてください」

 「そうですか。それは楽しみですな」

 「それでは『明日も頑張りましょう』」

 「『明日も頑張りましょう』」


 

 ……しかし、翌月の会報には「懇親会」の模様どころか、開催されたことも触れられておらず、いつもと同じように試演会の状況のみが報告されているだけであった。


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