第81話 戦い終えて

「……レラよ、こちらで良いのか?」

「はいっ! 何か目印となるモノを置いていただけますと幸いです」

「心得た!」


 ブンッ!


 胸の前に構えたコンの両手の間に、地脈の光が生まれる。

 コンが両手を動かすと、光は形を変えていき紙垂(しで)のついた御幣(ごへい)の形に変わった。

 神主さんがお祓いに使うアレだ。


「こんな感じで良いかの?」

「流石コン様ですね、素晴らしい出来栄えです」


 レラの奥義でヤマタノオロチを退治した俺たちは、倉稲ダンジョンの最下層部(現時点で、だが)までやってきていた。


「レラ様とコンは何をしているんだ?」

「なんでも、倉稲ダンジョンの詳細な調査をしたいらしい」

「ふえ~、ウチのダンジョンの秘密が分かっちゃうんですか!」

「そうだな……」


 レラの力を抑えていた宝玉。

 俺が天叢雲剣でそいつを破壊したことで、彼女の枷は取り払われた。

 莫大な地脈量を誇る倉稲ダンジョンの秘密。

 原初のダンジョンとはいえ、もともとこの辺りは地脈の少ない土地。

 何故倉稲ダンジョンが進化し、莫大な地脈を産出するに至ったのか。

 地脈が減少気味のAsahikawa7thの参考にするため、詳細に調査させてほしいというのが元々のレラの依頼だ。


(じーちゃんが遺してくれた資料は読めないものも多かったからな)


 特に戦後すぐの黎明期に記された資料は、紙の質が悪かったこともありボロボロになり解読できないものも多い。

 コンも現界前の出来事はあまりよく覚えていないという事で、俺も興味津々である。


「それでは、失礼して」


 コンからおぼろげに光を放つ御幣(ごへい)を受け取ると、ダンジョンの床に突き刺すレラ。


「カムイ(神々)よ……」


 両眼を閉じ、祈りの言葉を捧げるレラ。


 ぱあああっ!


 御幣の放つ光が強くなり、空中にいくつもの光の格子模様が現れる。

 格子は何重にも重なり合うと、巨大な立方体を形成していく。


「すごっ! ゲームでなんかよく見るやつ!」

「マジンが出てきてバリアがパリーンと割れるのよね」


 古典ともいうべきアニメの話をする理沙と礼奈。

 アニメ不毛の地として名高い静岡程ではないとはいえ、倉稲地区は公共放送と超ローカルなケーブルテレビしかない。

 とはいえ、いくらなんでも遅れすぎじゃないか?


「やはりレラの術は凄いのじゃ! わらわもあとで教えてもらうのじゃ!!」


「なっ!? これはダンジョン解析系の緑スキル!? だが、まだ種状態で解放されていないフロアすら解析できるというのか!

 こ、これがレラ様の本気!!」


 萌香が驚きの声を上げる間にも、立方体内の解像度は上がっていき、倉稲ダンジョンの全貌が立方体の中に映し出されていく。

 それだけではなく、いまだ開放していない第11階層以深のイメージまで……。


(す、すげぇ!)


 地脈の動きを検知し、モンスターの行動を先読みしたり、ダンジョン内の異変を感知する事が俺のユニークスキルの一つだが、ここまで精緻な調査はとてもできない。

 これが国内随一の力を持つというダンジョン付喪神レラの真の力か!


「…………あら?」


 第二十階層までイメージを作ったところで、僅かに首をかしげるレラ。

 何か異変があったのだろうか?


「【制限】が……ない?」


 数階層解析するごとに手元の紙に何か書いていたレラだが、その手が止まる。


「これは、コン様に聞いてみるべきでしょうか……?」


「なんじゃ、レラ?」

「洞穴の成り立ちについて、いくつか確認したいのですが」

「覚えていないことも多いがの、何でも聞くがよい!」


 何やら立ち話を始めたレラとコン。


「……なあ萌香、【制限】ってなんだ?」


 神様同士の会話に口を挟むのもアレなので、傍らの萌香に声を掛ける。

 先ほどからレラの術に驚きっぱなしの萌香はぽかんと大口を開けて突っ立っているが……。

 とりあえずわき腹をツンツンしてみる。おお、流石の鍛え具合。


「…………はっ♡!? う、うん! レラ様のおっしゃる枷とは、恐らく【リミッター】の事だ」


「リミッター? なんだそれ?」


「それはだな……」


「ふんふん」


 萌香の説明によると、バルブ景気絶頂の80年代、各地でダンジョンを使った乱開発が繰り広げられ、地脈のくみ上げがピークとなる時期があった。

 その際に一部のダンジョンで地脈の枯渇傾向や資源コインの減少、ダンジョンスキルの減衰が観測され、地脈の埋蔵量について研究が行われた。

 その際、地脈が人間の精神……つまり霊気から生まれること、時間経過により回復していくことなどが解明された。


「おりしも日本中で無茶なリゾート開発が問題になっている時期だったからな、それら規制と合わせて、ダンジョンから組み上げる地脈の量を管理するため、殆どのダンジョンにリミッターが設置されることになったんだ」


「発案者はお前の祖父、鉄郎殿。

 穴守グループとダンジョン協会の主導で数年かけて設置され……運用管理は現在協会の関連団体である社団法人、日本地脈利用機構が担っている」


「へ~」


 世の中いろんな団体があるものだ。

 俺はスマホで機構のHPを検索してみる。

 お役所の外郭団体らしい古臭い構成のHPと、フリー素材集を組み合わせたようなイメージ映像が流れる。


『地脈は無駄なく使いましょう! 当機構はすべてのダンジョンから得られる地脈の集中管理を目指しています。次の100年、SDGsダンジョンへ!』


 微妙にうさん臭さが漂うキャッチコピーである。

 協賛企業欄にはもちろん穴守グループをはじめ、たくさんのダンジョン関連企業の名前がある。


「なんか微妙に……」


「どうした、統二?」


「いや、何でもない」


 無数にいる非常勤理事の中に篤さんの妻である叔母さんの名前を見つけた俺の頭の中に、一つの疑問が生まれる。

 後で雄二郎に相談してみるか。レラに渡されていた宝玉の解析も頼みたいしな。


「それより、倉稲ダンジョンにもリミッターは付けられたのかな?」


「そうだな、ワタシは日本地脈利用機構の事はよく知らないが、低ランクダンジョンにもまんべんなくつけられたらしい。ただ、倉稲のダンジョンは統二が相続するまでGランク評価だったのだろう?

 ほぼ枯れたダンジョン……それならばリミッターの設置対象から外れても不思議じゃない」


「なるほど」


 穴守本家の敷地内にあり、私有で枯れていたダンジョンである。

 そう言うこともあるのかと納得しかけた俺だが……。


「……【制限】についてですが、設置されていたものがあとから取り外された形跡があるのです」

「うむ! わらわも現界前でうろ覚えじゃが、将来に備えて取り外しておく……そう鉄郎がいっていた気がするの!」


 会話を終えたらしいコンとレラが、こちらに歩いてくる。

 レラが右手に持った紙の束には、流麗な筆致でびっしりと文字が書かれている。


「そういえば」


 じーちゃんは特にここ数年、毎日のように倉稲ダンジョンに入り何かをしていたそうだ。剛さんから聞いた事を思い出す。


「と、いうことで! そろそろコイツを紐解いてみようかの!」


 コンが懐から取り出したのは、すっかり存在を忘れていた「神託の巻物」だった。

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相続したGランクダンジョンがSSSランクに進化した ~【収穫10倍】潜るたびにチート効果ゲットでうっかり世界の覇権を取ってしまう【経験値10倍】~ なっくる@【愛娘配信】書籍化 @Naclpart

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