第75話 レラの興味
「ど、どういうことか詳しくお聞かせいただけますか」
Asahikawa 7thの憑神であるレラから語られた衝撃の一言に、背筋を伸ばしてテーブルの上に身を乗り出す萌香。
「新規ダンジョンの発見数は確かに減少していますが、既存ダンジョンの地脈量はむしろ増えており。ダンジョン全体としては安定期に移行している、というのが協会の見解なのですが……」
「むむぅ」
萌香の言葉に、養成校時代の授業を思い出す。
ダンジョンが初めて出現してから80年。
最盛期には年間数百の新規ダンジョンが発見されていたという。
だがその中には小型で探索に適さない物やダンジョンスキルがしょぼ過ぎる物、すぐに消滅する物などが多く含まれており、確認の手間も馬鹿にならない。近年のダンジョンの大型化・深層化はむしろ歓迎すべきことだ。
(ダンジョンの独占が進んだことにより、新規探索者の働き口が減ったことはまた別の問題だけどな)
それの対策が、萌香の提案してきた探索者トレセン設置なのだが、それどころではない案件が持ち込まれてしまった。
「たしかに、東京洞穴、大阪洞穴をはじめとした洞穴全体の地脈量はむしろ増加傾向と聞いています。ですが……」
懐から一枚の和紙を取り出し、机の上に置くレラ。
そこには流麗な筆致で、10か月分のAsahikawa 7thの地脈量の推移が描かれている。
「確かに……」
「減少しておるの!」
割合としたら5%ほどだろうか。とくにこの1か月の減少量が大きい。
だが、北海道の寒冷化を一手に食い止めているAsahikawa 7thである。その影響は馬鹿にならない。
「人間の皆様方が地脈と呼ぶ力は、この星に生けるもの達が持つ霊気に由来します。永い時間を掛け、それが星の地殻に蓄積され洞穴を通じて地上に噴き出してくるのですが」
お皿の上に残った最後のあんこ餅をぱくりと頬張ると、お茶を飲むレラ。
「高度な霊的因子を持つ人間の皆様がこれだけ繫栄している現代……霊気は常に補充されますから、このように突然減ることは考えにくいのです」
形の良い顎をさすり、思案の表情を浮かべるレラ。
日本の人口はわずかに減少傾向とはいえ、周辺国全体で見るとまだまだ人口は増え続けており、地脈が急に減ることは考えられないという事か。
「うーん、地脈の使い過ぎかと思ったけどそうじゃないのか」
「むしろ地脈の使用量は30年前をピークに減少傾向だぞ?」
バブル景気をきっかけとした凄まじい建設熱。
ダンジョンスキルを使って無数のリゾートや巨大ビルが各地に建設され、今や揃って廃墟になってたりする。
「枯渇の傾向なら、その時に出てるはずだ」
「なるほど」
萌香の話に納得する。何故今更、という事か。
「前置きが長くなってしまいましたが」
お茶を飲み終え、居住まいを正したレラの相貌が俺たちを見やる。
「付喪神であるコン様が現出されたとはいえ、もともとこの地は地脈が豊富ではない地域のはず。この短期間で洞穴を拡張し豊富な地脈を獲得するに至った……その手法を我が旭川洞穴に応用できるのではと参った次第です」
深々と一礼するレラ。
彼女が管理するAsahikawa 7thは超重要なダンジョンであり、その影響は日本中に及ぶ。
もちろん協力するつもりだ。
「半月ほどの滞在と、洞穴の視察をお許し願えますでしょうか?
……特に統二様の洞穴攻略配信など、大変興味深く拝見しております!!」
「には?」
「むむ?」
顔を上げたレラの両目は、キラキラと輝いていたのだった。
*** ***
「おお~、さすがAsahikawa 7thのカミサマ! イケてんじゃん!」
「うわっ! めちゃくちゃかわいい! 耳も尻尾もふわふわっ!」
「ふふっ、よろしければ触ってみますか?」
「えっ、いいのっ!?」
1時間後、ようやく起き出してきた正月モードの理沙と礼奈も加わり、ダンジョン協会倉稲支所の応接室は、女子会会場と化していた。
テーブルの上にはたくさんのお菓子が広げられ、少女たちの軽快な会話が華やいだ雰囲気を醸し出す。
「レラちゃんのセーラー服姿、似合うなぁ!」
「ふふっ、由緒正しい女子学生装束ですね」
理沙の中学時代の制服を身に着け、くるりと一回転するレラ。
白銀の長髪にオーソドックスな青いセーラー服が良く似合っている。
「レラっちレラっち! 今度はこっちの服を着てみてよ!
おせーそキャラが倉稲には不足してるからさ! 礼奈ちゃん的には最新のギャップ萌えを研究してみたいわけ!」
続けて礼奈が取り出したのは、厚底ブーツにベージュのミニスカ、青メッシュの入った盛り髪ウィッグ、デコったPHSなどのいわゆるY2Kアイテムだ。礼奈のヤツ、少しずつ時代が進歩しているからな。
「つーか礼奈、ピッチなんてどこで買ったんだよ……」
「ふふ~ん! あたしだってメロカリぐらい使えるし! リバイバルアイテムってカンジで売られてた!」
「お、おう」
礼奈もついにフリマサイトを使いこなすようになったか。
PHSをリバイバルアイテムと認識しているようだし、着実な成長がみられて嬉しくなる。
「ふふふ、礼奈様……これはいささか古式な流行ではないですか?」
「あ、あれぇ!?」
レラにはきっちり最新トレンドではないことを見抜かれているようだ。
北の大地にあるAsahikawa 7thは、倉稲のようにトレンド時空が歪んでいないらしい。
「ふふふ、我が妹がそういうことに興味がありますので、私も少々たしなんでおります」
理沙と礼奈に囲まれ、楽しそうに微笑むレラ。
まるで学校の級友のように、すっかり打ち解けてくれている。
「いやいや二人とも……レラ殿は国内三指に数えられる付喪神様だぞ? もう少し敬意というものをな」
「にはは、常日頃わらわを『もふもふ』し倒しておるおぬしがそれを言うか?」
「うっ!?!?」
コンのツッコミに、ぴしりと固まる萌香。
コンもレラも可愛いからな! 仕方ないと言える。
「という事で統二様……倉稲洞穴の視察、許可していただけますか?」
「おう、もちろんだ! コンもいいよな?」
「うむ! せっかくじゃし探索を兼ね、皆で新春配信をしてはどうじゃ?」
「なるほど、いい考えだな」
どや顔を浮かべるコンを抱き上げる。
元々三が日開けの1月4日に新春一発目の配信をする予定だった。
どうせ今日はみんな駅伝を見てごろごろするくらいだし、ちょうどいいかもしれない。
俺は新しく立ち上げた倉稲ポータルサイトを開くと、午後からの新春ダンジョン配信の開始を宣言する。
『超スペシャル神様ゲスト登場!?』
のキャプションを添えて。
「あ、そうだレラっち、理沙ねぇ! サムネ撮らない? せーふく姿でさ!」
「ふお?」
「あらっ?」
礼奈に導かれ、ソファーに座る三人。
「手の甲で目を隠して、舌をペロッと出して」
「こ、こうですか?」
「ほんでスカートをちょっと上げて……ちぇき!」
「って、神様にヤバ気な事させんな!」
ぺしっ
炎上必至なサムネを取ろうとする礼奈を、すんでの所で止めるのであった。
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