第74話 神様の訪問
「昨日ついたばかりの餅だけど、良かったら食べてくれ」
「これはご丁寧に……お相伴にあずかります」
「にはは! コンも丸めるのを手伝ったのじゃぞ!
餅が想定より熱くてな! トージに冷ましてもらった♪」
「ふふっ、結構なお点前です」
応接室にレラと名乗った少女を通し、お茶とよもぎ餅をふるまう。
ぱくり
「まあ、とても柔らかくて美味ですね」
餅を一つ頬張ると、にこりと柔らかな笑みを浮かべるレラ。
「レラを見ていると、わらわもお腹が空いてきたのじゃ! もう一つ食べるのじゃ!」
「ふふっ、ゆっくり食べてくださいね」
「うむ! レラは狼神なのじゃな!
蝦夷地の神、初めて見たぞ! 雪のように白い毛が綺麗じゃな!」
「恐縮です。コン様は稲荷神なのですね。
私自身、本土に来るのは二回目で……故郷とは異なる趣深い地脈を感じます」
「じゃろう! わらわ自慢の土地と主人じゃ!」
「ふふふっ」
同じ付喪神に会えて嬉しいのか、レラの膝の上でごろごろと甘えるコン。
神様トーク……なのだろうが、年の離れた姉妹みたいで、とても微笑ましい。
「ぐぅ、新年早々浄化されるぜ……尊みSSSランクだ」
正直ずっと見ていられる。
お茶を飲むことすら忘れ、目の前で繰り広げられる神様同士の邂逅(いちゃいちゃ)に目が釘づけだ。
「いやお前……何をほっこりしているんだ! これはとんでもない事態だぞ!?」
俺の隣に座った萌香が、小声で耳打ちしてくる。
なんだ? 可愛い物好きの萌香にしては珍しい。
よく見れば、私服のスウェットから覗く肩口にはびっしりと汗をかいていた。
「そうか? 新年早々縁起がいいぞ。神様の年始参りみたいな物じゃないのか?」
萌香が何に焦っているのか、よく分からない。
特にコンは昨年現界したばかりなので、先日の環裳といい、他のダンジョン付喪神が興味を示してもおかしくはない。
「ふぅ、その相手が狼神レラというのが問題なんだが……」
ため息を一つ、居住まいを正す萌香。
「養成校の授業で一度は習ったことだが……すっかり忘れているお前にもう一度説明してやろう」
「ふむふむ」
わくわくしながら萌香に向き直る。養成校の定期考査前はよくこうやって彼女に苦手科目を教えてもらったものだ。
いやぁ、懐かしいな!
「ぐうっ♡ 教えを乞う子犬のように無邪気な雰囲気が昔と変わっていない……ととと、ともかくっ! 国内三番目の規模を持つ、北の大地の巨大ダンジョン……Asahikawa 7thの憑神である狼神レラ。
わが国で最初にダンジョン付喪神として現界した存在であり、北方の守護者とも呼ばれる」
「おお、何か思い出してきたぞ。
20年ほど前に現界した彼女が、大神様ブームを引き起こしたんだっけな~~アイドル神様!」
「……そこは特に重要ではないぞ? まあダンジョン史が常に赤点ギリギリだった統二には期待するだけ無駄か」
ほっといてくれ。
頭の奥からダンジョン史の教科書を引っ張り出す。
「たしか……ダンジョンには神が宿っているかもしれない、と一部の神社関係者が語るだけだったダンジョン付喪神の存在が初めて公になった事件だっけ」
「ふむ、ワタシはリアルタイムの記憶はないが、ダンジョン庁や協会は大混乱だったと聞くな」
「俺も小さかったからあまり覚えてはないけど……」
国内有数のダンジョンに、突然神様が出現したのだ。
それも、人間の少女の姿をして。
とある探索者がAsahikawa 7th最奥で少女……レラと邂逅した。
最初は同業者かと思ったそうだが、人間とは異なる狼身と尻尾。何より少女の全身から放たれる霊気に彼は彼女の事を『神』だと確信したという。
「当初、ダンジョン庁と協会はこの事実を隠そうとしたんだよな?」
「うむ……遺憾ながら。憑神が現れたダンジョンの変化があまりに急激だったことも影響したらしいが」
「なるほど」
それまでのダンジョンとは一線を画すレベルのダンジョンスキルの出現。
周囲のダンジョンにまで影響を及ぼした圧倒的な地脈量。
社会的影響を考慮した当時の政権は、この事を公表しない決定を下す。
当時、ダンジョンは日本国にしか出現していなかった。
そのダンジョンの力がさらに増大するとなると……近隣諸国を刺激しないようにという意図もあったのだろう。
「だが、その探索者は事実の公表に踏み切った……」
「当時極東周辺を襲いつつあった異常気象に対抗するため、だっけ?」
「まあ、それは最終的に調整された玉虫色の決着というヤツだがな」
自嘲気味の笑みを浮かべる萌香。
協会主事ともなると、色々聞きたくもない真実が耳に入ってくるのだろう。
当時はダンジョン関係のニュースだけではなく、ワイドショーまでダンジョンに女神出現? などと俗っぽい特集を流していたことを思い出す。
本当に安全なのか、レラたん萌え。様々な意見が当時の国中にあふれていたのを覚えている。
「でも、この子が『日本を救ってくれた』のは間違いないんだろう?」
コンとじゃれあいを続けるレラを見やる。
穏やかな表情からは、凄まじい力を持つ付喪神には到底見えないけど。
まあそれはコンも同じだ。
「ふふっ、まあな」
すらりとした脚を組み替える萌香。
「地球規模の海流異常で、当時の日本……特に高緯度地域は急速に寒冷化していた。
第一発見者の探索者と付喪神レラの話し合い、当時のダンジョン庁長官であった祖父の交渉も実り。Asahikawa 7thのダンジョンスキルは、北海道地方の地熱維持に全振りされることになった」
あれから20年、北方近海の海流異常はいまだ収まっておらず、寒冷化する周辺諸国を尻目に、温暖な北海道はとびぬけた農業生産力を誇っており、
我が国の食料自給の要になっている。
「となると、なぜ彼女が突然倉稲までやってきたという事になるが……」
Tokyo-FirstやOsaka-Secondと違い、Asahikawa 7thは一般探索者の探索が許可されていない。
出現するダンジョンスキルを慎重に吟味し、地熱維持・収穫量増大のスキルに特化させる。
計画的な探索とダンジョンスキルの取捨選択が協会主導で実施されているお陰で、日本断トツの深度を誇るダンジョンになったのだ。
もちろん、付喪神であるレラとその妹は手厚く保護されており、広大な大地に彼女たちの住まう神殿が整備されていたりする。
当然、勝手にダンジョンを離れることはできないはずだが……。
「今回は喫緊の問題が発生しましたゆえ、萌香様のご祖父さまに特別な許可をもらい、洞穴の管理は妹のウナに任せはせ参じたという訳にございます」
優雅に一礼すると、パタパタと尻尾を振るレラ。
どことなくご機嫌なのは俺の気のせいだろうか。
俺の記憶にある限り、Asahikawa 7thの憑神であるレラが北海道を離れたのは政府と契約を結ぶために東京を訪れた一度だけ。
もしかして、旅行が楽しいのかな……コンみたいに。
何しろ見た目が高校生くらい(萌香よりは年上に見える)なのだ。少々罰当たりなことを考える俺。
げしっ
なぜか俺の心を読んだらしい萌香に軽く蹴られる。
「10年ぶりの付喪神出現、他の洞穴とは隔絶した地脈量を誇る倉稲洞穴をこの目で見たくあったのです」
俺と萌香の攻防に気付くことなく、居住まいを正すレラ。
「なぜかと言いますと、我が北の洞穴に……地脈枯渇の兆候があるのです」
「「なっ!?」」
レラの口から語られたのは、とんでもない事実だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます