第73話 過去の記録を調べてみよう(後編)
「探索者トレーニングセンターの誘致……?」
「ふみゅ?」
萌香から手渡された、一冊の書類。
表紙には『部外秘』の朱印が押され、『甲種探索者訓練施設:通称探索者トレセン設置計画書』と表題が記されている。
「……これ、俺が見ても良かったのか?」
どう見ても、ダンジョン協会の機密書類である。
一介のダンジョンオーナーで、ようやく中堅レベルの俺が見て良いものなのだろうか?
「うん、問題ない。
というか、この計画にはクライネダンジョン所有者である、お前の合意が大前提だからな。長官の決裁がおり、予算もついた。
このタイミングで二人に説明する予定だったのだ」
真面目な顔をしながらあんこ餅を手に取ると、ぱくりと一口で口の中に収める。
そのまま満足そうにもぐもぐする萌香。
相変わらず所作が子供っぽいやつである。
美味しそうに餅をパクつくコンと一緒で、微笑ましい気持ちになるぜ。
「……なんだ統二? その小動物を見るような目は?」
「いやなに、可愛いと思ってな。それより詳しい説明をしてくれよ」
「ぐうっ♡ いつもいつもお前は……って、こほん!」
咳ばらいを一つ、キチンと膝をそろえてソファーに座り直す萌香。
「探索者養成校を卒業したのに生計を立てられない探索者の増加……この事実を協会は非常に憂慮していてな」
気づかわしげに目を伏せる萌香。
なるほど……実際俺もそうだった。
日本に3か所存在する探索者養成校の卒業生は毎年150人から200人。
彼ら彼女らは希望を胸に、ダンジョン業界に飛び出すのだが……。
「探索者の平均現役期間は40年……しかも伸び続けている」
「10年前なら、それで特に問題はなかったんだけどな」
「ぬぅ? それは何故じゃ統二?」
「ああ、それはな」
小首をかしげ、疑問を口にするコンを膝に抱き、キツネ色の髪の毛をもしゃもしゃと撫でる。
「にはは♡」
くすぐったそうに笑い、俺に身体を預けるコン。カワイイ。
(ぐうっ……うらやましい)
こっそり口を尖らせる萌香である。
「探索者にとっては肉体の衰えはそこまで関係ない……何しろスキルがあるからな」
もちろん、ヨボヨボとなり足腰が立たないレベルなら別だが、魔法系のスキルを多く取得していれば、60代70代になっても探索者を続けることは難しくない。
「ここ20年で、安全装備も一気に普及した……もちろん良い事なのだが」
萌香の言葉に頷く。
探索中の負傷などで、探索者を引退する人間が激減……つまり現役期間が更に延びる。
ベテランが引退しないので、なかなか大手企業や有力ギルドの採用枠が空かず、まともに就職できない卒業生が増えるという訳だ。
「みんな探索者にこだわるからな~俺みたいに一般企業に行けばいいのに」
「統二や雄二郎のような人間は少数派だぞ?」
「そうなのか?」
俺の返答に苦笑する萌香。
まあ確かに、探索者適正の発現というのは特別なことで……自分は選ばれた人間であり、必ず探索者になるべきだ!
そう思い込んでいる学生は多い。そういや、萌香も最初はそんな感じだった。
「レベルが低くても、適性が発現した人間の身体能力は一般人とは一線を画す……反社会的組織に参加する連中も増えていてな」
ダンジョン外でのスキル発動はリミッターにより制限されるが、数メートルの壁を飛び越えたり熊を格闘で退治したりできる。
「協会としても、頭の痛いところだ」
脚を組み替え、天井を見上げる萌香。
しっかりと鍛えられたすらりとしたふくらはぎが見える。
今日の萌香はスーツではなくラフなショートパンツ姿だ。
養成校時代は世間知らずなコイツを休日に色々なところに連れて行ってやったっけ……思わず懐かしくなる。
「ただ一番の要因は……」
「んっ?」
「新たなダンジョンが見つからなくなったことだな」
萌香がノートPCの画面を切り替える。
表示されたのは新規登録ダンジョンと閉鎖されたダンジョンの数を表したグラフ。
特に小さなダンジョンは、地脈量が少なくなると閉鎖される。
モンスターの出現数も減るし、稼げなくなるからだ。
俺の相続した倉稲ダンジョンも、最初はほぼ閉鎖扱いだったのだ。
「思ったより閉鎖される数が多いんだな……」
グラフの数字を見た俺は唸る。
8年前に新規ダンジョンの数と閉鎖ダンジョンの数が逆転。
それ以降ずっと閉鎖されるダンジョンの方が多い。
今年度など、新たに発見されたダンジョンはわずかに1、再開したダンジョンも1(これはウチの事だ)
必然的に、キャリアの浅い探索者の活躍の場は限られる。
「そこで、ワタシの推す探索者トレセンの出番だ!」
重くなりかけた空気を、萌香の声が吹き払う。
きらりと緑の瞳が光を放った。
「広大な土地と豊富な探索エリアを持つクライネダンジョンを利用させてもらい、大規模な探索者訓練施設を作る。そこで若手探索者を一定のレベルまで鍛えてやり、ギルドやダンジョン企業への就職をあっせんする!」
「なるほど」
探索の機会が無ければ、レベル(級)をあげることはできない。
俺たちのダンジョンと提携し、公営のトレーニングセンターを倉稲村に設置するというのが協会の計画らしい。
「探索者の数は、我が国以外ではごく少ない……国の探索者派遣プロジェクトとも関係しているぞっ」
世界に先駆けてダンジョンが出現した日本だが、近年他国でもダンジョンが出現し始めているらしい。言葉の壁などもあり、探索者の海外進出はなかなか進んでいないそうだが、それに備える意味もありそうだ。
「どうだろう統二? もちろん協会から契約金は支払われるし、倉稲地区の活性化にもつながると思うのだが……」
「……そうだな」
正直、協会が提示する金額はそこまで高くはない。
今まで通り、初級~上級探索者まで幅広く受け入れていた方が儲かるだろう。
ただ、トレーニングセンターが出来ることによる効果は無視できない。
数百~数千人の移住者が見込めるし、みな若い。
倉稲村を気に入って永住する人間がいるかもしれないし、人口が一気に増えれば店舗や企業の進出も促されるだろう。
それに、萌香の言っていた倉稲村の人口がダンジョンスキルの効果に影響しているという仮説……それを確かめたくもあった。
「……イイと思うぜ? トレセンの建物はコンの赤スキルで建てられそうだしな」
「うむ! 任せておくのじゃ!」
「おお、流石統二♡とコン! ワタシとしても(倉稲駐在を延長する口実が出来て)嬉しいぞっ!」
満面の笑顔を浮かべ、飛び上がる萌香。
大げさなヤツである。
こつん
「おっと」
萌香の勢いに気圧され、ソファーに背中を預けた時、右手に固い感触が。
そう言えば、コイツの事を忘れていた。
コンが具現化させた、神託の巻物。
話もひと段落したし、萌香に聞いてみよう。
「ところで萌香……」
俺が萌香に話しかけようとした瞬間。
「……ごめんください。
こちらが倉稲洞穴の管理処で間違いはありませんか?」
涼やかな少女の声が、表の方から聞こえた。
「こんな日に来客が? ……少々お待ちください」
何しろ萌香は私服姿である。慌ててジャケットを羽織ると、パーティションの向こうにある受付ブースに駆けていく。
「って……なあっ!?」
次の瞬間、萌香の素っ頓狂な声が聞こえた。
「どうした萌香?」
「むっ……この気配は?」
不思議に思った俺とコンが、パーティションから顔を出すとそこにいたのは……。
「お初にお目にかかります」
透き通るような白と灰色が混じった長髪。
神秘的な紫色の瞳。
深い藍色を基調とし、白と赤の複雑な紋様が入ったアイヌの民族衣装に似た服に身を包んだ15~6歳くらいの少女。
ふぁさっ
何より彼女を特徴づけているのは、ふさふさの狼耳と尻尾で。
「蝦夷地は旭川にございます第七番洞穴の付喪神を務めさせていただいております、レラと申します」
そういうと少女は、深々と一礼したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます