第72話 過去の記録を調べてみよう(中編)
「1年後の昭和21年9月」
ある意味、日本のダンジョンの歴史の中で、一番重要な日かもしれない。
「初めて”ダンジョンスキル”が発現した日だな」
ダンジョンの階層をクリアすると、ダンジョンスキルが発現する。
現代では常識であるその事実も、この日初めて事象として観測されたのだ。
資料のページをめくっていく。
その日、稲刈りの準備のために大勢の村人が穴守家の屋敷に集っていた。
突如、恐ろしい唸り声が聞こえて来たかと思うと、ダンジョンの入り口を封印していた岩を砕き異形の獣が飛び出してきた。
「”モンスター”の出現か」
これも日本のダンジョン史上、初めての出来事。
ダンジョンには、モンスターが出現する。これも当たり前の事ではあるが、初めてモンスターを目にした村人たちの出来事はいかほどであったか。
資料の書きぶりからも、当時の混乱が伝わってくる。
『涎を垂らし、悪臭を放つ野犬のような獣』……現在の分類ではエビルハイエナに相当する雑魚モンスターではあるが、当時は探索者適正が発現した人間もおらず、スキルも魔法もなかった。
おりしも終戦直後で物資不足の時期である。
質の悪い鎌や鍬では歯が立たず、猟銃の弾も不足していた。
「って、おいおい……」
おもわず資料にツッコミを入れる萌香。
最終的にモンスターを倒したのは、戦争に備えて村の倉庫に隠されていた75mm砲の射撃だったという。
「これは……本当なのか?」
戦車砲を改造した物だろうか。
巨大な大砲をバックに満面の笑みを浮かべ勝どきを上げる村人たち。
「むむむっ」
協会の主事にして、養成校主席の萌香にとっても初めて見る写真である。
協会に保管されている公式記録では、当時の穴守家当主に探索者適正が発現……鎌を使った攻撃でモンスターは倒されたとある。
「まさか、兵器を使ってモンスターを倒していたとは」
おりしもGHQの統治下で、旧日本軍の武装解除が進んでいた時代である。
ド田舎とはいえ村人たちが”兵器”を隠し持っていたという事実は都合が悪かったのであろう。
だから公文書からはその事実が削除されたのだ。
そう納得した萌香は、資料を読み進める
「そして、ダンジョンスキルの発現か」
原初のダンジョンで出現したモンスターは、そのエビルハイエナ1体だけ。
つまりボスモンスターを倒したことになり、ダンジョンスキルが発動する。
「たしかダンジョンスキルは『収穫量アップ』だったな」
いまでこそSSS+ランクに成長し、とんでもないことになっている統二のダンジョンだが、当初は一階層しかなく、発現したダンジョンスキルも一つだけ。
だが初めてのダンジョンスキルという事で、日本中の研究者がここ倉稲を訪れたのだ。
「ほほ~」
次のページに添付されていた写真を見て、感嘆の声を上げる萌香。
これも初めて見る写真、しかも当時希少だったカラーフィルムだ。
倉稲盆地に見渡す限り拡がる水田。
黄金色に輝く稲穂が、たわわに実っている。
ダンジョンスキルの発現……『権現』と呼ばれるそれがあってからわずか数日で、明らかに稲穂の量が増えている。
収穫量アップの青スキル効果が、村人たちの驚きの声とともに記されている。
「……それにしても、効果が高いな?」
ダンジョンの相続書類に記されていた収穫量の効果は、+0.01%。
ほぼ誤差レベルであり、写真にあるような劇的な効果が出るようには見えない。
「ふむふむ」
資料の末尾には、参考資料として昭和21年度から昨年までの収穫量の変化が記録されている。
昭和23年度をピークに、緩やかに下がっていく倉稲地区の収穫量。
「うん?」
収穫量が減ったのは人口が減り、作付面積が減少したせいだと思っていたが、昭和50年代まで作付面積は大差ない。
それにしては収穫量の減少が大きいのだ。
「何かあるのか?」
ダンジョンスキルの効果は基本的に一定である。
あたらな階層をクリアすることで既存のスキル効果が強化されることはあるが、1階層しかない倉稲村のダンジョンには当てはまらないはずだ。
「もしかして、村の人口と……?」
連動しているのだろうか。
原初のダンジョンという事で一躍注目を浴びた倉稲村のダンジョンだが、すぐに日本各地で新たなダンジョンが発見され……わずか半年後にはダンジョンブームの中で忘れられた存在になっていった。
「よっ、萌香! 新年から精が出るな!」
「にははっ! 差し入れを持ってきたぞ!」
統二とコンが訪ねてきたのはそんなタイミングだった。
*** ***
「にはは、餡子餅がうまいのじゃ♡」
コンが持参した餅(昨日の夜についたものだ)をぱくつきながら、萌香のオフィスにおかれたソファーに座り休憩する俺たち。
PCの画面には俺が調査を依頼した倉稲村の資料が映されており、デスクには書類が山積みになっている。
「朝から色々調べてくれてありがとうな。俺の知識じゃわからないことも多くて」
じーちゃんが遺してくれた、膨大な倉稲村に関する資料。
Tokyo-Firstを始め、全国に無数にダンジョンが存在する現在。
ほとんど顧みられることがなかったそれを、何故じーちゃんはずっと残していたのか。
たぐいまれな力を持つコンの事も含め、萌香に調べてもらうことで何か分かるのではないかと考えていた。
「い、いやなにこれくらいどうということは無いぞ? 何しろお前のルーツ♡を深く知れる……ってぬわぁ、いまのは無しだ!」
「??」
「いかに萌香よ。新たにトージの活動写真が見つかったのじゃが……」
「うおおおおおおおおおおっ♡!?」
なぜか俺の七五三のビデオを見て、興奮している萌香。
確か倉稲神社で撮ったものだ。
当時は神主さんも健在で、背景に映っている境内に何かヒントでも見つけたのだろうか。
「……いやホントに、お前の鈍さが一番のミステリーだな」
「にははっ♪」
「ふぅ……うまい餅だな」
大きくため息をつき、ヨモギ餅を頬張る萌香。
さわやかなヨモギの香りが、萌香が纏っている香水の香りと混ざり合い、ふわりと漂ってくる。
「まだ調査中ではあるが、一つの仮説が組み立てられたぞ」
PCの隣に置かれていたタブレットを持ってくると、スリープモードを解除する。
画面には、一つのグラフが映っていた。
緑色の線は倉稲村の人口を表し、赤色の線は収穫量を表しているようだ。
「このとおり、倉稲村の人口とコメの収穫量に相関がある」
「ふむふむ」
「作付面積はそう変わらないにもかかわらず、だ」
萌香がグラフをスクロールさせると、昭和50年台に大きく下がっている。
その後も低空飛行を続け、今年急に跳ね上がっている。
今年はコンの出現と新たなダンジョンスキルの発現が影響しているのは間違い無い。
「倉稲村の人口が、ダンジョンスキルの効果と連動しているというのがワタシの仮説だ」
「え、それって」
萌香の仮説を聞いて、思わず首をかしげる。
「そう、通常なら考えにくいのだが……しかし」
萌香が画面を操作し、新たなグラフを表示する。
「ワタシの計算では、人口1000人に大きな壁があるとみている」
「なるほど……」
現在の倉稲村の人口は813人。
村の人口が増えるほど、ダンジョンスキルに良い影響があるとすれば。
「ぬふぅ、確かに祈りは多い方が良いのじゃが……そういう”ゆらぎ”もあるのか?」
どうやらコンも知らなかったことらしく。
小さな手をにぎにぎし、興味深そうな表情を浮かべる。
「ということで、手っ取り早く人口を増やす施策としてワタシ……というか協会からの提案があるのだが」
「ん? なんだ?」
「にはは?」
居住まいを正した萌香に、顔を見合わせる俺とコンなのだった。
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