第71話 過去の記録を調べてみよう(前編)

「山高市倉稲地区……旧倉稲村に原初のダンジョンが出現したのが、80年前の8月15日」


 膨大なデータの先頭に記されていた文字は、ダンジョンにかかわる仕事に就いている人間なら、常識ともいえる出来事。


「ワタシの祖父も生まれたばかりの時代か……」


 萌香にとっては遥か昔、歴史の教科書に記されている出来事だ。

 第二次世界大戦……大東亜戦争とも呼ばれるそれが日本の敗北で終わった日の正午過ぎ、ソレは出現したという。


「突如村を襲った轟音と閃光か……」


 当日の天気は曇りで、薄い雲が倉稲村の上空を覆っていたらしい。

 だが、雨を降らせるようなどす黒い雨雲ではなく雷が鳴るような天気ではなかった。


「ふむふむ」


 突然、倉稲神社の鳥居が輝き、稲妻が穴守家の屋敷中庭に突き刺さる。

 電子化された報告書に添付してある数枚の白黒写真。


「これも有名なヤツか」


 穴守家の当代……統二の曽祖父はカメラが趣味だったらしく当時の倉稲村の状況をたくさんの写真に残していた。

 巨大な稲妻が吹き上げた土煙に、その跡にぽっかりと穴をあけた原初のダンジョン。


 恐る恐る穴に近づいた当代が見たモノは、落雷の衝撃などでは開くはずのない深い深い大穴だった。


「しばらく……1年ほど原初のダンジョンは封鎖される」


 村に突然開いた『大穴』……そんな得体のしれないものに近づきたくないのは当然で、倉稲神社の宮司によりお祓いが行われ、入口は岩で蓋がされた。


「この写真か」


 ダンジョンの入り口の前に巨大な岩が置かれ、紙垂で飾られた祭壇が写っている。

 埋め戻そうという話もあったらしいが、不思議なことにどれだけ土砂を投入してもすぐに穴は元通りになったという。


「村人たちは不思議に思っただろうな」


 これものちの研究で分かった事実である。

 成長しきったダンジョンはその時点の形状を保つ性質があり、落盤等で通路が埋まったとしても時間がたてば元に戻る。

 なぜそうなるかについて正確な理由は分かっていないが、それは研究者の領分である。


「そうして、1年ほどの時が経ったある日……」


 今後の日本のダンジョン行政を左右する、驚くべき出来事が起こるのだ。


「それにしても、一次資料というものは興味深いな……!」


 正直、ここまで資料に記載されていた内容は、中学校の教科書レベルではある。

 だが、当時の村人たちが感じた内容や視点、ダンジョンの所有者となった穴守家の人間が書いた記録は生々しく、公文書にも載っていない新たな事実も記載されている。


 も、もしかしたら統二のニブニブさのヒミツも分かるかも!

 統二の祖父である鉄郎殿も、お祖母様と結婚される前には数多の女性から言い寄られていたらしい。

 それなのに、浮いた話は一つもなかったのだという。

 真面目一辺倒……なのではなく統二と同じにぶにぶクソボケだったのではというのが最近の萌香の仮説だ。


「おっと、これはあくまで真面目な調査だぞ大宮 萌香ヘンダーソン」


 思わず自分の欲望が漏れそうになったが、頭を振ってピンクな考えを追い出す。

 資料はいよいよ、後の世で『権現(ごんげん)』と呼ばれる、ダンジョンスキルが発現した日の記述へと移っていく。



 ***  ***


「んんっ……」


 心地よいまどろみから、ゆっくりと覚醒する。

 周囲を見回すと、剛さんを始め酔いつぶれた村人たちが穴守家の大広間で雑魚寝している。


「いや~、さんざん飲んで食ったな」


 久々に倉稲村で実施された新年の豊食の儀と好一対の儀。

 村の人口が多かった時代は、数百人の酔いつぶれた村人たちが屋敷を埋め尽くしたという。


「ふふっ、じーちゃんも喜んでくれているかな」


 村に残っていた剛さんらだけではなく、村に戻ってきた人たちや新たに移住してきた人。

 往年の賑わいを取り戻そうとしている倉稲地区。

 少しはじーちゃん孝行できただろうか。


「ふみゅ~、もう食べられぬぞ~?」


 お腹の上から可愛い寝言が聞こえた。

 視線を下げると、巫女服を着たままのコンが、俺のお腹の上ですやすやと寝息を立てていた。


「主祭神として、がんばったな!」


 鮮やかなキツネ色をしたコンの髪を優しく撫でてやる。

 コンがダンジョンの付喪神として現界後、初めてのお正月。

 ありがたみが100倍増しである。


「……んっ?」


 その時、気持ちよさそうに寝ているコンの右手に、1本の巻物が握られていることに気付く。

 厚めの和紙に緑色の装丁がされていて、1本のひもで結ばれている。

 正に巻物としか表現できないビジュアルのアレだ。


「……ふみゅ?」


 身じろぎをした弾みに、コンを起こしてしまった。

 透き通るような紺色の両目が俺を捉える。


「むっ」


 コンも、自分が巻物を握っていることに気付いたようだ。


「ああ、これかの?」


 俺のお腹から胸までよじ登って来たコンは、右手に持った巻物をぶんぶんと振る。


「皆の宴会がかくも盛大だったからの! 刺激を受けてわらわの神様あーかいぶが少し現物化したようじゃ!」


「な、なんだよそれは?」


 詳しくコンに聞いてみたところ、ダンジョン付喪神であるコンの頭の中には、膨大な倉稲地区の記録が保存されており、住民たちの信仰心……祈りの量やお賽銭が一定を超えるたびに神託のようなものが降りてくるそうだ。


「神の奇跡も、無料ではないからの! ぎぶあんどていくじゃ!」


「…………」


 まあ、ダンジョンスキルの原型のようなものかもしれない。


「おうそうじゃ、せっかくだから萌香の所に行かぬかトージ? わらわもこの姿で神託が現物化するのは初めてであるし」


「そうだな……」


 屋敷の中を見回しても、萌香の姿はない。

 早々に酔いつぶれてしまった彼女だが、早起きして統二から託された記録♡(何故ここにハートマークがつくのかはよく分からない)の調査を進めると言っていた。

 この時間ならダンジョン協会外局倉稲支所にいるだろうか。


『神託』についても、何か知っているに違いない。


「よし、まずは風呂に入って……萌香の所に行くか!」


「うむっ!」


 俺はコンを肩車すると、風呂場に向かうのだった。

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