第70話 新年の朝

「流石は鉄郎殿、ここまでデータを残されていたとは……」


 新年早々のダンジョン協会外局倉稲支所。

 5人いる職員は全員正月休暇を取っており、オフィスには誰もいない。


 新年を祝う神事(付喪神であるコンが主祭神を務める)のため、三が日はダンジョンもお休み。

 探索に訪れる探索者もいないので、協会外局は開店休業状態だ。


「まったく、昨日は飲みすぎたな……」


 少々規格が古いハードディスクをノートPCに繋げ、膨大なデータのコピーを始める。

 コピーの完了まで10分ほど。萌香は昨日の夜の出来事を思い出していた。


 ***  ***


 新年神事の二日目。

 旧年中に倉稲で収穫された食物を祭神(コンが務める)に捧げる豊食の儀という名目で、大宴会が統二の屋敷で行われた。


 今度こそ『たくさん酔わせてドキドキ介抱大作戦』を完遂すべく、村人たちに製法を聞き倉稲に伝わる伝統のどぶろく(アルコール度数40%)を準備した。

 萌香の親族には酒造業者がいるので、免許の面も抜かりはない。


『誠に佳き新年の訪れにあたり、わらわが祝福せし酒精を己が身に宿すのじゃ~♪』


 宴の始まりは、主祭神による御神酒の振る舞い。

 穴守家の跡取りであり、倉稲地区総代に就任した統二が祭壇の前に出て、盃に御神酒を受ける。


(や、やけに大きいな?)


 盃の直径は1メートル近くあり、大人でも抱えて持つくらいの大きさだ。


「よいしょっと」


 とぷとぷとぷっ


 ご神木から分木したヒノキで出来た徳利から御神酒であるどぶろくを盃に注いでいくコン。

 底の浅い杯とはいえ、1リットルくらいは入っているだろう。


「では」


 神前に出るにあたり、白装束に身を包んでいる統二(すごくカッコいい♡)がゆっくりと杯を持ち上げる。


(いくら統二のヤツが酒が強いとはいえ、あの量を飲めば酔いつぶれてしまうはずだ……そこをワタシが優しく介抱してええええええっ!?)


 そのために度数の高いどぶろくを用意したのである!

 統二の口が、ゆっくりと杯に近づいていき……萌香の陰謀は成就すると思われたのだが……。


「おおそうじゃ、せっかくだから好一対(こういっつい)の儀もしておくかの?」


 何かを思い出したらしいコンの言葉に、盃を持つ統二の手がぴたりと止まる。


「……好一対(こういっつい)の儀ってなんだっけ?」

「いや、倉稲村ラヴなら覚えておきなよ理沙ねぇ……こほん、村に古くから伝わる神事の一つで、関係性の深い男女が1つの盃に注がれた御神酒を分け合い村の発展と豊作を願う……よく考えたらめっちゃドキドキで映えるイベントよね!」


 理沙と同じく巫女姿の礼奈が、詳しく説明してくれる。


(な、なんだって!? そ、それはまるで……)


 新婦さんと新郎さんが行う『はじめてのきょうどうさぎょう』みたいなものではないかあああああああっ!?


 思わぬ話の展開に、顔を真っ赤にしてぷるぷる震える萌香。


「うわそれめっちゃいいね!! はいはい! 不肖理沙、トージさんの相方に立候補しますっ!」


(あっ、ずるいぞ理沙!)


 すかさず立ち上がり、アピールする理沙だが……。


「いやいや、おめーはまだ未成年だろ……」

「う、やっぱダメかぁ」


 父親である剛さんにたしなめられ、立候補を取り下げる理沙。

 そうだぞ理沙、法律は守らないとな。


「懐かしいわねぇ、村で最後に好一対の儀をしたのは、剛さんと結婚する前だったかしらね」

「かーちゃんよせやい、恥ずかしいわ!」


(う、うおおおおおおおおおおっ!?)


 つまり理沙の父上と母上は、この神事をきっかけに結婚したという事だ!

 ならば、ぜひこのワタシが! いや、よそ者である自分がこんな大事な神事に携わっていい物だろうかっ!?

 悶々と葛藤する萌香であったが……。


「う~ん、ちょうどいい子がいないのよねぇ……あ、そうだ!」


 理沙の母親である、優恵(まさえ)さんの目がこちらを向いた。


「萌香ちゃんがいるじゃない! ちゃんと成人だし」


「ふ、ふおおおおおおおおおおおっ!?」


「おお、モエちゃんがいたか! トージ坊ともお似合いだし、いいんじゃないか?」


「ぐおおおおおおおおおおおおおっ!?」


 なんだかよく分からないうちに村のおばちゃんたちに連れていかれ、巫女服に着替えさせられる。

 礼奈が小学生の時に来ていたという巫女服がぴったりだったのが悲しかったが、とにもかくにも統二の隣に立つ。


「萌香、大丈夫か? 俺が全部飲んでやろうか?」


 どぶろくから漂ってくる強烈なアルコールの香り。

 心配そうな表情を浮かべた統二の優しい声。


「いや、心配するな統二! この大宮 萌香ヘンダーソン! お前との大事な♡神事♡を、完璧にやり遂げて見せるっ!」

「お、おう」


 これがいけなかった。

 気合を入れすぎた自分は、統二と競うように盃のどぶろくを7割以上飲み干し……。


「うきゅ~~」


 あっさりと酔いつぶれてしまったのだった。



 ***  ***


「ふ、不覚っ」


 大チャンスだったのに、次に気が付いたのは朝である。

 二日酔いで頭がガンガンしたが、治癒魔法でこっそり治療した。スキル万歳。


 トージら男衆は夜通し宴会の影響でまだ寝ており、醜態をさらした自分は、理沙礼奈姉妹にからかわれないよう早朝からこうして仕事をしているわけである。


 ぴっ


 そうこうしているうちに、データのコピーが終わった。


「倉稲地区、80年の記録か……」


 ハードディスクに入っていたのは、穴守鉄郎殿が記録してきた倉稲地区と屋敷にあるダンジョンの定点観測データ。

 屋敷の金庫に保管されていたそれを見つけた統二から、調査を依頼されているのだ。


 いまやSSS+ランクに成長したダンジョンは、どのような軌跡をたどってきたのか。


「それに」


 倉稲地区の特異性。

 それを解くカギが、このデータにあるに違いない。


 ぴしゃりと頬を叩いた萌香は、データの解析に没頭し始めるのだった。

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