第69話 萌香の疑問

「にははっ! 長屋を建てるのじゃ~」


 どどどっ!


 いつものマイポジション。統二の肩に乗ったコンが、赤スキルを使い単身移住者向けのアパートを建てていく。単身者向けアパートと侮るなかれ。全戸南向き、ウォークインクローゼット付きの2DKである。


「いいぞ~コン!

 次は一戸建ての住宅だな。昨日時点で15家族から申し込みがあったから……30区画ほど整備しておくか」


「うむ、心得た! 大名屋敷じゃな!」


「……いや、そんなに豪勢にしなくてもいいぞ?」


 統二も上機嫌でコンと一緒に倉稲地区を飛び回っている。


「あ、相変わらず凄まじいな……」


 ダンジョンフェスから倉稲村に戻ってきてから、統二たちはますます絶好調だった。

 階層をクリアするたび強化される赤スキル。

 最近はスキルの”質”を上げるのがコンのお気に入りらしく、以前のように驚天動地の巨大構造物が出現する事はないモノの……。


「まったく、このアパートなどほぼ完成品じゃないか」


 倉稲中央駅(仮称)から続く村のメインストリートに建設されたアパートを見上げ、嘆息する萌香。


「通常、赤スキルで建築される建物は、通常外枠だけがせいぜい……だが統二♡とコンが建てるコレは……」


 窓枠にはきっちりとガラスが嵌っており、窓から見える室内にはフローリングが貼られている。さらに驚くべきは、風呂場などにすでに蛇口が設置されていることだ。


「それだけじゃないで、モエ?」


 仕上げ工事を職人たちに指示していた雄二郎がやってきた。

 雄二郎が外壁に取り付けられた蓋を開けると、水道管と並んで数個の穴が壁に開いているのが見える。


「電装系を通す穴も、すでに開けてあるんや。内装屋に言わせれば、出現した時点で90%近い完成度らしいで?」


「し、信じられない……!」


 思わず目を閉じ、天を仰ぐ萌香。

 よくある街づくりシミュレーションゲームじゃないんだから。


「むむっ……そうなれば、ワタシと統二の愛の♡巣♡ももう一段階グレードアップした方がよいか……やはり寝室♡からすぐに浴室に行けた方が色々と捗るし、2階にも風呂をつけるべきだな。理沙も同居する可能性を考えるとうおおおおおおっ!」


 市役所にしこたま怒られそうであるが、乙女バトルの結果、月替わり旦那さん♡の協定が結ばれる可能性もあるのだ。

 新居はフレキシブルな構造にしておくべきだろう……脳内でとんでもない妄想を繰り広げる萌香。


「カカッ、倉稲地区と違って1ミリも進捗していないヤツが何言ってんねん! コンに頼んでフラグでも建ててもらいーやぐぼおおっ!?」


 余計なことを口走った雄二郎を、少しだけ手加減した回し蹴りで吹っ飛ばす。


「ま、まあそれよりも」


 未来予想図の妄想は置いておくとして、改めて村の中を見渡す萌香。


「すごい凄い! 倉稲村が限界突破して大きくなってるよ!」


「ふんふん、まあまあね!」


 冬休み中なので私服姿の理沙と礼奈が村のメインストリートを歩いてくる。

 手にはKON-MARTに新規オープンしたフィフティーンアイスの新作スイーツ。


「にひひ、この子可愛いでしょ理沙ねえ。

 シブヤの最新トレンドだし!」


 オフホワイトのダッフルコートにベージュのムートンブーツ。

 少し大人っぽいコーデに身を包んだ礼奈がバッグに付けたクマ型アクセサリーを理沙に自慢する。

 クマのお腹部分にはハートが刺繍されており、とてもガーリーだ。


「あっ、めっちゃかわいい! わたしも欲しいかも!」


 隣を歩く理沙もおそろいのムートンブーツに、もこもこダウン。

 頭には薄水色のニットキャップをかぶり、足元はスニーカーでなくパンプス。

 いつもスポーティな私服の理沙には珍しいコーディネートで、礼奈にアドバイスをしてもらったのだろう。


「ふふん、スマホが苦手な理沙ねえに、通販サイトの使い方を教えて上げよっかな~!」


「むう、わたしだってインターネット使えるし!

 ほらほら、カートに入れちゃうよ~たっぷするもんね!」


 だだだだっ!


「うわ、理沙ねぇ! 連打しちゃだめだっての! 大量に商品が届くじゃん!」


「ふ、ふお!?」


「あ~! なに購入確定ボタン押してんの~!!」


 きゃいきゃいとじゃれあう理沙礼奈姉妹。


「ふふっ、可愛らしいな」


 萌香は一人っ子なので、姉妹の絡みがうらやましい。

 少し年の離れた従姉妹はいるが、彼女はぶっ飛んでいるからな……。


 今年は帰省してみるか。もうすぐやってくる正月休みに思いをはせる萌香。


「って、それよりもだ」


 意識を目の前の理沙礼奈姉妹に戻す。


「あのクマ型アクセサリ……確か十年ほど前のブームだったか?」


 自分が小学生の時、高校生のお姉さんたちがこぞってスクールバッグに付けていたのを覚えている。


「礼奈のトレンドが、進歩している?」


 彼女が自慢気に見せてくれる『最新トレンド』は、新しくても2000年代初頭、下手をすれば90年代や昭和の産物で、萌香が生まれる前の物も多かった。


 倉稲村に戻ってきてから、明らかに礼奈のトレンドが新しくなっている。


「むむぅ」


 倉稲村にも高速インターネットが通じたのだから、礼奈が自分で調べているとしたら当たり前と言えば当たり前なのだが、フェスに行く前は変わらずナタデココを自慢げに食べていた礼奈である。


「それにネットニュースも……」


 スマホを開くと、ネットニュースにはダンジョンでの落盤事故の発生が速報として報じられている。

 幸いけが人はなく、協会外局の出番はなさそうだが……。


「なにかが、変わっているのだろうか?」


 調べ物のため、東京に戻った時に感じた、僅かな違和感。

 もう少し深堀りしてみるか、そう心に決める萌香。


「トージ! つぎはたわまんを建ててみるのじゃ!!」


「おう! ブルジュ・ハリファを超えてやろうぜ!!」


「にはっ、高さは万尺(3300メートル)じゃ~!」


「!? おおおおいっ、コン! 少し待つんだ!!」


 とんでもないことをしようとするコンと統二を慌てて止める。

 倉稲上空には航路があるため航空法とか、諸々の規制に引っかかってしまう。


「なんだよ萌香、ケチだな」


「ケチとは何だケチとは! 減免措置があるとはいえ、固定資産税などが物凄いことになるぞ! それに法律が……」


「……さいじょうかいは、統二と萌香の巣じゃぞ?」


「!?!? くっ、それならやぶさかではないがっ!?」


「いやいや、そこで折れないでよモエちんパイセン」


 ぺしっ


「ぷっ、あはははははっ!」


 賑やかな笑い声が響く師走。

 倉稲地区の環境は、少しずつ変わっていくのだった。

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