第68話 叔父サイド 篤さん、色々なものをNTRされる

 同日、穴守グループ本社ビル最上階

 篤CEO執務室


「くそっ、これでは大損ではないか!」


 バシッ!


 執務室に入るなり、着ていたコートを床にたたきつける。


「あのバカ息子のせいで、毎度毎度祟られる!」


 憤激のまま、コートを踏みにじるが全く気分が晴れない。

 ただ裏地が破れ、中に詰まった綿がはみ出てきただけだ。


「ちっ!」


 舌打ちすると先日新たに雇った付き人を呼び出し、ぼろくずと化したコートを掃除させる。ついでに持ってこさせたコーヒーを飲み干すが、篤のいら立ちは収まらなかった。


「探索権の過半を手に入れられれば、国内のダンジョン市場だけではなく世界でも大きな地歩を占められたものを!」


 執務室の壁に貼られた地図を睨みつける篤。

 日本国内に存在するSランク以上のダンジョンは10か所。

 そのうち2か所は穴守グループが100%の探索権を所有しており、3か所は7割程度の探索権を押さえている。

 西日本最大のOsaka-Secondの所有権を押さえてしまえば、穴守グループは名実ともに日本ダンジョン界の盟主になれただろう。


「それをあのバカ息子と馬鹿嫁は……!」


 先ほどまで、本社ビルに隣接した報道センターで、マスコミの対応をしていた篤。

 その場には篤の妻である綾乃と息子である銅輔が同席していた。


 記者会見の題目は、『Osaka-Second大深層開発 合同記者会見』


 想定よりはるかに地脈が豊かであったOsaka-Secondの大深層部。

 出現するモンスターのレベルもさることながら、Tokyo-Firstを上回るダンジョンの成長が観測された。

 あくまで試験調査のため、解放されなかったダンジョンスキルも凄まじい物であることが予想されている。


 人口や経済力がどうしても首都圏に偏っている日本である。

 第二極を作ろうという取り組みは行われていたが、むしろ首都圏への一極集中は進むばかり。

 国家全体の事を考え、Osaka-Secondはダンジョン上階の管轄下に置き、関西圏の経済発展に使うべきである。


 穴守グループの声明は、経済界を揺るがすトップニュースになっていた。


「そんなこと、するつもりはなかったのだぞ!」


 環裳が現界することでもたらされたTokyo-Firstの詳細情報により、ほぼ同規模のダンジョンであるOsaka-Secondの大深度が豊かな狩り場になる事は分かり切っていた。

 あと少しで、頑固な関西ダンジョン商工会を押し切れるはずだった。


「銅輔のヤツ、余計なことを!」


 勝手にダンジョンフェスに出張していたことは想定内だったが、あのバカ息子の事である。会社の金を使って大阪で豪遊するつもりなのだろうと思っていた。


「オレの代理で、Osaka-Secondの大深度調査を許可するとは!」


『当グループが国内ダンジョンの探索権を独占しすぎること、このボクは危惧していたのです! 父上はお忙しいお方……足元の綻びがグループ全体の瑕疵に発展しないとも限りません。

 なにより、Osaka-Secondのポテンシャルを間近で感じたボクは我が国のためにですね!』


 ……どの口がそんなことを言うのだ。

 ぺらぺらとご高説を垂れる銅輔をぶん殴りたくなったが数十台のテレビカメラに囲まれていた為そんなことは出来なかった。


 アフリカ辺りに子会社でも作って飛ばしてやろう。

 そう考える篤。

 ヤツが格好をつけた理由は明確だ。バカ息子の考えくらいお見通しである。


 竹駒プロダクションのブースに参加していた統二。

 そこに協会主事の大宮萌香が同行していた。


 あんなちんちくりん女のどこがいいのか分からないが、銅輔は大宮萌香に入れあげている。彼女の気を引こうと、篤の名を騙って探索を許可したに違いない。


「どうやってオレのID認証を突破したのか、調べなくてはならんが……」


 篤が気付いた時には大宮萌香の調査が第86階層まで完了しており、竹駒美里の手により詳細なOsaka-Secondの大深度についての報告書が公開されていた。

 篤が事前に公開していた情報の欺瞞を指摘して、である。

 当然、探索権を独占しようとしていた穴守グループに批判の矛先が向きかけたが、そのタイミングで余計なことをしたのが銅輔である。


「半月もあれば、批判など押さえ込めたのに!」


 ダンジョン業界や政界に強大な影響力を持つ篤である。

 情報操作を行う事などたやすい。

 こんなニュースなど、1か月もすればみな忘れてしまう。

 国民的アイドルの醜聞などとは違うのだ。


「バカ息子め!」


 しゃしゃり出てきた銅輔がマスコミに示した『提案』。

 Osaka-Secondの大深度探索権の大部分を関西ダンジョン商工会及び協会預かりとし、西日本全体の発展に貢献する。


 その提案は大きな話題となり、支持率が低迷していた政権も飛びついた。

 慌てた篤は撤回しようとしたのだが果たせず、本日記者会見をする羽目になったというわけである。


「ダボハゼのように食いつきやがって!」


 記者会見場にはオブザーバーを務めることになった竹駒プロダクションの代表、竹駒美里も出席していた。

 おそらくこの女がバカ息子に何か垂れ込んだのだろう。

 それだけではなく、会見場にはOsaka-Secondと姉妹ダンジョン協定を結んだクライネダンジョンのオーナーである統二もいたのである。


「ぐぬぬぬ……!」


 会見場で場違いなアホ面をさらしていた統二を思い出し、更にいら立ちが募る。

 Gランクダンジョンを相続させ、田舎に追放したというのに何故オレと同じステージまで上がってくるのだ!


「統二対策はまた今度考えるとしてだ」


 今はこのささくれた心を癒すことが先決だ。

 篤は居住まいをただすと、執務室の奥、環裳の居室へつながる部屋のロックを解除する。


 Tokyo-Firstの憑神である環裳は、自身の経済力を支える要であり、心の支えでもある。ろくでなしの妻と息子に消耗させられた今、無性に環裳に逢いたかった。


「ふっ」


 今夜はあの白銀の尻尾に包まれて眠るのも悪くない。

 僅かに頬を緩ませ、環裳の居室に足を踏み入れた篤だが。


「……何をしに来たの」


「んなっ!?」


 環裳の態度はそっけない。

 彼女の瞳は篤の方を向くことは無く、銀色の両耳も不機嫌そうに引き絞られている。


「くっ……鉄郎の血族、統二。

 どうすれば彼を誘惑できるのか」


 環裳が手にするタブレットには、統二の動画が表示されている。


「かような小童に負けっぱなしなど、玉藻の矜持が許さぬ……!

 やはり巣穴を整えるのが肝要か!

 まずは一つ一つ、ね」


「お、おい?」


 環裳は、Tokyo-Firstを発見した義父鉄郎に執心するようなところがあった。

 だが義父は探索者を引退して以降、環裳に興味を示すことは無かった。


「どうした環裳、オレが来たのだぞ?」


 義息子とはいえ、唯一残された鉄郎の息子が自分である。

 環裳は自分に夢中なのだと思っていたのだが。


「……あら、まだいたの」


 ぱしゅん


 環裳は篤に冷たい視線をよこすと、忽然とその場から消える。

 本来の居場所であるTokyo-Firstの深層部へ戻ったのだろう。


「ばっ、ばっ、ばっ……。

 馬鹿なあああああああああああああああっ!!」


 狙っていたOsaka-Secondだけでなく。

 己に心酔していると思っていたTokyo-Firstの憑神まで。


 両者を寝取られた篤は、悲痛な叫びを執務室中に響かせるのだった。

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