第62話 銅輔さん、無自覚に父上に大ダメージを与える(中編)

「ぬっ……ぬぬぬぬっ!?」


 ぱちぱちぱちっ


 コンをトイレの個室内に閉じ込めていた術が消滅していく。


「な、なんじゃ? ムズムズがどこまでも加速してゆくぞ!?」


 だが、今のコンにそんなことを気にしている余裕はない。


 ぶわっ!


 三本の尻尾が逆立ち、両目を大きく見開くコン。


「ううううっ……くーん!」


 大きく雄たけびを上げたコンは、己の体に起きた異変に気付く。


 ずずずずっ


 明らかに、自分の手足が伸びてゆく。

 双丘の膨らみも大きくなり、視線が高くなってゆく。


「わらわの身体がねぶって(成長して)いるというのか!?」


 びりっ


「う! これはマズいの」


 原因は分からないが、緊急の問題が一つ。

 現在身に着けているのは、小童の身体に合わせた巫女服。

 内に着ている肌着は伸縮性の良い素材ゆえなんとか持ってくれそうだが、巫女服はそうはいかない。


 ばばっ


 慌てて巫女服を脱ぎ捨てるが、身体の成長は止まらない。


「むむむむっ……このままでは”見えて”しまうではないか!」


 礼奈を遥かに超え、理沙に迫ろうとする双丘。

 伸びきった肌着からこぼれてしまいそうだ。


 子を育てるのに必要なものであるし、隠す必要性は感じないコンだが人間世界ではむき出しだといささか難があるものらしい。


 ”ひよこ成長日記”なる摩訶不思議な題目が付けられた、トージの物と思わしき活動春画のでーぶいでーでも、肝心な部分は市松模様で隠されておったしな!!


「人間世界の律令には従わねばなるまいて……」


 何か己の体を隠せるものは無いか、と室内を見渡すコン。


「これじゃっ!」


 コンの目に入ったのは、ふわふわのトイレットペーパーだった。



 ***  ***


「な、なんだ!?」


 酩酊した様子の理沙が、俺の座っているマッサージチェアーの上にのしかかってきた。


 それだけでも混乱しまくっていた俺だが、事態は更なる急展開を見せる。


 ぱあああああっ


 コンが入ったトイレの個室が、まばゆく輝いたのだ。


『ぬうううううううっ!?

 くーん!!』


 困惑したような、コンの悲鳴(?)が聞こえる。


「コン!?」


 上位ダンジョンの地脈に当てられ、何か異常があったのかもしれない。


「くっ」


 一瞬で正気に戻った俺は、理沙の両肩をつかみ身体の上から押しのけようとする。


 ぱちっ


「…………ふえ?」


 理沙と目が合った。

 大きな栗色の瞳は真ん丸に見開かれ、先ほどまでのような淫靡な空気はまるでなく、いつもの可愛い理沙だ。


「ああああああああ、あのっ!」


 一瞬で真っ赤になる理沙。


「これはいやその、なんか天の声が降ってきたというかトージおにいちゃあああああああんっ!?」


 むぎゅっ!


「うわっ!? 理沙!?」


 混乱して抱き付いてくる理沙。

 先ほどまであんな雰囲気だったからか、妙に理沙の体の柔らかさを意識してしまう。


 がちゃっ


「うむっ、開いたぞ!!」


 どたばたとマッサージチェアーの上でもがく俺たちを尻目に、突然トイレの個室のドアが開いた。


「!!

 コン、大丈夫か……って」


「「うえええええええええええええっ!?」」


 コンの姿を見た俺たちは、思わず叫び声をあげる。


「ふみゅ?」


 そこに立っていたのは、高校生くらいにまで成長し体中のいろんな所をトイレットペーパーで隠すという、マミーのような恰好をしたコンだった。



 ***  ***


「こ、コン?」


「コンちゃん?」


 恐る恐るという感じで声をかける。


 コンがまたもや成長した。

 それも、少し大きくなったというレベルではなく理沙と同じくらいの年齢に見える。


「にはは! 案ずるな!」


 とんでもないことが起きたというのに、コンはいつも通りドヤ顔で胸を張る。


「うわっ!?」


 そのはずみに、体に巻き付けられたトイレットペーパーが外れそうになる。


「!?!? トージさんは見ちゃ駄目!!」


 べしっ


「ぐえっ」


 理沙が持参していた着替え用のジャージをコンが身に着けるまで、うつぶせでマッサージチェアーに沈む俺なのだった。



 ***  ***


「……それで、結局何が起きたんだ?」


 5分後、桜色の倉稲学園ジャージに着替え終えたコンと休憩室のソファーに座り現状を確認することにした。


「うっわ、コンちめっちゃでっかくなってるじゃん! スタイル抜群だし!」


「にはは、ないすばでーじゃ!」


「うらやまし~、理沙ねぇと違ってちゃんとくびれあるもんね!」


「いやいや、わたしだってあるよ!?」


 コンと理沙のお腹を交互に触る礼奈。

 ナイスボディに成長したコンの事が、心底うらやましそうだ。


「げ、現界した付喪神の体が、このように一気に成長するモノなのか?」


 部屋の外から戻ってきた萌香が、激変したコンの姿を見て目を剝いている。


「いや、あまり聞いたことはないな……」


 俺もコンが現界してから付喪神について色々調べたが、基本的には現界時の姿を保つものらしい。

 ダンジョンのランクアップに従い、姿を変える付喪神も一部いるらしいが……。


『現界したわらわはただの小童(こわっぱ)じゃからの。おなかもすくし、成長もする。責任を取ってもらわねば、な♪』


 コンに初めて出会った日、彼女が語った言葉を思い出す。


 成長する付喪神。

 俺はそのことを改めて実感していた。


「だ、だがっ」


 俺にとって問題が一つ。

 こんなに一気に成長してしまうと、コンの成長を見守るパパ的な楽しみがないじゃないか。

 確かに今のコンは抜群に綺麗で魅力的だが……。


「案ずるでない、トージ!」


 そんな俺の思考を読み取ったかのように、腰に手を当てどや顔を浮かべるコン。


「おそらく、この変化はによる一時的なものじゃ!

 数刻もすれば元に戻るじゃろう!」


「さて……」


 意味ありげに天井を見上げるコン。


「かように推測も混じるが、わらわの身体に何が起きたか説明するとしよう」


 そういうとコンは自販機で買ったクッキーの封を開け、ゆっくりと話し始めるのだった。

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