第63話 銅輔さん、無自覚に父上に大ダメージを与える(後編)

「狐や狸が人を化かす……そんな伝承を知っておるじゃろう?」


 ぽりぽりとクッキーをかじりながら口の形をωにし、いたずらっぽい笑みを浮かべるコン。

 身体は大きくなったが、所作はまだまだ子供っぽい。


「まあ、定番だよなぁ」


 童話や昔話でよくある話だ。

 人に化け、里に下りてきた狐の妖怪が、いたずらを仕掛けたり人間をだましたりする。


「姿形を変化させる、というのは稲荷神の能力の一つなのじゃが」


 ソファーから立ち上がり、その場でくるりと一回転するコン。

 ジャージ短パン姿とはいえ、すらりと伸びた手足に抜群のスタイル。

 思わず目を奪われてしまう。


「この姿は、わらわの理想……すなわち数多の昇級を経た最終到達点なのじゃ」


「ぐうっ!?」


 何か多大なダメージを受けている、とっくに成長期を終えた萌香。

 時の流れは残酷だが、遡ることは決してないのだ。


「ま、また失礼なことを考えているなお前!!」


 ……ひとまずそれは置いておこう。


「もちろん、わらわがこの姿に至るにはトージの素晴らしきだんじょん攻略速度をもってしても、数年はかかるじゃろう。

 ……じゃがっ!」


 びしりっ、と拳を固め、休憩室のドアを差すコン。


「さきほど、面妖な術の励起を感じたぞ?

 何者かがこのダンジョンに満ちる豊富な地脈力を利用して、わらわの”真の姿”をつまびらかにしてくれたようじゃ!」


「……ねえトージにぃ、もしかしてこれかな?」


 ネットで何かを調べていたらしい礼奈が、とあるサイトのURLを俺たち全員に送ってくれた。


「ダンジョン関連企業の装備品カタログか」


 表示されたのは、原色がふんだんに使われ怪しげな雰囲気を醸し出すウェブサイト。


『変身系モンスター対策のパイオニア! 厄介なモンスターの能力を低下される効果がモニターにより報告されています……なお、効果には個体差があります』


「い、いかにも怪しいな」


 どでかいタイトルの下に、数十の装備品のリストが並ぶ。

 どれもさほど安くはない。


「ふんっ、最近完成度の低い詐欺装備を売る悪徳業者が多くてな。

 協会の方でも対応に苦慮しているぞ」


 不快そうに鼻を鳴らす萌香。

 若手探索者や、逆に一線を引いた老齢の探索者が被害に合うことがよくあり、社会問題になっているそうだ。


「むむっ、おそらくこれじゃ!」


 リストの中から鏡のようなマジックアイテムを指さすコン。


「この鏡と妖術を組み合わせ、わらわに干渉してきた者がいる……術者は、おそらく環菜じゃ。

 あやつは我らの同族……しかも”妖狐”に類する稲荷じゃろう」


「「「ええええっ!?」」」


 思わぬコンの告発に、驚きの声を上げる俺たちなのだった。



 ***  ***


「ちっ、潮時かしらね」


 理沙を操るために開放した妖狐の力。

 それが、いきなり上層から降りてきた謎の光によって暴走した。

 ニンゲンたちの開発した『だんじょん用装備』と呼ばれるカラクリには、面妖な効果を持つものがある。


「やはり、自分の洞穴でないと調子が狂うわ」


 Osaka-Secondと呼ばれるこの洞穴には、自分のような憑神は確認されていないが、我が深層まで達することで引き起こされた地脈の乱れの影響もあろう。


「あの子狐にも悟られてしまったか」


 まだ小童とはいえ、同族である。ここは撤退するのが正解だろう。

 統二が鉄郎に類する鉄壁の精神力の持ち主であることが分かったことは大きな収穫だ。

 早急に作戦を練り直す必要がある。


「……その前に」


 我のめでたし計画をぶち壊してくれた、あの子狐にお灸をすえておくことにしよう。

 あやつもまた、上位の稲荷である……とはいえ、まだまだ幼生。

 力を暴走させてやれば、恐れをなした統二が子狐との契約を破棄するかもしれない。


「ふふっ」


 ぶんっ


 置き土産とばかりに術式を発動させた環裳は、その場から忽然と消えるのだった。



 ***  ***


 ぱちぱちぱち!


「ぬぬぬぬぅ!? こ、これは!」


「こ、コン?」


 一通り説明を終え、ほうじ茶を飲みながらくつろいでいたコン。

 突如、両目を見開いて立ち上がる。


「来おった……来おったぞ!

 地脈の力が……あふれるのじゃっ!」


 ぱああああああっ

 コンの全身から放たれた金色の光が、部屋中を満たしていく。


 同時に、全身が総毛立つような波動が床から突き上げてくる。


「な、なんだこのとんでもない地脈の流れは!?」


「トージさんっ! わたしたちのステータスがっ!」


 慌てた様子の理沙に、急いで自分のステータスを開く。


「なん……だと!?」


 表示された内容に、今度こそ俺は絶句した。


 =======

 氏名:穴守 統二

 種族:人間

 経験値:673,211


 級:82

 生命力:1132(+900)

 術式力:892(+900)


 筋力:510(+900)

 敏捷力:478(+900)

 妖術力:611(+900)


 攻撃力:572(+900)

 防御力:621(+900)


 使用可能術式

 炎術壱式、弐式、参式、四式、伍式

 氷術壱式、弐式、参式、四式

 電撃術壱式、弐式、参式、四式

 回復術壱式、弐式、参式、四式


 使用可能技式

 連射壱式、弐式、参式、四式

 遠射壱式、弐式、参式

 秘技・流星乱舞

 =======


 レベルはそのままだが、すべてのステータスが一時的に向上している。

 まるで、最上位の装備で全身を固めた時のような……。


「ワタシのステータスも同じだ!」


「ヤバ……礼奈ちゃん神ってね?」


 理沙と礼奈、萌香にも同じ現象が発生しているらしい。


「にはは!

 やってくれるの環菜……いや、玉藻よ」


 全身を金色に輝かせ、仁王立ちするコン。


 ぶわあああああああっ!


 腰まで伸びたコンの栗毛が重力に抗って逆立ち、無数の尻尾が扇のように広がる。


「おぬしの狙いはおおよそ見当が付いとるぞ?

 並の稲荷なら、地脈の渦に飲まれ自我を喪失するところじゃが」


 にやり、と不敵な笑みを浮かべるコン。


「鉄郎に見いだされ、トージの薫陶を一身に受けてきたわらわは伊達ではないっ!」


 キイイイイイインッ!


 立ち上がったコンが優雅に両手を広げる。

 荒れ狂っていた地脈の奔流が徐々に落ち着き、収束していく。


「これでよし!

 数刻も経てば、元の状態に戻るじゃろう」


「それはそれとして♪」


 一転して、無邪気な笑みを浮かべるコン。


「溢れた地脈は消費してしまわねば、体に障る。

 ゆえに……だんじょんの最奥部に向かおうではないか♪」


「お、おいっ」


 そういうとコンは、嬉しそうに俺の両手を引くのだった。



 ***  ***


「さぁて! 新装備のテストもできたことだし!

 そろそろ父上に提出する第三四半期経営報告書の準備をしないとな!

 本日の輝かしい成果により、わが社の業績は世界の隅々にまでとどろくのだぁ!」


「……は、はぁ」


 過剰な美辞麗句に彩られた経営報告書。

 実際のキャッシュフローとの差異が日に日に大きくなっているのでいい加減修正してほしいが、まあもう自分には関係ない。


 部下は感情を殺し、銅輔の後に付き従う。


「行くぞ、光差す地上へ!」


 ばばっ


 基幹エレベーターに足を踏み入れながら、芝居がかった動作で天井を指さす銅輔。

 その大きすぎる動作に、首にかけていたホルダーからIDカードが滑り落ちた。


 かつん


「あっ」

「あっ」


 すぽっ


 手を伸ばす時間もなく、床で弾んだIDカードはエレベーターの隙間に吸い込まれてしまった。


「…………」

「…………」


 基幹エレベーターのシャフトは、ダンジョンの最深部……篤が組織した探索者チームが探索予定の階層にまでつながっている。


「…………何も起きなかったぞヨシ!」

「何を見てヨシといったんですかああああああっ!」


 ……ゴゴゴゴゴゴ、ガコン……


 篤CEOの権限を持ったIDカードの紛失事件は銅輔の巧みな偽装により闇に葬られ……副産物として、Osaka-Second最深部のロックが外されてしまうのだった。

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