第61話 銅輔さん、無自覚に父上に大ダメージを与える(前編)

「ふふ、”堕ちた”わね」


 雄と雌の巣穴と化した休憩室の中の様子を透視しながら、環裳は己の勝利を確信していた。

 理沙に乗りかかられ、明らかに統二は動揺している。


「……ふん」


 それが自分の誘惑に対してではないことは気に入らないが、

 あの小娘は身体が大きい。

 統二はそこに雌の魅力を感じているのだろう。

 よく考えてみれば、自然界には雌の方が恵体な種族はいくらでもある。


「人間の発情鍵を理解することができたのは僥倖……

それなら時間を掛けて、篭絡するだけよ」


 何しろ我は九尾の稲荷。

 ヒトとしての外見を変えることも可能だし、じっくりと堕とせばよい。


「ふふふ……」


 あっさりと誘惑に屈した篤に比べ、てこずらせてくれたが……。

 まがい物の篤ではなく、正当な鉄郎の血族を手に入れることが叶うのだ。

 環裳は、なんとも言えない満足感を感じていた。



 ***  ***


 同時刻、Osaka-Second基幹エレベーター前。


「なーっはっはっは! ここが基幹エレベーターか!

Tokyo-Secondよりは劣るが、なかなかの規模じゃないか!!」


 甲高い笑い声を響かせながら、銅輔がエレベーターの部屋につながる斜路を降りてくる。


「ぼ、坊ちゃん! ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ!」


 貴方は招待すらされていない一般客なんですから!

 なんやかんやと勤勉な部下は、何とか銅輔を止めようと彼の前に回る。


 先ほどから警備員たちの目が厳しい。

 これ以上奥に行けば、下手をしたら警察に通報されてしまうだろう。


「ふふん、心配するな!

ボクは、関係者だ!!」


 スーツの内ポケットから、銀色のカードを取り出す銅輔。


 カードには3つのICチップが埋め込まれており、精巧な偽造対策がされているのが見て取れる。

 裏面には「ANAMORI-CEO」の文字。


「ま、まさかそれは?」


「そう! 穴守グループ総帥にして、偉大なるボクの父である穴守篤のIDカードさ!!」


「ええええっ!?」


 思わずのけぞる部下。

 なんでそんなものがここに!?

 当然ながらこのカードは篤CEOしか所持しておらず、Tokyo-Fisrtの全フロアのみならず、各地のダンジョンへ優先入場する権限を持つという。

 穴守グループが大深度探索プロジェクトに参画することを表明した、Osaka-Secondに対しても同一の権限を持つそうだが……。


「なにしろ父上は忙しい身!

万一このカードを紛失してはグループ全体に与える影響が巨大! 雑事はボクが引き受けるため、バックアップを作っていたのだぁ!」


「いやちょっと待て、それって偽装ですよねえええええぇぇ!?」


「はーっはっはっは!! 偽装ではないぞぉ!! 有事の際のバックアップと言え!!」


 部下にとって不幸なことに、銅輔が偽装したIDカードの出来は完ぺきで、銅輔が穴守家の人間という事もあってOsaka-Secondの中に入ることが許可されてしまうのだった。



 ***  ***


「むむぅ?」


 暖房機能と洗浄機能が完備された素晴らしき便座にちょこんと座りながら、コンは首をかしげていた。


「なにやら、押しとどめる力を感じるの」


 トージがいつもバランスの良い食物を食べさせてくれるので、お通じすっきりばっちりなコンである。

 いつもは数分あれば終わるのだが、今日はなぜか”固い”気がする。


「それに……」


 いつもは離れていても、大好きな主人であるトージとの繋がりを感じられる。

 だが、今はどうだろう。


 きっちりと閉じられた白い個室のドアがわらわとトージの絆を遮断しているような感覚。


「面妖じゃ」


 眼を閉じ、注意深く周囲を探る。


 ぴりり


 神経を逆なでするざわつき。


「これは……!」


 僅かに、力を感じる。


「わらわと同じ、稲荷がおるというのか?」


 思えば、あの環菜とかいう女。

 最初会った時にほのかな違和感を覚えたことを思い出す。

 それは、現界する前に感じたぞわぞわと似ていて……。


「急がねば!」


 自分と同じ稲荷が、契約済みの人間に対して何を企むのか。

 目的は分からないが、トージがピンチな気がする。


 そう考えたコンは、急いで下着を上げるとドアノブに手を掛けるが。


 ばちいっ!


「!!」


 強力な術が、コンが部屋から出ることを拒んだ。



 ***  ***


「おお、こんなところにおあつらえ向きのモンスターがいるじゃないか!」


 基幹エレベータを使い、今日は誰も潜っていない第72階層まで降りてきた銅輔は、目の前に現れたモンスターを見て歓声を上げる。


 ぞぞぞぞ


 出現したのはドッペルゲンガー。

 普段はスライムのような軟体状だが、敵に出会うと相手の姿形を真似るという習性がある。

 HPも豊富で真似た相手のスキルを使う、厄介な上位ランクモンスターだ。


 当然、レベル30にも届かない銅輔に太刀打ちできるモンスターではなかったが……。


「こういう時にこそ、”ムゥの鏡”だな!」


 懐から取り出したのは、怪しげな企業ブースで買った一枚の鏡。

 これは、モンスターの偽装を解除する効果があるという。


「ドッペルゲンガーを狩ったとなれば、父上のボクに対する評価もさらに上がるだろう!!」


 ぽちっ


 鏡の固有効果を発動させる銅輔。

 発動スイッチが裏についている、素晴らしき親切設計だ。


 ぱああああああああっ


 思ったより強い光が、鏡から放たれる。


 ぼうっ


 銅輔の姿を真似ていたドッペルゲンガーが、軟体の姿に戻る。


 ぱああああああああああっ


 なおも光はダンジョン内をまばゆく照らしていく。

 その光の先、一階層下のフロアに、今まさに力を解放しようとせん環裳がいることなど、銅輔に分かるはずなかった。



 ***  ***


「な、なにがおきた!?」


 統二と理沙に対し、最後の一押しをしようとしていた環裳は、突如浴びせかけられた謎の光に狼狽していた。

 よく見るとその光は、天井を貫いて自分を照らしている。


「くっ……今は手が離せないわ」


 たった今術を発動させたばかりであり、その場から動くことが出来ない。


「なっ? 抑えていた力が!」


 ぶわっ


 環裳の腰から、九本の尻尾が現れる。


「しまった!」


 たった今発動させた術。

 それは環裳の制御を超えて暴走し……。


 カッ!!


 まばゆい光と共に、階層中を埋め尽くすのだった。

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