第56話 謎の女性が現れる

「貴方は……久尾 環菜(くお たまな)さん!?」


 訪ねてきた女性探索者の姿を見て、驚きの声を上げる美里さん。


「美里さん、この人を知ってるんですか?」


 美里さんの驚き様から、有名な探索者だと推測される。

 俺はまだまだ業界に疎いので、失礼ながら知らないのだが。


「??」


 ふと隣に座っている萌香の方を見ると、彼女も頭の上に疑問符を浮かべている。


(ん? 萌香も知らないのか?)


 ダンジョン協会外局勤めの萌香も知らないとは。

 海外で主に活動しているのか、こう見えて超ベテランなのか。


 いささか失礼なことを考えていると、興奮した面持ちの美里さんがブースから出てきて女性の隣に立つ。


「私も実際にお会いするのは初めてなんですが……。

 大深度探索をメインにされている探索者さんであまり表に姿を出されないのですが、日本最深度のAsahikawa-Seventhの第123階層を突破されたのはこの方だと考えています!!」


「あら、よくご存じですね」


 にこり、と蠱惑的な笑みを浮かべる環菜さん。


「名前は出しておりませんのに」


「そうなんです!!」


 ダンジョンマニアの美里さん。

 彼女のテンションがどんどんと上がっていく。


「素晴らしい実力をお持ちなのに、ギルドに所属せず企業探索チームの下請けで1日だけヘルプをされたりとか。活動されるのも不定期で、攻略者リストにもめったにお名前が載りませんし……ですが、私はこの数年ひそかに追いかけておりました!」


「ふふふ」


 口に手を当て、上品に笑う環菜さん。

 色素の薄い、光の加減によっては銀色に見える黒髪がさらりと揺れる。


(ん~、なんだ?)


 綺麗な人だとは思うが、微妙な作り物っぽさもある。

 無意識のうちにその正体を探ろうとした俺は……。


(はっ!? 初対面の人をじろじろ見ちゃ失礼だよな!)


 すんでのところで思いとどまった。


「ところで久尾さん、今日はなぜうちのブースに?」


「環菜でいいわよ、美里さん。

 最近世間を賑わす新人探索者と付喪神様……二人にお会いしたくて」


 環菜さんの小さな唇が、三日月の形をとる。


(どきっ!)


 その様子に、思わず胸が高鳴る。

 不思議な感覚に、戸惑う俺なのだった。



 ***  ***


「なるほど、統二さんのダンジョンは十層までしか攻略していないのに、それほどの力を持つのね」


「はは、俺はただ祖父から相続しただけですよ。

 でも、コン……付喪神のおかげでここまで成長しまして」


 にこやかに談笑する統二と環菜。

 それを見守る萌香と理沙は面白くない。


「なんだ統二のヤツ~、ワタシが♡を飛ばしても気づかないくせに」


「そうですよモエさんっ! いくらお客さんとはいえ、愛想良すぎますよねっ!」


 ファンから大量に預けられた菓子の中から、お茶菓子を準備する統二。


「「むむむむむっ!!」」


 むくれる理沙たちの隣で、コンは注意深く環菜を観察していた。


(なんじゃ? たぐいまれな力を持つようじゃが……どこか、匂う?)


 見た目も、感じる地脈の流れも環菜が人間であることを物語っている。

 ただ、ほんのわずかに鼻の奥に感じるこの匂いは?

 はるか遠い昔に感じた、同族の……。


(いやいや、それはあり得ぬ)

(だんじょん付喪神となった稲荷は、わらわしか)


 おらぬはず。

 それがコンを生み出した大いなる神が、鉄郎と交わした盟約の条件だったはず。


(もしかして、わらわは物怨じ(嫉妬)しておるのか?)


 主人が友好的に接しているのに、自分が敵対心を示すのは駄目だ。

 そう思いなおすコンだが、統二と環菜、二人の会話は思わぬ展開を見せる。


「ますます興味が出てきたわ。

 近いうちに貴方のダンジョンに潜らせてくれないかしら?

 その時は、貴方にだけガイドを頼みたいのだけれど……最深部まで」


 すっ


(((あ~~~~~~~~~っ!?!?)))


 さりげなく、統二の右手を握る環菜。

 肝心の統二はまんざらでもない表情を浮かべ……。


「いや~、すみません。

 3か月先まで予約でいっぱいなんです」


 あっけらかんとそう言い放ったのだった。



 どたどたどたっ



 思わずずっこける理沙、萌香、コン。


「や、やっぱりぃ」


「こ、こういう時にヤツの鈍さは」


「ぎょ、僥倖じゃの」


「どうした、みんな?」


 こちらを向いて不思議そうな表情を浮かべる統二。


「……ちっ」


 その瞬間、環菜が僅かに顔をしかめたことに、この場にいる誰も気づかなかった。


「あら残念。

「代わりと言ってはなんだけど……明日のOsaka-Second攻略、この環菜もパーティに加えてもらえませんこと?

 普段ソロで潜っているのだけれど、パーティ戦に興味が出てしまって」


「ま、まぁそれくらいなら」


(((な、なにいいいいいいいいっ!?)))


 驚愕の表情を浮かべる理沙たち。


「なるほど!! わくわくですね!!」


「いやいや美里さん、ちょい趣味悪いですってば」


 ぺしん


 珍しく礼奈が美里にツッコミを入れる。


 様々な思惑をはらみながら、大阪での一日は暮れていくのだった。

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