第54話 俺たちのブースが大人気な件

「むふふ~、完璧なファンサ! 礼奈ちゃん人気者だし!」


「あうう~、疲れたよぉ」


 突如始まった即席サイン会を終え、俺たちが竹駒プロダクションのブースに入ったのは、ダンジョンフェスの開門時間ギリギリだった。


「あ、あいどる探索者というのはこんなに多忙なものなのか……」


 理沙と同じく、サイン攻めにあった萌香は目をぐるぐると回しながらつむじから湯気を立てている。

 クールな美人探索者が見せた可愛い一面に、萌香の人気はとどまることろを知らない。


「ふふふ、ウチ所属のアイドル探索者として出向してもらえるように、協会に働きかけましょうか!!」


「!?!? それは勘弁してください美里さん!」


 ニコニコと笑いながらとんでもないこと言う美里さんだが、俺は知っている。

 美里さんが”提案”として口にしたことは、すでに根回しが済んでいることを。


(配信でうろたえる萌香は面白いからな、楽しみだぜ)


 我ながらひどいことを考える俺。


「わらわとしては、トージが一番人気だったことが満悦じゃな!」


「おいおい、俺というかコンが人気だったんだろ?」


「そう謙遜するでない! そなたとわらわのこらぼれーしょんが、この奇跡を呼んだのじゃ!」


「コンは大げさだな」


 彼女を抱き上げ、もふもふしてやる。

 そう、サインの一番人気は俺とコンのコンビだった。


 どうやら俺とコンの父娘ムーブは幅広い層から支持を受けているらしく……今年のベストファーザー賞にノミネートされてしまったらしい。


「ぐぐぅ……まだ独身なのに! デニムが似合う男賞、とかなら嬉しいものを!」


 それどころかエプロンが似合う男性探索者ランキング1位になってしまった。

 何故!?


「くっ……ワタシたちが仕留める前に世間のマダムたちに人気だなんて、どういうことだ理沙!」


「トージさんらしいというかなんというか、強敵過ぎますよぉ!」


 相変わらず謎の会話を繰り広げる理沙と萌香。

 ……”仕留める”って、もしかして俺、二人に命を狙われてんのか?


「「がくっ」」


 同時にずっこける二人。


「ほらほら、いつまで漫才しとんねん!

 開門の時間やで!!」


 雄二郎の声と同時にチャイムが鳴り、エントランスからたくさんの客が会場内に雪崩れ込んできた。



 2階から5階のブースに出店している団体は百を超える。

 客たちの目当ては5階の特設ステージで歌うユニ子さんだろうし、俺たちはプロダクションのブースでゆっくりさせてもらうか。

 そう考えていた俺の思惑は、あっさりと覆されることになる。



 ***  ***


「井畑ファームの者です。ぜひ倉稲村に農場を開設したいのですが!」

「私は佐竹牧場の経営者です! ぜひウチの牧場をお宅の土地に作りたい! ダンジョンスキルを用いて開墾もできるのでしょうか!?」


「え、ええっと」


 開門してわずか30分ほど。

 竹駒プロダクションのブースにはダンジョン関連企業の営業マンが殺到していた。


「ワシは岩下鉄鋼の者だ! 農場よりもウチの高炉を建てさせてくれんか?

 地脈エネルギーを使った新型高炉を開発したんだが置く場所がなくてな!

 穴守グループは吹っ掛けてくるし!」


「おいおい、高炉なんか設置したら環境負荷が高いだろ! ていうか水はどうするつもりだ! オーナー、ここは弊社の循環型化学プラントを……契約金は50億でどうだ?」

「なにをいうか! ウチの炉は地脈環境基準二類をクリアしておる!」

「ちょっとちょっと、順番を守ってくださいな!」


「ひ、ひええ」


 矢継ぎ早に手渡される名刺の山に、混乱するしかない俺。

 名刺に印刷された会社名には、俺でも知っている大企業が混じっている。


 倉稲盆地は150平方キロメートルほどの広さがあるが、8割近くの土地が未使用である。

 とはいえ、そんな好き勝手に工場とか設置してもいいものだろうか?


「はいはい、お客さんらまずはここに並んでな。整理券はここやで。

 御社の業種と倉稲に設置したい施設と想定使用面積をこいつに入力してくれ。

 いくらコン助ダンジョンの地脈量がヤバいというても、汲み上げすぎは害の元や」


 雄二郎が手を叩きながら、各社の営業マンを一列に整列させる。


「ダンジョン付喪神であるコンちゃんはまだ幼いですし、倉稲のウリは豊かな自然ですから。開発には一定の制限をつけさせていただきます」


「まずは雄二郎さんからお配りする書式に従い申請書を提出ください。

 最終的にはオーナーである統二さんとコンちゃんの審査がありますのであしからず」


「「「ううっ!?」」」


 雄二郎と美里さんの手並みで混乱は収まり、営業マンたちは申請書類を記入し始める。

 順番待ちの連中にはブースを見学してもらうことにした。


「た、助かった……サンキュー雄二郎」


 営業マンの群れから解放された俺はほっと一息つく。


「おう」


「それにしても、倉稲がこんなに人気になるなんて……」


 いくらダンジョンが進化しまくったとはいえ、倉稲村の交通アクセスはいまだ不便でKon-Martに入っているテナントも10店舗に届かない。

 いきなりこんなたくさんの企業から進出を打診されるなんて想定外である。


「なに言うてんねん」


 にやり、と笑う雄二郎。


「最初のユニ子の配信後から、ワイや美里さんのところにはむっちゃ打診来とったで? 懐疑的だった企業連中も、モエちんの監査情報が協会から公開されたらイチコロや。ラチあかんから、今回のフェスで正式な進出申請を受け付けることにしたというわけや」


「な、なるほど」


 いつの間にか俺たちのダンジョンと倉稲村は産業界で話題になっていたらしい。

 ここ数か月、村に籠っていたので実感しにくいが。


「心配せんでも無茶な開発はさせへんし、コン助の負担にならんようにする。

 せやな、ある程度移住も絞りつつ今年度中に人口5000人ってとこか」


「それでもヤバすぎるだろ!?」


 何しろ今年9月末時点人口の150倍以上である。


「ま、こっちはワイらに任せて、モエちんらを手伝ってやり」


「お、おう」


 俺はありがたくその場を離れ、ブースの反対側に移動する。

 竹駒プロダクションに割り当てられたブースは20メートル四方ほどあり、パーティションを境に企業向けと個人向け……というか探索者向けの展示になっている。


 向こうは配信映像を流しているだけだし、少しは休めるだろう……そう考えていた俺は、自分の甘さを痛感することになる。

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