第51話 8年前の邂逅(中編)
「わわっ、理沙おねえちゃん、どこに行くのよ?」
「ん~、ちょっとだけ。
こっちが気になるんだよねっ」
妹の手を引きながら、小走りで通路を走る理沙。
きっかけはジュースを飲んでいた妹の礼奈が、トイレに行きたいと言い出したことだった。
*** ***
鉄郎おじいちゃんとダンジョンの話に熱中するトージおにいちゃん(かっこいい♡)の邪魔をするのは気が引けたし、ここに歩いてくるまでにトイレの看板を見かけていたので、理沙は妹の手を引いて最寄りのトイレに来ていた。
「ふぅ」
入り口に置かれた椅子に座って待つ。
礼奈がトイレから戻ってきたら、すぐにトージたちのもとに戻るつもりだった。
だが。
『……ふふっ、こっちにおいで』
「え? だれ?」
かすかに、自分を呼ぶ声が聞こえた。
「トージおにいちゃん? 鉄郎おじいちゃん?」
携帯電話を持っていない自分に、二人の声が聞こえるはずがない。
行きかう人たちを観察してみるが、反応する人はない。
「うう~ん?」
どうやら、さきほどの声は自分だけに聞こえたみたいだ。
『理沙、貴方が私のもとに来れば……イイモノをあげる』
「ふおっ!? 本当に誰なの?」
今度はよりはっきりと。
頭の中に響き渡るように、女の人の声が聞こえた。
『私はこのダンジョンの精霊。
純粋な心を持つ貴方と、貴方の大切な人に贈り物をしたいの』
「むむぅ」
母さんからは怪しい人には着いて行っちゃ駄目だと教えられている。
……まあ、人口の少ない倉稲村にはそんな人はいないのだが。
(でも、精霊さんか!)
ダンジョンには素敵な神様が宿っていて、選ばれた人に多大な恵みをもたらすと鉄郎おじいちゃんから聞いたことがある。
(わたしの大切な人……トージおにいちゃん!)
小さなころから自分の面倒を見てくれて、お勉強も教えてくれる優しくて素敵なお兄ちゃん。
近所の山で迷ったときに、助けに来てくれたお兄ちゃんのかっこいい姿は理沙の脳裏に焼き付いていた。
(たしか、探索者さんになりたいと言ってたよね)
このでっかいダンジョンの神様に祝福されれば、お兄ちゃんは夢をかなえられるに違いない!
そう考えた理沙は、不思議な声の誘いに乗ることにした。
「ん? どうしたの、理沙おねえちゃん?」
「礼奈ちゃん、こっち!」
「わわわっ!?」
小さな妹の手を引いて走り出す。
*** ***
「ここ、だよね?」
5分ほど走っただろうか。
でっかいビル内のとある場所までやってきた理沙と礼奈。
(B2と書いてあったので、多分2階だ)
「もう! 変なとこまで来ちゃって……まいごになるよ?」
「大丈夫、大丈夫!」
理沙には妙な確信があった。
『そう、そこの角を右に曲がって?』
言われるがまま、少し薄暗い通路の突き当りを右に曲がる。
「ちょっと、理沙おねえちゃん……こわいってば」
いつの間にか、周囲に人影が無くなり、非常灯の赤い光が通路を照らす。
ゴウンゴウンゴウン
「これは……?」
目の前には、理沙の身長をはるかに超える大きな扉。
凄く重そうな金属製の扉は、少しだけ開いている。
『さあ、その中に入るの』
「ごくっ」
頭の中に響く声に導かれるまま、扉に近づく。
扉には、【関係者以外の立ち入りを禁ず】【Tokyo(読めない)】と書いてあるが大丈夫だろうか?
「理沙おねえちゃん! 勝手に入っちゃだめだよ! もどろうよ!」
礼奈は必死に理沙の右手を引っ張るが、理沙の目は光る扉の奥へ釘付けで……。
「礼奈ちゃんはここで待ってて! 動いちゃだめだよ!」
「あっ!?」
ばっ
理沙は礼奈の手を離すと、扉の隙間から中に飛び込んだ。
ゴウウウン
次の瞬間、鈍い音を立てて扉が閉まる。
「ふえええ、理沙おねえちゃん! 助けて! トージにー!!」
礼奈の悲鳴が、あたりに響き渡る。
*** ***
「この声は、礼奈?」
周囲は探索者や出入り業者の人たちでごった返していたが、確かに礼奈の声が聞こえた気がする。
「じーちゃん、こっちだ!」
「うむっ!」
声が聞こえた方向に走っていくと、通路はだんだん下り坂になり、照明も少なくなっていく。
「むっ、そこは!」
じーちゃんが息をのむ声が聞こえた瞬間。
「わあああ、トージにぃ!」
T字路になっている通路の右側から、礼奈が走り出してきた。
「うえええええんっ!」
だきっ
泣き出してしまった礼奈を優しく抱き留めてやる。
「もう、どこに行ったのかと思ったぞ!
って、理沙おねえちゃんは?」
「ううっ、あそこ……」
「!?」
礼奈が指さす先に、巨大な扉がある。
その扉の中央には真っ赤な文字で警告文が書かれていた。
【Tokyo-First 基幹エレベーター入り口】
【関係者以外の立ち入りを禁ず】
「この中に、理沙が?」
「な、なんとっ!?」
俺の背後でじーちゃんが驚きの声を上げた。
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