第49話 ダンジョンフェスへ出発

「出発、しんこ~!!」


「ちょっと待ってよ理沙ねぇ! まだ持っていく服が決まらないんだってば!」


 ばたばたばた


 黒いベロアのパーカーにもこもこブーツとちょっと時代が新しくなったファッションに身を包んだ礼奈が巨大なスーツケースを引き摺りながら叫ぶ。

 上手くチャックが閉まっていないらしく、コートの端がスーツケースからはみ出ている。


「ふふっ、礼奈ちゃんのコーデはちょい時代遅れなんだからどれでも一緒だよ!」


「なにおう!!

 そのパーカー、あたしセレクトでしょ!」


 礼奈と色違いのパーカーを羽織り、黒いレギンスとバスケットシューズという相変わらずスポーティなコーディネートに身を包んだ理沙がバックパックを背負って跳ねるように歩く。


「ほらほら、急がないと列車が出ちまうぞ?」


「にはは! 天下の台所大坂か!

 楽しみじゃのう!!」


 もこもこニットで全身を包んだコンは俺の肩の上でご機嫌だ。


 ブロロロロ


 Kon-Martの広大な駐車場の一角に作られた仮設の倉稲駅。


 そこには3両編成のディーゼル列車が停まっている。

 一番後ろの1両は貨物車なので途中で切り離しされる予定だが、残りの2両は新大阪駅まで直通する。


 俺たちのダンジョンを訪問する探索者の増加に伴い、週三便運航される予定の特急列車のお披露目を兼ね、コイツで大阪に向かうのだ。


「最近の陸蒸気は進んでおるのう!」


 キラキラとした目で、列車を見つめるコン。


「まあ、30年落ち中古車の改造らしいけど」


 倉稲につながる鉄道路線……仮称倉稲支線は電化されていないので、ディーゼルカーが走る予定だ。


 普通列車は当面一日5往復の運行だが、学校や会社の時間に合わせて運転してもらえる。

 山高市内まで20分程度なので、バス路線と合わせて通学・通勤も楽になるのだ。

(俺が学生の頃はトラクターバスで片道3時間以上かかり、通うのは困難だった)


「どんどん倉稲が都会になっていきますねっ!!」


「だな!」


 理沙と一緒に、車内に入る。


「「おお~っ」」


 車両は中古でも、内装は豪華だ。

 シートは最新式のリクライニングシートに交換され、内壁には倉稲山から切り出されたヒノキが使われ、落ち着いた雰囲気を醸し出している。


 ぽふっ


「うわっ、ふかふか~♪」


 座り心地の良い座席に身を沈め、上機嫌の理沙。


「あ、そうだ!

 コンちゃんの可愛いブロマイドとかぬいぐるみとかたくさん置いて、コンセプト列車にするのはどうですかねっ!」


「…………アリだな!」


「にはっ?」


 コンの可愛さは全人類が認識すべきだからな、そういう広報戦略も重要だろう。


「それもいいけど、ちょっと可愛すぎない?

 ここは礼奈ちゃんプロデュースの、『ナタデココ食べ放題! ジュ〇アナ朝まで踊りつくせ列車』は?」


「却下♪」


「なんでぇ!?」


 いつも通りじゃれあう二人……特に理沙は先日のダンジョン探索で大きくレベルアップし、20歳未満のジュニアクラス探索者で上位にランクされている。


「フェス最終日にはOsaka-Secondの共同探索もあるからな、期待してるぜ!」


「はいっ!!」


「う~、理沙ねぇにレベルで差をつけられた……あたしも頑張るんだから!」


『特急列車、倉稲トレージャーハンター号、ただいま発車します』


 案内音声が流れ、特急列車は倉稲駅を出発する。


 ゴオッ


 すぐに倉稲山を貫くトンネルに入る。

 目指すはフェスの会場がある、大都会大阪である。



 ***  ***


「うっわ~、都会! イケてる! ブクロにザギン!」


「いやだから、大阪だって」


 新大阪駅で東京から戻ってきた萌香と合流後、俺たちは普通列車と地下鉄を乗り継いでフェスの会場となる日本橋の大型商業ビルへ向かっていた。


「ううっ、空が狭いぃ……人が多いぃ」


 はしゃぐ礼奈とは対照的に、俺の背中に隠れる理沙。

 人見知りなゴールデンレトリーバーみたいで可愛い。


「理沙は都会が苦手だっけ?

 そういや、”修学旅行”のときもそうだったな」


「ううっ、あの時迷子になったのがトラウマなんですっ!」


「……修学旅行?」


 俺の隣を歩いていた萌香が首をかしげる。


 落ち着いたベージュのダッフルコートに身を包み、白のニットキャップに同色のブーツを合わせている萌香。

 こう見ると女子大生みたいだよな、コイツ。


「ああ、俺が探索者養成校に入る前だから8年前か。

 じーちゃんの計らいで、俺たち倉稲学園全校生徒4名は東京に修学旅行に行ったんだ」


「ほう」


「東京見物に舞浜テーマパーク……あとTokyo-Firstにも行ったっけか!」


「定番コースだな」


 じーちゃんとこに預けられる前は東京に住んでいた俺にとっては特に珍しいものではなかったが、理沙と三奈、礼奈は興味津々だった。


「う~、あたしはまだ小学1年生だったから、あんましよく覚えてないのよね。

 ねぇトージにぃ! また修学旅行に連れてってよ! 今度はトーキョーのハイブランドを制覇するんだから!」


「お、おう」


 礼奈のお小遣いじゃハイブランドは買えないと思うが、ダンジョン探索や宿泊施設の手伝いで頑張ってくれているからな。

 そういうご褒美をやってもいいかもしれない。


「ううっ、わたしも都会に慣れないとですかね!

 今は大きくなったしTokyo-Firstでも迷わないでしょうからっ!」


「……方向音痴は相変わらずじゃない?」


「なにおう!」


「”修学旅行”か……」


 理沙やじーちゃんたちとの楽しい思い出。

 ちょっとした(?)トラブルもあったっけ。


 澄み切った冬の空を見上げる。

 探索者への思いを強くした、思い出。

 ちょうどこのくらいの季節だったかな、俺は過去に思いをはせるのだった。



 ***  ***


 同時刻、にぎわう商店街に立地する何の変哲もない雑居ビルの5階から、一人の女が通りを見下ろしていた。


「…………」


 床まで届きそうな、見事な銀髪。

 九重の尻尾は、目立たぬよう隠している。


「なるほど……」


 環裳の目的は、稲荷であるコンと穴守統二の姿を自分の目で確かめることだった。


「まさか、あの小娘までいるとはね」


 だが、そこで思わぬ人物の姿を目撃する。


「これも、縁か……」


 穴守鉄郎との邂逅。

 彼女の時間感覚ではついこの間だ。


「…………ちっ」


 今思い出しても腹が立つ。

 とりあえず、穴守統二に接触してみたい。

 鉄郎の血族ならば、地脈の流れも同じはずだ。

 8周期前の出来事を思い出し、そっと目を閉じる環裳なのだった。

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