第48話 15年前の事件のことを調べよう(萌香サイド)

「やれやれ、怒涛の日々だった……」


 久々に東京のダンジョン協会本部に戻ってきた萌香。

 フェスの開催を1週間後に控え、残務整理をしておきたいと統二に申し出たのだ。


「むふふ」


 数日間統二に会えないのは寂しいが、この帰京にはいくつかの目的がある。


「まずはだな」


 ダンジョン協会倉稲支部の拡充に伴い、住民票を倉稲に移すことになった。

 都内にマンションを購入していた萌香だが、それを引き払うのだ。


「統二の……お隣さん!!」


 思わず顔がにやけてしまう。

 コンの協力で、統二の屋敷の隣に家を建てることに成功した。


 作りすぎた料理をおすそ分けしたり、お互いの家でホームパーティをしたり。


「そ、そのうち一緒に住むようになったりして……う、鼻血が」


 ”緑眼の氷乙女”の異名からは想像できないほど表情を緩ませる萌香。


「念願の窓越しトークが出来なかったのは残念だが」


 何しろ穴守家の屋敷は広い。

 いくら隣とはいえ彼の部屋までの距離は50m以上あった。


『モエちん委員長、アホなんか?』


 呆然と頭を抱える萌香に、余計な一言を言った雄二郎が成敗されたのは言うまでもない。


「それと……」


 どちらかというと、こちらがメインの用事かもしれない。


「統二に憑いたダンジョン付喪神のコン」


 ダンジョンを司る現界神。

 上位ランクダンジョンの象徴の一つだが、あそこまで主人に懐くのも珍しい。


「稲荷の神で、まだ幼い」


 本人も自分の生い立ちの事はよく覚えていないようだ。

 ”むずむず”などの突発的な体調不良の事も気になる。


 それに。


「ワタシの……ワタシたちの娘になるのだからな!!」


 どう見ても私利私欲が勝っているが、萌香はいたって真面目である。

 これから数日掛けて書庫にこもり、協会に集積された膨大な資料を漁るのだ。

 書庫の奥には電子化されていない古文書も多い。


「それに、統二の両親が巻き込まれた”事故”も気になるな」


 東京への移動中にネットでも調べてみたが、ほとんど情報を見つけることが出来なかった。

 それどころか、隠蔽された痕跡をいくつか嗅ぎ取った萌香。


「書庫になら、もう少し詳しい情報があるだろうか」


 萌香はそう独りごちると、地下の書庫へと向かうのだった。



 ***  ***


「うう~ん、ろくな情報がないな」


 ダンジョン関係の情報を集めたデジタルライブラリ。

 まずは統二の両親のことを調べようと、PCを操作していた萌香だが、早速行き詰ってしまった。


「統二の父上は鉄郎殿の長男か」


 世界最高クラスの探索者であった鉄郎の長男として、大いに期待されて誕生したらしい。


「だが、探索者適正は現れず、ダンジョン研究者としての道を歩む……か」


 適性は持たなかったが、研究者としては超優秀で、区分けがあいまいだったダンジョンスキルの体系を整備したのも彼が所属していた研究チームだったらしい。


「母上は……情報が少ないな」


 奈良の出身で、古代から続く神社の娘。

 表立って大きな功績は記録されていないが、モンスターの生態や日本古来の”神”がどうダンジョンと結びついていったのか、というテーマでいくつかの論文が見つかった。


「コンが、統二にあれほど懐いているのはもしかして」


 高天原や吉野といった神話の地。

 そこで生まれ育った母上の血を引く統二は、憑神と呼ばれるコンとの相性が特にいいのかもしれない。


「なるほどな」


 そんな統二の両親の命を奪った15年前の事故。


「……くそ、ダメか」


 関東地方に新たに出現した特殊なCランクダンジョン探索中、

 地脈の異常で出現した高ランクモンスターに襲撃され行方不明。

 3か月後に死亡が認定される。


 結局、このくらいの情報しか分からなかった。


「護衛予定だったベテラン探索者が直前のケガで交代しているが……」


 15年前と言えば、Tokyo-Firstの深層探索が盛んな時期である。

 そういうケースも珍しくはなかったとは聞く。


「関係者に話を聞いてみるか?」


 記録によると、3人組の護衛のうち異常を知らせに地上に戻ってきた一人が生き残ったらしい。


 その後の消息は不明だが、協会を通せばわかるかもしれない。


「話をしてくれるかは分からんがな」


 地脈の異常とはいえ、依頼人と仲間を喪ったのだ。

 現役を引退していてもおかしくはない。


「さて、いささか疲れたな」


 昼過ぎからぶっ続けで数時間資料を漁っていたのだ。

 大きく伸びをする萌香。


「少し休憩するか」


 協会本部内に出店しているコンビニでシュークリームと紅茶を買い、休憩室に向かう萌香。


「そうだな、土産を買っていこう」


 可愛い戦友と、愛らしい付喪神様に東京スイーツを食べさせてやるか。

 明日以降の予定を考えながら、休憩室のソファーに座る。


 そういえばこの数日、忙しくてネットをまともに見ていなかった。

 スマホのブラウザを立ち上げる。


「……ん?」


 ダンジョン関係のニュースにスポーツニュース。

 記事を流し読みしていた萌香だが、すぐにある違和感に気付く。


「こんなニュースあったか?」


 中堅ダンジョン関連企業の倒産を伝えるニュースに、地方のダンジョンで発生した落盤事故。


 記事の日付は10日前になっている。

 倉稲村で現地採用職員の新人研修をしていた頃だ。


「ネットニュースは毎日確認していたのだが……」


 現に、同じ日に報じられたスポーツニュース(萌香が好きなチームが優勝したという記事だ)には見覚えがある。

 自分がダンジョン関係のニュースを見逃すとは考えにくいが……。


「ううん、疲れているのか?」


 統二のニブニブっぷりに翻弄されて感情が乱高下しているのは事実である。


「帰りにどこか温泉に寄っていこう……」


 思わずそうつぶやく萌香なのだった。

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