第43話 萌香と統二の出会い

「ど、どこまで話したのだったかな」


 コンが席についたことを確認し、紅茶を口に運ぶ萌香。


「入学式の後、オリエンテーションのとこまでですねっ!」


「うむ。

 理沙、少し繰り返しになるが容赦してくれ」


 コンがやってきたからだろう。

 萌香は最初から話を始める。


「ワタシの祖父は優秀な探索者でな、統二の祖父である鉄郎殿とパーティを組んだこともあるのだ」


「!! やはりおぬしと鉄郎の間には関係があったのじゃな!

 どこか懐かしい匂いを感じると思えば!」


「まあ、幼少時にちらりとお姿を拝見したことがあるだけだが」


「むふぅ、やはりこれが縁というものか……!」


 ぶんぶんと三本の尻尾を振って嬉しそうなコン。


「15歳の時に探索者適正が発現したワタシは、祖父の期待を背負って探索者養成校に入学した。両親は適性を得られなかったからな……あの時のワタシは今考えても入れ込みすぎていた」


 苦笑を浮かべる萌香。

 まさに、抜身の剣のような居住まいだったと自省する。


「さっきの配信ではあんなにかわいかったのにね~」


「うむ! わらわも心ときめいたぞ!

 これが”えもい”という感情じゃな……礼奈から教わったぞ!」


「”いとおかし”、だねっ!」


「そ、それは忘れてくれ!

 ……ともかく、ワタシはクラス分けを兼ねたオリエンテーションに挑んだのだ」



 ***  ***


 7年前、四月某日。


「くそっ、しくじった!」


 オリエンテーションの会場であるダンジョン内で、萌香は追い詰められていた。


 オリエンテーションでの成績が、その後の養成校生活を左右する。


 その話を聞いていた萌香は、パーティも組まずに単騎で突撃する。

 祖父譲りの探索者適正を見せてやる!


 自信満々に挑んだ萌香のプライドは、すぐに粉々に打ち砕かれることになる。


 先行したのがいけなかったのか、スライムの群れに囲まれてしまう。

 祖父に稽古をつけてもらった自慢の剣術も、軟体モンスターには殆ど通じず……。


「このままでは、戦闘不能になってしまう」


 行き止まりの小部屋で、萌香は孤立していた。

 支給された”護符”のおかげで、身体的ダメージはない。


 だが、HPが0になった時点で即座に教官によって回収され、その時点のスコアがクラス分けの成績となる。


「ワタシとあろうものが、こんなスコアでは……!」


 現在の萌香のスコアはわずか15。

 この成績では上位クラスへの配属は望めないのではないか。


 ……実は、このオリエンテーションは学生に現実を教えるための物である。

 以前より数は増えたとはいえ、探索者適正の発現は”特別”であり、身体能力の向上も相まって学生たちはすぐにでも探索者になれると思って入学してくるのだ。


 そのため、オリエンテーションの成績自体はさほど重要ではない……まだ16才であり、祖父の期待を一心に背負って入学してきた萌香には思いもよらぬことであったが。


「くっ、何とかこの部屋を脱出して……」


 部屋の外にはまだ5体を超えるスライムがうごめいている。

 何としてでも包囲網を突破し、ダンジョンの奥へ行きたかった。


「よ、アンタも新入生だろ? こんなところでどうした?」


「……え?」


 一人の男が小部屋に入ってきたのは、そんなタイミングだった。



 ***  ***


「お、お前は?」


 いまだ小学生に間違えられる自分とは違い、180㎝近い長身。

 高校から編入した自分とは違い、卒業後に入学してきたのだろう。


「俺は、穴守 統二。

 ド田舎から意気揚々と出てきたんだけど、やっぱ探索者の世界はヤバいな」


「あ、穴守?」


 珍しい苗字だ。

 祖父の知り合いで、伝説的探索者である穴守鉄郎殿には確か孫がいて、自分と近い年齢だったような。


「ああ、鉄郎は俺のじーちゃんだ。

 俺はあそこまでの適正はないけどね」


 あっさりと鉄郎の孫であることを認めた統二。

 その表情には、気負ったようなところは見受けられない。


(なぜ、この男はこんなに飄々としているのだ?)


 自分は、偉大な祖父の名を汚さぬよう覚悟を決めているというのに。


「ま、ウチの跡取りは叔父さんがいるからな。

 せっかく適性が発現したから……ま、ダメ元ってやつ?」


「っっっっ!?」


 おどけたような統二の態度に、思わず頭に血が上る。


「……なーんて、俺も親父の夢を背負っちゃってるからな」


 もう少し真剣に取り組んだらどうだ!?

 そう叫びかけようとした途端、真面目な表情になる統二。


「このオリエンテーション、入学したての学生にやらせるにしては、レベルが高いぜ? 多分、俺たちの自信をぶっ壊すのが目的じゃないかな~」


「!!」


 冷や水を浴びせられたようにハッとする。

 確かに、祖父の運営する剣術道場でも似たようなことを言われたのを思い出す。


 ならば、ワタシのすべきことは……。

 この統二とパーティを組み、この窮地を脱出することではないのか。


 そう思いなおしたとき、一つの違和感に思い当たる。


「というか、お前!

 どうやってこの部屋に入ってきた!

 部屋前の通路にはたくさんのスライムが……!」


「ああ、連中の動きを観察してたら、中にアンタがいることが分かったからな。

 隙を突いて入ってきた」


「隙を突いてって……」


 スライムは感覚器官が発達しており、見つからずに行動するなど至難の業だ。

 それが5体以上ともなると、にわかには信じられない。


「ま、ちょっとだけだよ」


 それに、この統二は部屋に自分がいることを検知したという。


「ワタシの名前は、大宮 萌香・ヘンダーソン。

 こ、これも何かの縁だから……パーティを組まないか?」


「おうっ!」


(!?!?)


 ダンジョンの灯りに照らされた統二の笑顔に、不覚にもときめいてしまった萌香なのだった。



 ***  ***


「なるほどなるほど~。

 トージさんお得意の、無自覚イケメンムーブですねっ!」


 話し終えた萌香は、真っ赤になっていた。

 統二と協力してオリエンテーションで高スコアを獲得した萌香は、上位クラスの委員長に選ばれたらしい。


「よ、よくある事なのか?」


「それはもうっ!」


 思わずこぶしを握り、椅子から立ち上がる理沙。


「幼なじみが言うと説得力があるな……」


「トージさん、わたしが困ってるときはいつも助けてくれるんですけど。

 お礼をしようとしても、当たり前のことをしたんだからって誤魔化すんですよね。

 それに勇気を出して告白しても、いつも話を聞いてないしっ!」


「そ、そうなのだ理沙!

 いつもあいつは肝心な話を聞いていないのだ!!」


「にはは?」


 意気投合した二人を興味深げに見るコン。

 確かにトージのにぶにぶは天下一品である。


(何かあるのじゃろうか?)


 そういえば、鉄郎も鈍かった。

 遺伝なのかもしれない。


 思わず考え込むコンだが、その間も二人の女子トークは止まらない。


「それなのに、本格的な授業が始まればあいつはポカばかり。

 いつのまか、成績も下がっていたのだ。

 今思えば、銅輔のヤツが妨害工作をしていたのだろうが」


「あれほど探索者を目指していた男が、どうしたのだろうとずっと思っていてな。

 ワ、ワタシは口下手ゆえ聞きづらく……」


「あ、それならですねっ」


 色々素敵な話を聞かせてもらえたのだ。

 今度は自分の番である。


「わくわく☆」


 更に興味津々なコン。

 自分のあずかり知らぬところで、少女たちによる大暴露大会が繰り広げられているとは、夢にも思わない統二なのだった。

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