第40話 銅輔・叔父サイド

「くそがっ!」


 バンッ!


 高級ホテルの一室に入った途端、着ていた赤いスーツを床にたたきつける銅輔。

 テーブルの上には、海外から取り寄せたブランドワインが最高級チーズと共に置いてある。


「なんで、こんなことにっ!」


 忌々しい従兄弟である統二の探索者人生にとどめを刺し、萌香を手に入れた自分はこのワインで乾杯するはずだった。

 隣には、完璧にベッドメイクされたダブルベッド。


 どさっ


 力なくソファーに座り込むと、乱暴にワインの栓を開けグラスに注ぎこむ。


「ボクの萌香が、あんな奴に!!」


 ボクのも何も、彼女は一度たりとも銅輔になびいたことなどないのだが、ほぼ勝利を確信していただけに銅輔の落胆は大きかった。


 ぐいっ


 真っ赤なワインを一気にあおるが、まったく酔える気がしない。


「憑神がいて、Sランクを大きく上回るダンジョン……」


 おまけに、Sレアスライムを召喚可能で更なる発展を見込める。


「くそっ!」


 探索者として、よだれが出そうなほど魅力的なダンジョンだ。

 それに、豊富な赤スキル、青スキルも有する。


「資産価値は数百億……いや、数千億はあるな」


 ぴっ


 その時、萌香から監査の最終報告書がメールされてきた。

 真面目な彼女らしく、カチッとした文章で見やすくまとめられている。


「統二の奴め……!」


 一見すると、お堅い報告書。

 だが、そこかしこで統二を持ち上げる記述が目立つ。


『以上の事から、該当ダンジョンに特段の問題は存在しないという結論とした。

 穴守統二♡氏の地域振興に向けた意欲は本物であり、ワタシ大宮を主担当として協会からの全面バックアップ♡を提案するものである』


「なんだこのハートマークは!!」


 結びの部分など、私情が入りまくりじゃないか!!


 寝取られた……ボクの萌香を……あんな養成校底辺な男に!!


 寝取られたも何も、萌香が銅輔と付き合っていた事実などないのだが、彼の脳内では存在しない事実が組み上げられていた。


 統二を破滅させることにも失敗し、将来のフィアンセも寝取られた。

 穴守家の次期当主として、このような大失態を表に出すわけにはいかない。


「ふ、ふふふ」


 萌香が送ってきた報告書を開き、内容を変更しだす銅輔。


 まずダンジョンの数値(ステータス)を低くする。

 報告書の内容と矛盾しないように、慎重に。


「こんなもの、ボクにかかれば」


 ダンジョンの記録映像にも手を加える。

 憑神のガキをもっと小さくみすぼらしく。

 ネット上の素材や生成AIを駆使し、実写と見分けのつかないフェイク動画を作成していく。


 この男、たぐいまれな動画編集技術と文章作成技術を持つのだ。


(養成校の成績をごまかし、会社の業績を粉飾しまくってきたボクに不可能はない!!)


 ダンジョン協会のデータベースにもハッキングを仕掛け、統二のダンジョンデータを改竄する。

 データ自体には手を加えず、穴守グループのネットワークから閲覧した時だけデータが低く見えるように細工する。


「か、完璧だ!!」


 これで、父上は統二のヤツを過大評価することはないだろう!


 銅輔が依頼されたのは統二を破滅させることでも萌香を手に入れることでもなく、

 統二のダンジョンの正確な調査である。


 そのことをすっかり忘れている銅輔は、報告書の改竄に没頭するのだった。



 ***  ***


「ふむ、なるほど……」


 数日後、銅輔から届いた報告書を執務室で熟読する篤。


 資料は数百ページにも及び、要所で分かりやすくデータが添付され、動画も添付されている。

 あのバカ息子、肝心の探索成績は出さないくせに報告書をまとめることだけは得意なのだ。


「ダンジョン協会外局の電子印と大宮萌香のサインも入っているし、正式な監査報告書で間違いないな」


 精密な銅輔の偽装を見抜けない篤。


「豊富なダンジョンスキルを有してはいるが、地脈量は期待したほどではなく憑神の潜在能力を考えてもこれ以上の向上は考えにくい、か」


 添付されている動画ファイルを再生する。


「ふむ」


 映っている憑神の体躯は小さく、ダンジョン内部も装飾に凝るばかりで突出したエネルギーは感じ取れない。


「やはり部下の過大報告だったか。

 それにしても、統二のヤツ……憑神の使い方を知らないようだな」


 小さな憑神は、精神性も幼い。

 見た目重視のこけおどしダンジョンが生成されている可能性が高かった。


「せっかくのチャンスをふいにしたなぁ、統二ィ」


 思わず失笑する。

 総合的に判断すれば、件のダンジョンのランクはA+がせいぜいだ。


 物珍しさから、配信の素材としてや探索者どもの狩場としてなら人気になるだろうがあくまでそこまでだ。


「オレの脅威にはなりえない、か」


 日本の、世界の経済を背後から動かす圧倒的な資源コイン産出力。

 素材出力に特化した赤スキル。

 派手さはないが、篤が所有するTokyo-Firstこそが世界最高価値のダンジョンと専門家から評価されるゆえんだ。


 そして……


 かちゃり


 執務室につながる私室の扉を開け、一人の女が篤のもとにやってきた。


「環裳(たまも)か」


 170㎝を超える長身に均整の取れたプロポーション。

 彫刻のように整い、妖艶さを纏った蠱惑的な美貌。


 ふぁさっ


 彼女を決定的に特徴づけているのは床に届くほど豊かな銀髪と、怪しく広がる九重(ここのえ)の尻尾。


「ふふっ、甥っ子のダンジョンはどうだったの?」


 ほのかに色気を含んだ、涼やかな声が篤の耳をくすぐる。

 ああ、最高だ。


「物珍しくはあったが、君には遠く及ばないな」


 白磁のような女の頬をそっと撫でる。


「ふふっ、お上手だこと」


 彼女こそ、8年前に現界したTokyo-Firstの憑神。

 篤に取り憑き、彼の躍進を支えてきた女神。

 存在は公(おおやけ)にしていないが、篤は彼女に身も心も心酔していた。


「じゃあ、今夜もしてくださる?」


「おおっ、もちろんだ」


 環裳は篤の肩を抱くと私室にいざなう。


(まだ幼いとはいえ、稲荷か……)


 刹那、鋭い視線を再生しっぱなしになっていた動画に投げる環裳。

 地脈の本流から生まれし環裳。

 大いなる野望をかなえるため、不本意ながらこの醜男と契約を結んだのだ。


(やはり、倉稲……気にしておく必要がありそうね)


 穴守鉄郎の生まれ出づる地。

 己のダンジョンで、邂逅した時のことを思い出す。


(今思い返しても、口惜しい)


 鉄郎は、己の誘惑を……。


(稲荷に、穴守統二……覚えておきましょう)


 環裳は頭の片隅に、稲荷(コン)と統二の姿をはっきりと刻み付けるのだった。

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