第34話 ほろ苦き卒業考査(後編)

「な、なんだ!?」


 突如響き渡った、モンスターの遠吠え。


 ドガアッ!


 正面の石壁が、轟音とともに吹き飛んだ。


 グルルルル……


「なっ!?」


 現れたのは、この階層のボスモンスターであるトロールなどではなかった。


「馬鹿な!? グラントロール!?」


 萌香の上げた叫びは、もはや悲鳴に近い。

 今回潜っているDランクダンジョンでは出現するはずのない上位モンスター。


「学生にこんなモンスターの相手をさせるとは!

 教官陣は何を考えている!?」


(いや)


 直前に感じた地脈の揺らぎ。

 コイツの出現は、明らかなイレギュラー。

 おそらく、仕掛けたのは……。


「!! 萌香、来るぞっ!」


 考える暇もなく、グラントロールが攻撃モーションに入った。


「くっ!?」


 ブオンッ!


 俺の警告が功を奏したか、ギリギリでグラントロールの棍棒をかわす萌香。


「まずいな……」


 いくら護符を装備しているとはいえ、俺たちのレベルでは一撃で戦闘不能にされるだろう。

 その先に待つのは……死だ。


「萌香、卒業考査は中止だ!

 緊急脱出しよう!」


「!? それではお前の……!」


 グオオオオオンッ!


 咆哮を上げ、飛び掛かってくるグラントロール。

 俺たちがこの窮地を切り抜けられるか、まだ分からなかった。



 ***  ***


「ふ、ふふふふふ……ボクを馬鹿にするからこうなるのだ」


 言葉とは裏腹に、びっしりと冷や汗をかいている銅輔。

 生意気な統二にお灸をすえてやるだけのつもりだった。


 だが、グループ企業の営業担当者が爆速で持ってきた試作中の地脈操作機の効果は劇的で。


(こ、これは少しやりすぎたか?)


 銅輔が持っているタブレットに映し出されている映像。

 統二達の前に立ちはだかっているのは、グラントロール。

 養成校の生徒レベルで太刀打ちできるモンスターではない。


「は、早く離脱しろ! 何をしているんだ!」


 このままでは、ボクの萌香さんが!


 焦る銅輔は、養成校のスタッフが異常事態の発生を受けて調査に動き出していることに気付かないのだった。



 ***  ***


「萌香、左からくるぞ!

 棍棒の二連撃!」


「くうっ!?」


 ブンッ

 ブオンッ!


 俺の指示に従い、バックステップを踏んだことでグラントロールの一撃をかわす萌香。

 今のところ、致命的な一撃はくらっていないが……時間の問題だろう。


 俺の”視野”にも限界はある。

 どうしても集中力が切れてくるのだ。


「萌香! 脱出アイテムを使うんだ! 早く!」


 非常時の脱出アイテムを所持しているのはパーティリーダーの萌香だ。


「だ、だが!

 ここで緊急脱出してしまえば、お前の成績が!」


 卒業考査は、探索完了時のスコアで評価される。

 現時点での評定スコアはC。

 このままだと俺の総合成績は最下層レベル。

 探索者としての就職は厳しいだろう。


「馬鹿! 俺の成績なんてどうでもいい!

 自分の身の安全だけを考えろ!」


「し、しかしっ!」


 卒業考査でSスコアを取ったとしても、中の下な俺に対し、萌香は堂々の首席だ。

 だが、ここで大けがをしてしまえば彼女のキャリアもどうなるか分からない。


「……せやな、普通のリーマンとして生きるのも一つの選択やな」


「おう、会社作ったら雇ってくれよ?」


「考えとくわ」


「お、お前たち……!」


 俺と雄二郎の会話を聞いて、すでに諦めていると悟ったのだろう。


「ま、まだだ!

 この異常事態は教官陣も把握しているはず!

 グラントロールが退治されてから探索を再開すれば……!」


 俺の胸に縋り付いてくる萌香。


「大丈夫、萌香の無事が一番大事だよ」


「あっ」


 彼女の冒険着のポーチから、脱出用アイテムを取り出し発動させる。


「この、ばかあっ!」


 キイイイイイイインッ!


 俺たち3人は、脱出用アイテムの光に包まれ、ダンジョンの外に転移した。



 ***  ***


「そんなことがあったっけ」


 辛くもダンジョンの外に脱出した俺たち。

 卒業考査は中止となり、俺たちの評定はCスコアで確定。

 不正行為を行った者がいるという事で捜査の手が学校中に回ったが、1週間ほどでなぜか鎮静化した。


「そう! あの時お前が余計なことをしたおかげで、ボクも事情聴取されて大変だったのだ!

 父上にもみ消してもらったが……輝かしいボクのキャリアに傷がついた!」


「もみ消してもらったって……悪事を自白すんなや」


「もう時効である!!」


「さ、さよか」


 あの時、グラントロールをけしかけてきたのは明らかに銅輔だ。

 事実、卒業式の直後。

 式に出席していた篤さんに呼び出され、恫喝された。


『卒業考査時のダンジョンログを破棄しろ。

 調査はまだ継続中らしいが、聞かれても何も答えるなよ? 分かっているな!』


 日本最大のダンジョン関連企業である穴守グループのCEOに睨まれる。

 つまり、その時点で俺の探索者としてのキャリアは閉ざされたも同然だった。


『統二!! お前は何も悪くないのに、なぜ!!』


『ま、色々あるんだよ。協会本部でもがんばれよ、萌香』


 探索者養成校の校門前で萌香と別れ、俺は一般企業に就職したのだ。


「いやぁ、懐かしいな!」


 ぽんっ


 養成校時代の思い出がよみがえってきて、思わず気安く萌香の肩をたたいてしまう。


「…………」


(う”っ!?)


 彼女の雰囲気が怖い。

 全身から殺気が漲っている。


(統二が悪事に手を染めるはずがない……あの時ワタシの事を思って助けてくれたじゃないか♡

 なんとしても、彼の無実を証明して見せる♡)


 ズゴゴゴゴゴ


「そ、そろそろダンジョンに行くか」


「にはは、いとおかし……なのじゃ!」


「いやぁ、(キャラが)濃いわね」


「ふおお、萌香さん……(いろんな意味で)強すぎるよぉ」


 様々な思惑を抱きながら、俺たちは屋敷内のダンジョンに向かうのだった。

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