第33話 ほろ苦き卒業考査(中編)

(ちっ、忌々しい奴め!)


 表面上は馬鹿笑いを続けながら、銅輔は内心苛立っていた。


 穴守家一族の中で、現役の探索者は少ない。

 自分は鉄郎の孫世代では数少ない適正持ちであり、父上の多大ないる期待を受けている。


 それなのに、父上がド田舎に飛ばした長兄の息子が侮れない探索者適正を示すとは!


 父上は所詮適性皆無な義兄の息子、気にするほどのことはないと言っていたが、間近で接してきた自分にはわかる。


 コイツの適正はヤバい。


 特に、戦闘中の”視野”については恐ろしいほどだ。


(幸い、才能の価値には気づいていないようだからな)


 自分の手下を使ったり、教官に賄賂を握らせたりして定期考査で統二が失敗するよう工作を続けてきた。

 その甲斐あって、卒業ぎりぎりのド底辺に追い込むことができたのだが。


(よりによって、卒業考査で萌香さんとパーティを組むとは!)


 成績上位者と下位者を組ませる……養成校の運営母体であるダンジョン協会の方針変更をキャッチするのが遅れ、気が付いた時には班分けが終わっていた。


(細工できなかったじゃないか!)


 しかも、萌香が統二の荷物を準備してくるとは計算外である。


(更にだ)


 卒業考査の舞台は学外のダンジョンであり、マッピング情報の改竄も難しい。


(なにより、許しがたいのは)


 ボクの萌香に馴れ馴れしくしやがって!


 彼女に首席の座を奪われるのは仕方がない。

 ここ十年で一番の探索者適正を示し、座学と実技の成績も抜群。

 卒業前にダンジョン協会本部からのスカウトが舞い込んでいるほどだ。


(父上がボクを次席にさえしてくれれば)


 彼女の夫にふさわしいのは穴守グループの将来を担うボクだ!


「学校には言っておくから、ボクのパーティに来ると良い。

 これで君は首席間違いなしさ」


 できる限りの恰好をつけ、萌香に向けて右手を伸ばす。

 渡りに船な提案であるはずだ。


 さあ、ボクの手を取り給え!


「断る」


「……は?」


 まさかきっぱりと断られるとは思っていなかったのだろう。

 ぽかんと間抜けなツラを晒す銅輔。


「考査のルールに従い、統二達と組むことになったのだ。

 それをいまさら曲げることは、ワタシの主義に反する」


「だ、だが」


 なおも食い下がろうとする銅輔。


「そ、それにワタシとしては……統二と組むこと、やぶさかではない♡」


「!!!!」


 クールな彼女の表情から垣間見える、確固たる愛慕の情。


「提案自体には感謝する。

 では、お先に失礼」


 それだけ言うと、萌香は銅輔に背を向け考査用ダンジョンに向かってしまった。


「よ~し、頼りにしてるぜモエちん!」


「だから、その名で呼ぶなと言っただろうが~♡!」


 統二のヤツ、なれなれしくも萌香の肩を叩いている。


「ぐぎぎぎぎぎっ」


 砕けそうなほど奥歯をかみしめる銅輔。

 取り巻き連中も、まさかの展開にざわついている。


「ボクに……恥をかかせやがって!」


 冒険着の内ポケットから携帯電話を取り出す。

 彼が親しくしているグループ内の下請け企業。

 法令違反スレスレの悪行もこなすグループ内の異端企業の担当者に、電話を掛ける銅輔なのだった。



 ***  ***


「ソード・スラッシュ!!」


 ずどーん!


 萌香の剣閃から放たれた衝撃波が、ガーゴイルを粉々にする。

 物理攻撃の効きが悪い石像型モンスターを、いともたやすく倒すなんて。


 探索者養成校を卒業して初めて、レベルが認定される。

 萌香のヤツ、すでに20くらいあるんじゃないか?

 ほぼチートである。


「「おお~!」」


 ぱちぱちと拍手をする俺と雄二郎。


「少しはお前たちも戦わぬか!」


「いや、だってなぁ?」


「ワイらのスキルは初級レベルやし」


「全く……」


 ため息をつく萌香。

 Dランクダンジョンで俺たちが戦闘に参加しても、足手まといにしかならないことはよく分かっている。


「んっ?」


 視界の端に、モンスターの影がよぎった気がする。


「……左奥30mにオーク1体、右手70mにゴブリン2体だ」


「おっ、次のお出ましか。

 モエ、今のうちにMPを回復しとき」


 手持ちの素材からマジックポーションを合成する雄二郎。

 戦闘スキルはからっきしだが、生成系のスキルは一通り使える。


「ありがとう、雄二郎。

 そして統二……いつも思っているのだが、どうやってモンスターの動きを把握してるんだ?」


「ん? 気配というか僅かな空気の揺らぎとか地脈の変化を感じて予測するんだ」


「ワタシからしたら、お前の”視野”の方がよっぽどチートに思えるな」


「そうか?」


 自然いっぱい(というかそれしかない)倉稲での生活と、屋敷内のダンジョンでの遊びを通じて培った”技術”であり、スキルではない。

 理沙はすばしっこくてかくれんぼが得意だからな!


「よし、もうすぐフロアクリアだ。

 あとはワタシに任せるがよい!」


「頼んだ!」


 萌香は出現したオークとゴブリンを剣技スキルと魔法であっさりと片付けてしまった。

 やっぱすげえな、コイツ。



 ***  ***


「ふむ、既定のスコアは稼いだが、できればボスモンスターを倒しておきたいな」


 ちらり、とこちらを見る萌香。

 この卒業考査でC以上の評価を得れば、萌香の首席が確定する。

 彼女的にはこれ以上探索する必要はないのだが、俺に気を使ってくれているのだろう。


「さんきゅ、萌香。

 3つ先の部屋に、ボスモンスターのトロールがいるそうだ」


 なかなかの強さを誇るモンスターで、数日前から始まった卒業考査でまだ倒した者はいない。


「トロールか……少々厳しい相手だが、統二、もとい二人がサポートしてくれたら倒せるだろう」


「おっ、モエちんデレ期やな?」


「だっ、誰が統二のために何としてもボスを倒したいな~♡ だってぇ!?」


「……全部口に出とるで?」


「うわあっ!?」


「ん、何か言ったか?」


 マップを確認していて聞き逃してしまった。


「ううう、まったくお前は~♡」


 ??

 何で萌香は怒っているのだろう?


「さ、流石やな、トージ」


 何を話していたのか、二人に確認しようとしたとき。


 ドドドドドドドッ!


「うわっ!?」


 ダンジョン全体が、激しく揺れる。


(地脈の流れが、おかしい?)


 僅かな違和感を感じ取った瞬間。


 ウオオオオオオオオオンッ


 地獄の底から響くようなモンスターの遠吠えが、ダンジョン内に響き渡った。

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