第26話 叔父サイドその2
「…………馬鹿な」
昼下がりの執務室。
ダンジョン複合企業の経営者にして、穴守家の現当主。
穴守 篤(あなもり あつし)は部下が提出して来た報告書を読み唖然としていた。
「屋敷のダンジョンが、更に進化したというのか!?」
何の価値もなかったはずの、義父の屋敷と敷地内に存在するGランクダンジョン。
生意気にも遺産相続権を持つ、統二の奴に押し付けたはずだった。
義父が仕込んでいたのか、憑神が現界したのは少々誤算だったが、しょせん元がGランクダンジョンである。
大した脅威にはなるまいと高をくくっていた。
世間知らずな統二の奴が調子に乗らないよう、昔設置した地脈操作機を使ってお灸をすえてやったつもりだった。
「それが、こんなことになるとは……」
今回使った地脈操作機はもともと地脈の出が悪くなった古いダンジョンに刺激を与えたり、廃止予定のダンジョンを安全に停止させるために篤の会社で開発したもの。
製品テストの中で偶然反転現象(リバース)を誘発できることが判明し、義父の所有するGランクダンジョンで7年前に”実験”を行ったのだ。
この”実験”のおかげで、引退後も大きな影響力を持っていた義父の発言力は低下し、完成した地脈操作機はライバル企業を蹴落とすのに大いに役に立ったのだが。
「くそっ!」
詳細な現地調査を経たわけではないのでダンジョンランクについては仮、との注釈があるものの、推定ランクはS以上。
「このタイミングでオレの邪魔をしてくるか」
現在篤の会社が取り組んでいるメガプロジェクト。
大阪にあるSSランクダンジョンOsaka-Secondの再開発だ。
Tokyo-Firstに比べ特に赤スキルで劣っているため、ダンジョンレベルの向上は関西経済界の悲願だった。
現在の最深到達度は第81階層。
「空気の読めない義兄の息子め……!」
篤が経営する会社の総力を挙げて、国内・ひいては世界最深である100階層まで探索をすると日本中にぶち上げたばかりだ。
成功の暁には、Osaka-Secondの所有権の四分の一が篤のもとに転がり込む。
「だが」
関西に近い岐阜県に、推定Sランク以上のダンジョンが出現するとなると話は別である。ド田舎にあるとはいえ、ダンジョンスキルを目当てに企業が倉稲に集まらないとも限らない。
「詳細な調査をする必要があるな」
この報告書に真実が書いてあるとは限らない。
自分の地位を狙う者は常にいるし、ごまをすろうとウソの内容を報告してくる連中も多い。
「できれば信頼できる外部団体に頼みたいが」
自分の会社の社員を微塵も信頼していない篤は、探索者協会に登録されている探索者名簿を漁る。
「そうだな、コイツは悪くない」
篤が目をとめたのは、新進気鋭の若手探索者。
探索者養成校を首席で卒業し、ダンジョンの監査を担当する協会の外局に勤務している。
探索態度は堅実で優秀、両親は警察官で不正を嫌うまじめな性格。
ド田舎で不正なダンジョン探索をしている疑いがある人間がいる。
身内からの監査依頼となれば、信ぴょう性も増すだろう。
「よし」
篤は自ら依頼をすべく、受話器を取るのだった。
*** ***
「はーっはっはっは! 父上!
此度の件、この銅輔(どうすけ)にもお任せを!!」
「…………(どこから聞きつけやがった)」
1時間後、篤は執務室で思わぬ人物の訪問を受けていた。
「あなた!
統二に相続したダンジョンの監査をすると聞きましたよ!
それならば、優秀な銅輔ちゃんを連れて行くのが筋でしょう!」
ばんっ
興奮し、机をたたく女。
そのはずみででっぷりとした腹がぶるりと揺れる。
机に脂が付くからやめてくれないか。
「あのボンクラいとこの企みを暴けばよいのでしょう?
探索者養成校の同期で、奴よりはるかに優秀な成績を収めたボクこそ、この大役にふさわしいと思いませんか父上!」
「…………」
この穴守 銅輔は篤の不肖の息子。
妻に似て頭の出来は残念で、探索者適正も低かった。
外面もあるため、賄賂を積んで探索者養成校は上位の成績で卒業させたが、探索者としての実績は最底辺でお情けでグループ企業の取締役に放り込んでやっている。
「必ずや父上の望む成果を上げて御覧に入れましょう!!」
(まあいいか)
銅輔はバカだが父である自分に心酔している。
万に一つも裏切ることはないだろう(というか、裏切るほどの頭を持たない)
「……これは正式な監査だからな。
優秀な監査人をお前の補佐に付ける。
くれぐれも、統二にしてやられるなよ?」
「!!
もちろんですとも! この銅輔、粉骨粉身! 務めさせていただきます!」
「よかったわね銅輔ちゃん! これで一流探索者の仲間入りね!」
「はーっはっはっはっ!! 主役は遅れてやってくるのです母上!!」
「ま、まあがんばれ」
四文字熟語すらまともに言えないドラ息子のバカさ加減に辟易しながら、篤は二人を執務室の外に追い出すのだった。
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