第21話 ダンジョンの異変

「くそっ、間に合え!」


 笠間家の長女、理沙と友達の三奈がまだ屋敷の敷地内にいる。

 その知らせを聞いた途端、俺は駆けだしていた。


 俺がじーちゃんちに預けられたのが10歳の時。

 その時理沙はまだ2歳だったが、農作業に出る剛さんと奥さんの手伝いがてら、よく彼女の面倒を見ていた。


「ダンジョンの中に入ってなきゃいいけど!」


 大きくなってからも倉稲地区にある学校は保育園~高校までの一貫校(子供が少ないので一緒くたにされてるともいう)なのでずっと一緒に授業を受けてきた。


 妹の礼奈とは違いアウトドア派の理沙はかくれんぼが大好き。

 屋敷の庭にあるダンジョンでかくれんぼをすることもしょっちゅうだった。


 もし理沙が三奈を誘ってダンジョン探検をしていたのなら……。


「くっ!」


 あのヤバそうな反転現象(リバース)が起きてるダンジョン内にいるかもしれない。


 俺は高台につながる斜面を一気に駆け降りると、道路を横切り屋敷の敷地内へ。


 目の前には漆喰で出来た白壁。

 正門に回り込む時間が惜しい。


「だああっ!」


 ジャンプ一番、俺は高さ3メートルはある壁を


「!? 統二!?」


 じーちゃんの声が聞こえた気がしたが、焦る俺はそのとき自分が何をしたのか気づいていなかった。


「急げ!」


 一気に庭を横切り、ダンジョンがあるしめ縄と紙垂(しで)で飾られた岩場の陰へ。


「あれは!」


 赤と青のランドセルがダンジョンの入り口に置いてある。

 間違いない、理沙と三奈の物だ。


 だんっ!


 俺は躊躇なく、薄紫色の光を放つダンジョン内に飛び込んだ。



 ***  ***


「ううっ、こわいよぉ、理沙ちゃん……」


「だ、大丈夫! トージおにいちゃんが助けに来てくれるよ!」


 怖がる三奈を守るように立つ。

 自分は小学生の中で一番身体が大きいんだ。

 ばけものが出てきても大丈夫……たぶん。


(ううっ)


 いつもトージおにいちゃんと潜っていた”ダンジョン”。


 だんじょん探索(?)のことはよく分からないけど、

 少しひんやりとした空気が流れ、たまにすごく綺麗な石が見つかるダンジョン内が理沙は好きだった。

 なにより、自分を優しく先導してくれるトージおにいちゃんにあこがれていた。


(しっぱいしたぁ)


 もうすぐトージおにいちゃんの誕生日なので、綺麗な石をプレゼントしようと親友の三奈ちゃんを誘って二人だけでダンジョン内に入った。


 中に入って20分くらいたっただろうか。

 不気味な音とともにダンジョン全体が揺れた。


 その時いた部屋の壁全体が薄紫色に光りだし、びっくりした理沙たちは慌ててそこから逃げ出した。


 その際に運悪く懐中電灯を壊してしまい、壁が放つおぼろげな光だけを頼りに必死に出口を目指したのだが。


「道に迷っちゃった……」


 もはや、どっちが出口なのか分からない。


「だ、大丈夫……じっとしていればトージおにいちゃんが」


 探しに来てくれるはずである。


「はあっ、はあっ」


「三奈ちゃん?」


 先ほどから三奈ちゃんの息が荒い。

 気のせいか、自分も息苦しくなってきた。


「な、なんで?」


 空気が薄くなっている?

 いやそれより、壁の光を見ているとだんだん気分が悪くなってくる。


 グルルッ


「……え?」


 更に悪いことに、闇の向こうから何かの鳴き声が聞こえてきた。


「犬さん?」


 迷い込んだ野犬の類だろうか?

 それなら何とか追い払えるかも……。


 ザッ


「ひいっ!?」


 だが、闇の奥から現れたのは野犬などではなかった。


 ガオオオオンッ!


 熊ほどの大きさの、漆黒の毛並みを持った犬型モンスターがこちらに向けて顎(あぎと)を開いていたのだ。



 ***  ***


「あそこか!」


 ダンジョンに入り、最奥を目指して走ること数分。

 壁が放つおぼろげな光に照らされた小部屋で、座り込んでいる理沙と三奈の姿を見つけた。


「って、モンスター!?」


 すぐそばには、見たこともない巨大な犬が。

 どう見てもモンスターだ。


「くそっ!!」


 何故このダンジョンにモンスターが。

 大昔に探索しつくされ、じーちゃん曰く”枯れた”状態にあるこのダンジョンにモンスターが出たことはなかった。


 そんなことより!


「理沙、三奈! その場に伏せろ!」


 二人を助けなければ!


「トージおにいちゃん!?」

「トージくんっ!?」


 二人の少女が地面に伏せたことを確認すると、俺は犬型モンスターに向けて思いっきり体当たりする。


 どがっ!!


 思ったより激しい衝撃を感じた。


 ギャオオオオオオンッ!?


 犬型モンスターはあっけなく吹き飛び、壁にぶつかって資源コインに変わる。


「倒……せた?」


 モンスターをただの高校生である俺が、武器も使わずに倒してしまった。

 いまさらながら、自分のしたことが信じられない。


「トージおにいちゃん、ありがとう!!」

「あうう、トージくんっ!!」


「おっと」


 それより今は二人のことが優先だ。

 よく見ると三奈は脂汗をかいており、理沙も呼吸が荒い。

 反転現象(リバース)の影響だろうか。


「よし、モンスターは倒したから外に出よう!」


 俺は二人を担ぎ上げると、急いでダンジョンを脱出するのだった。



 ***  ***


「あの時のトージさん、かっこよかったなぁ♡」


「理沙ったらずっとその話ばかりだったもんね」


 話しているうちに、穴守家の屋敷内にあるダンジョンの近くまで来ていた。

 今やきれいに整備され、狩り場としてもオープンした思い出のダンジョン。


「よいしょっと」


 二人で第一階層に入る。

 現在第五階層で配信中なので、第一階層はしんと静まり返っている。


「……だけど、あの事件のせいで」


 寂しげな笑顔を浮かべ、ダンジョンの壁にもたれかかる理沙。


「たくさんの人たちが倉稲村(ココ)を出て行ったわね」


 理沙たちが助け出されてすぐ、鉄郎の働きもあり反転現象(リバース)は収まった。

 だが、休止状態にあるはずのダンジョンで反転現象が発生したという事実。


 その事件はちょっとしたニュースになり、レジェンド探索者である鉄郎の管理ミスなのではと批判も受けた。

 最終的に穴守家の跡取り候補の篤がマスコミを通じて謝罪し、事態は沈静化した。


「そうだね、一気にさみしくなっちゃったね」


 反転現象(リバース)の恐怖は村人たちに過疎化が進む一方の倉稲村を出ていく決断をさせ、200人近くいた人口は一気に50人以下に激減した。


「ウチも弟たちが生まれたばかりだったから……ごめんね」


「ううん、しょうがなかったと思うよ」


 三奈の家も倉稲を離れた家族の一つで、隣県に移り住んだ。


「それがさ、またここに戻ってこれるなんて!

 ウチもトージくんとのこと後押ししたげるから、一緒に頑張っていこうね!」


「うんっ!」


 今日は何て良い日なんだろう。

 そろそろトージさんと礼奈ちゃんの様子を見に行こうかな。

 そう考えた理沙が壁から身体を放そうとしたとき。


「……あれ」


 なんか、じんわりとダンジョンの壁が熱を持っている気がする。


 ヴンッ


「!?!?」


 次の瞬間、壁全体が薄紫色の光を放った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る