第16話 叔父サイド・仕込み

「ちょっとあなた! 辺境に飛ばしたはずの統二が!」


「……ちっ」


 ノックもなしに執務室に入ってきた女の顔を、面倒くさげに見やる穴守 篤(あなもり あつし)。


「探索者として竹駒プロダクションと契約するなんて……どうなってんのよ!」


 ばしん、と一枚の書類をマホガニー製の執務机に叩きつけた女。


 女は篤の妻であり、篤がCEOを務めるダンジョン複合企業の重役。

 穴守 鉄郎の長女でもあり、親戚連中にも顔が利く。


 穴守家を乗っ取るために、婿養子としてコイツと結婚するのは必要な手段だったのだが。


「ウチのビジネスの邪魔になったら、どう責任を取るつもり!?

 適当な現金でも与えてそのまま底辺会社員をさせとけばよかったんじゃないの!?」


 大したことのない事象を大げさに喚き散らすのはこの女の悪い癖だ。

 若いころはそこそこ美人だったのでまだ我慢できたのだが。


 ついに更年期か?

 自分に負けず劣らず膨らんだ腹を見て眉をひそめる篤。


「そこまで気にすることもないだろう?

 探索者養成校に通っていたとはいえ、統二の適正は最底辺。

 おおかた相続税が払えず、苦肉の策で資格だけは持っている探索者を始めたんだろう」


 竹駒プロダクションと契約したというのは驚きだがな。

 悪運だけは強いのかコイツ?


 義兄とは違い探索者適正が発現し探索者養成校に入学した統二。

 奴は自分に反抗的であり、万一のことはあってはいけないと探索者養成校の経営陣に圧力をかけ、無能な落ちこぼれとして卒業させたのだ。


「それでも!」


 このやかましいヒステリー女を下がらせよう、そう考えた篤だが思わぬ言葉が彼女から発せられる。


「父のダンジョンが”神憑き”に進化したのよ!

 何の役にも立たなかったGランクダンジョンが!!」


「……なに?」


 聞き捨てならない情報だ。


「それは本当か?」


「ええ!

 憑神は幼い稲荷らしいけど……ああこれで統二が探索者として成功しようものなら、私のかわいい銅輔(どうすけ)ちゃんの立場が!」


「ふむ……」


 できの悪いドラ息子の事などどうでもいいが、ダンジョンのことは気になる。

 神憑きとなれば最低でもBランク。


 進化するダンジョンの事例はなくはないが、非常に珍しい。


(念のため、調べさせてもいいか)


 優先度Bで脳内のメモに記録する。


(それと……アレも起動しておくとしよう)


 引退後もいまだ大きな影響力を持っていた義父。

 その威光に傷をつけるため、ささやかな仕込みをしたことを思い出す。


(そいつが、7年たってまた役に立つかもしれないとはな……)


 世の中、分からないものである。

 懸念は早めに潰しておくに限るのだ。


「さて、オレはこの後大臣と会食だ。

 そろそろ出て行ってもらおうか」


 なおもわめき続ける妻を執務室の外に叩きだす篤なのだった。



 ***  ***


「美里さんがそんなすごい人だったなんて……」


 翌日、頼んでいた機材の配達にきた雄二郎とダンジョン内で設置作業にいそしむ俺。

 話題は自然と美里さんのことになる。


「普段は裏方に徹しててめったに顔出しはせんとはいえ……業界ではむっちゃ有名人やで」


「ぐぐっ……お前も写真じゃ気付かなかったじゃないか」


「しゃーないやろ? マスコミの前に出てくるときはほとんど表情が見えない野暮ったい眼鏡かけてるんや。

 応対も事務的なんやが……あんな超絶美人さんとはな!」


「少し……いやかなりはっちゃけた人だぞ?」


 初回の配信を終えた後の美里さんの興奮ぶりはかなりのもので、

 俺たちの配信を含め倉稲村の全面プロデュースを約束してくれた。


「彼女の会社はダンジョンを中心とした街づくりのプロデュースもしてるんや。

 有名経済紙の次に来る100人に選ばれたくらいやぞ!」


「そ、そうなのか」


 彼女は人当りもよく、コンや笠間姉妹とも仲良くしてくれている。

 ダンジョンマニアでフリーライターのちょっと暴走気味面白お姉さんと思っていたのだが……。


「そしてワイは倉稲村の専属設備納入業者として、がっちり美里たんの案件に関われるというワケやな!

 ホンマにようやってくれたでトージ!!

 顔つなぎの方、マジで頼むで!!」


 ダンジョン内に設置する中継用カメラに回復ポイント(地脈の力を使ってHPやMPを回復する機材だ)……それに探索者カフェの設備まで。

 どんなモノでも素早くリーズナブルに準備してくれる、頼れる親友である。


「おう、任せとけ!」


 それくらいならお安い御用である。

 雄二郎の戦いを応援させてもらおう。


「おっしゃ!! 燃えてきたわ!!」


 後日、俺は雄二郎を美里さんに紹介することになる。


 敏腕ダンジョン設備屋の雄二郎とダンジョンマニアでもある美里さんの会話は弾み……雄二郎の奴はこれは脈ありや!と盛り上がっていたのだが。


 美里さんの興味はあくまで設備屋としての部分に向いていることは、黙っておいてやろうと思うのだった。


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