第9話 美人なお姉さんに取材される
「私の名前は竹駒 美里(たけこま みさと)
年齢は28、フリーライターをしています」
「こ、これはご丁寧に」
美里、と名乗った女性から名刺を受け取る。
俺が勤めていた建築事務所の女性はおばちゃんばかりだったからな、年上のきれいなお姉さんにドギマギしてしまう。
「専門はダンジョン関係です!
……実は引退後の穴守 鉄郎さんには何度も取材させてもらったことがありまして!
世界トップの探索者に上り詰め、Tokyo-Firstをはじめ数々のダンジョンを発見されたカリスマにもかかわらず、飾らない姿勢とダンジョン業界の行く末を憂慮されていた先見性……非常に非常に尊敬しておりました!」
「な、なるほど」
クールな見た目に反し、情熱的な人だ。
「……こほん。
興奮してしまい申し訳ありません」
居住まいをただす美里さん。
形の良い眉が悲しげに下がる。
「その鉄郎さんが亡くなられたのは大変残念ですが……お孫さんに遺志を託された、という情報をキャッチしましてこうして取材に伺った次第です」
「そ、そうですか」
少々困惑気味の俺。
俺がじーちゃんから屋敷とダンジョンを相続したことは届け出済みなので、市役所の人がやってくるのは予想していたのだが、取材されるのは想定外である。
ダンジョンのこと、じーちゃんから聞いていたんだろうか?
「いや~、こんなトンネルを作ってしまうなんて、やはりダンジョンは凄いですなぁ!」
「だろ? 鉄さん自慢の孫だぜ!!」
「山高市にもようやく本格ダンジョンが……感無量ですな」
クルマから降りてきたもう一人の男性は、剛さんと盛り上がっている。
頂いた名刺によると、山高市役所土木課の責任者さんらしい。
「そうだ、トンネルを寄付したいのですが……」
あんなでかい道路トンネル、管理も大変である。
できれば山高市に寄贈したい。
「なんと! 大変ありがたいのですが、市の財政ではあまり多くの返礼金は出せませんぞ?」
「問題ありません。
祖父鉄郎から引き継いだものの一つですので」
「素晴らしい! さすが鉄郎さんのお孫さんだ!
なるべく多く返礼金が出せるように掛け合ってみます」
これで、屋敷の相続税の支払いのめどがつくかもな。
じーちゃんの影響力は凄い……改めて実感する。
その場で手続きを終え、一息ついていると美里さんが話しかけてきた。
「それにしてもあのクラスのトンネルを設置できるダンジョンスキルですか。
確か鉄郎さんがこの地で所有されていたダンジョンはGランクのはず……どんな魔法を使われたんです?」
タブレットの電源を入れ、ニコニコと笑っている。
「ええっと、その」
その笑顔からは悪意のようなものは感じられない。
(でも……)
脳裏に子供時代のことが浮かぶ。
探索者適正がなかった親父が、穴守家の跡取り候補としてじーちゃんに紹介した篤さん。
なんでも、大学時代の同級生だったらしく、優秀な探索者を多数輩出している家系だと聞いた。
当初は紳士で人当りもよく、とんとん拍子で叔母さんとの縁談が決まり、じーちゃん夫婦の婿養子となった。
(そこからはあまり思い出したくないな)
俺の両親が事故で亡くなった後、次期穴守家当主となる事が約束された篤さんの暗躍が始まった。
最初は彼が経営する会社で、穴守家が所有するダンジョンを効率的に運用しようという提案だったらしい。
俺も詳しくは知らないが、気が付いた時には他の親戚も抱き込まれ、穴守家のダンジョンと財産の過半は彼のものになっていた。
それでも世の中の役に立てばとじーちゃんは彼の行動を黙認していたのだが……。
『お前、いつも義父さんと仲良くしやがって。
まさか遺産目当てじゃないだろうなぁ?』
会うたびにいびられたものだ。
嫌気がさした俺は親戚の集まりに顔を出さなくなり、探索者の夢をあきらめた。
「……すいません、不躾でしたね」
この美里さんが親戚連中と同類で、進化した俺のダンジョンを狙っていないとも限らないのだ。
「ええ、大丈夫です。
ただ、まだ相続したばかりで分からないことも多く……詳しい情報はお話しできないんです」
警戒しておくに越したことはなかった。
「承知しました! 気をつけさせていただきます」
気分を害した様子もなく、にっこりと笑ってくれる美里さん。
「それで、さっきから気になっているんですが……。
あの子、ダンジョンの憑神ですよね?」
「あっ……」
さ、さすがにコンのことはごまかせないよな。
コンは理沙の背後に隠れて、こちらを窺っている。
美里さんと視線が合うと、にぱっと笑って尻尾と手をぶんぶんと振る。
「ふふっ、すごくかわいい神様ですね」
「でしょう? コンのもふもふ尻尾は最高なんです。
能力も高いですし!!」
「コンちゃんっていうんですか。可愛い名前」
うっ……思わずコンのことを自慢してしまった。
すっかり親バカになった気がする。
「一つだけ……私のメルマガでこのダンジョンのことを紹介してもよろしいですか?
あっ、大丈夫です!
地域限定のローカルなメルマガですから」
「まあ、そのくらいなら……」
わざわざこんな山奥まで来てくれたんだ。
取材を断るのは悪い気がした俺は、メルマガ用のインタビューだけは受けることにした。
「あそこにいるかわいい子たちは探索者さんですね?
なかなか見込みがありそうです♪」
早速メモ帳を取り出した美里さん。
理沙たちのことも気になるようだ。
「んなっ!? わたしの力を見抜かれたよ礼奈ちゃん!
強力なライバル出現!!」
「何のライバルよ理沙ねぇ……。
あたしの見立てでは頭の出来含めてすべてあの人に負けてるよ?」
「む、胸のサイズくらいなら……」
「あと腹もね」
「ひでぇなこの妹!?」
「ふふふふふっ」
姉妹漫才に笑い出した美里さんに促されるまま記念写真を撮り、いくつかの質問に答えた。
まあ、今どきメールマガジンなんてあまり読む人もいないだろう。
この時の俺は、そう軽く考えていた。
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