第16話 慰霊祭(中)

 レプトンという盗人は、王都周辺と西部地区に現れる盗賊で軍兵が知っていたのはその為だった。


「範囲が広すぎますね…。ですが、この辺りは魔物も現れる地域ですし、潜むには適してないですよね」


 ドメルの街の兵士の駐屯所での作戦会議。

 周辺がどうなっているかを知らない俺はマリアの後ろに金魚のフンのようについていくだけ。

 盗賊のアジト探しなんて、魔族とは関係のないことに首を突っ込む俺。

 そういえば、これから先も似たようなことが何度もあった。

 ずっと後のことになるけど、イザベルには「またお遣い?」と呆れられたこともある。


「ん。こことかにいないかな…」

「勇者様、そこは魔物の多発するエリアです。そこを住処にするのは流石に在り得ないかと」

「じゃあ、ここは?」

「そこも同じです。夜もうかうか眠れません」


 俺が指差す場所は次々に否定されていく。

 それでもそれっぽいところを探し続ける俺。

 そして、


「ここ…。ここは?」

「そこは魔物に襲われた廃村です。今は誰も住んでいませんし、その周辺も魔物が多発します。」

「でも、ここだと思う。うん。ここなら条件が揃ってる…。ね、マリア様。僕たちは女神の恩寵を集めなければならないんですよね。」

「それはそう…ですけど。でも、そこは兵士長様が仰られるように…って、勇者様‼」


 俺には何故か確信があって、そこを目指すことにした。

 見当違いの場所だし、魔物が出るということで、マリアだけが渋々ついてきてくれた。

 そして、この辺りから、ちょっとずつだけど戦いに変化が起き始めたんだ。


「成程。これが女神の恩寵…なのですね。私が説明をしたんですけど…」

「僕にはまだよく分かりません…。でも、戦い方は分かってきました」


 この辺りはまだまだ小物モンスターが多かった。

 割合的にアンデッドッグが増えた程度と思って、目的地を目指した。

 だけど、強敵もいた。体がボロボロになった小犬ではなく、大人の人間のアンデッド。


「う…。こいつ、毒をもってる…」

「流石にそれは私の領分ですね」


【聖なる光】


 清らかな光が辺りを包み、アンデッドたちの魂が解放される。

 結局、戦いはマリアが主体となり…


「アンデッドがいっぱい…。マリア様がいないと、ど、どうなっていたことか…」

「本当ですよ。だからここは違うって…」


 そして、その時。


 カサッ…


【聖なる光】

 

 即座に浄化の光を放つマリアだが、その人影は消えることなく逃げていく。


「あれ、子供ですよ」

「本当に?お、追い掛けましょう‼」


 マリアも戦闘の経験はそこまでなく、十六歳の若者二人がバタバタと追いかける。

 そして、罠に嵌った。


「ひっ‼」


 グサグサと地面に音がして、矢じりが何本も角を出した。

 ここで後ろから男の声。


「そこまでだ。これ以上行くとアブねぇぞ。それに俺の矢も危険かもなぁ」


 振り返ると、茶色い髪の青年が弓を構えていた。

 そして、勇者を守ろうとマリアが盾になろうとする。


「勇者様。やはり悪漢です。ここは私が…」

「勇者ぁ?てめぇが勇者かよ。随分弱そうだなぁ」


 悪漢…、だけど


「うん。僕が勇者だ。マリア様は関係ない。マリア様も大丈夫ですから」

「そんな‼駄目です、勇者様‼」

「ちょ、てめぇ。舐めてんじゃねぇぞ。いくら勇者だからって俺は…」

「うん。僕はレプトン君を舐めてないよ。ただ、謝りたいだけだから」


 距離が近づいたからか、レプトンは弓を止めて短剣に持ち替えていた。


「謝ってすむと思ってんのか?それに俺は…」

「分かってる。あっちにいる皆に謝らせて…」


 そうだった。ここで俺は慰霊祭の意味を真に理解したんだ。


「僕のせいで村が襲われたんだよね。だったら、やっぱり謝らなきゃ…」

「な…。どうしてそれを知っている‼勇者の勘ってやつか?」

「勇者は君も…だよね。子供たちの為に、そうやって戦ってる」


 勇者を隠す為に、あちこちで陽動作戦が繰り広げられていた。

 ミネア村の大人たちだけではなく、他の村の大人たちも自分を隠す為に戦っていた。

 自分の父親の慰霊祭ではピンと来なかった。

 けれど、親を失った子供たちの為に盗みを働くレプトンの姿を見て、己が背負った業の重さを理解した。


「俺が勇者って…?意味分かんねぇ。勇者はお前だろ?…っていうか、なんで分かった?絶対にバレねぇ場所だと思ったのに」


 えっと…、ここ俺はなんて返事をしたんだっけ…

 それは思い出せないけど、確かマリアが…


「成程。この先に聖なる力が残っている場所がある…と。レプトンさん、盗みは許せませんけど、子供たちの保護は私たちの務めです。それは感謝いたします。」


 って感じになって、俺は。


「ね。レプトン君。子供たちを守る為に一緒に世界を救おうよ‼」


 って、言ったような気がする。

 そしてなんやかんやあって…


「馬鹿かよ。俺が世界を救えるわけねぇだろ」


 みたいな反論をされたり。


「そうですよ。流石に盗賊は不味いと思いますよ」


 ってマリアに説得されつつも。


「でも、レプトン君は…」

「おい、勇者。俺はお前より年下だ。その言葉遣いはやめてくれ。それに要するに、子供たちを守っていたのは女神さまの力なんだろ。だったら、女神さまの加護を持つお前の言うことには逆らえねぇよ。でも、俺は盗賊だ。牢屋にぶち込むでもなんでもしてくれ」


 俺は何故か説得を繰り返して、無理やり仲間にしたんだっけ。


「盗賊って冒険者っぽいし‼それじゃ一緒に冒険しよう‼」

「って、なんでそうなる‼」


 みたいな感じで。


『意外とこの辺は結構思い出せるんだな』

『え…。寝てるのかと思ってたっす。殆ど液状化してたし…』

『マジ?液状化って、色素スライムは……。あぁ、あった。あれをまた集めるのって精神的にきついからな』

『そういえばぁ。モーラが途中やって来て、要望のスライムとそれらしき場所を見つけたって言って、液状化を見て呆れて帰っていきましたよ』

『ついにやってきたってことか。禁断のアレと…、って、今どこ辺?俺ってどれくらい考え事してた?』


 禁断のアレ。体がプルプルと震えてしまう。


『半日くらいじゃないっすか?やっぱりこの馬は魔物っすね。それだけ走っても全然平気…』

『ってそんなに⁉あー、そうだった。スライムは時間感覚が分からないんだった。直ぐにモーラに会わないと。んで、勇気を出して交わらないと…』

『にゃにゃ⁉ウチが魔王様の女じゃないんにゃ⁉』

『今の俺はスライムだから雌雄はないから、そういう意味じゃない‼ってか時間がギリギリだ。モーラに連絡しつつ、それらしき場所に行ってみよう』


 今回は時間稼ぎなんかじゃない。

 先の会話ではないが、人間と魔族の雌雄を決する意味を持つかもしれない戦いだ。


『ぬぬ。そうにゃ。モーラはいつもオズを体に纏わらせてるにゃ。アレはウチに対するメッセージだったにゃ。モーラに問い質すにゃ。どんな感覚なのか、聞いてみるにゃ』


 ミーアの言動はさておき、モーラを呼び出してくれるらしい。

 後は、巻き戻った後の世界、オズが変えてしまった世界の中で、レプトンがどうなっているか、だ。


『勇者の旅立ちは聖典で決まっているから、日時は変わっていない。でも、それ以前の年月はズレている。そして…』


 魔王と名乗ってしまった以上、アレの罪も被らなければならない。

 今回の世界では、人間たちがミネア村に戦力を集中させたから、他の地域はかなり手薄になっている。

 その間、魔物たちは本能のままに魔王の為に略奪行為を繰り返している。

 魔物たちが活発に動き、勇者が誕生した。

 魔王の封印は解けた筈、だけれど魔王がいつ動き出すかをオズは知らない。


『極夜地帯、深淵の竪穴の下。通称【奈落】の玉座で最初で最後に見ただけだ。城なんて存在しない、真の闇の中。あそこは今、どうなってるんだ…』

『その話も聞けるんじゃないっすか?例のアレが手に入ったのにゃから』


 オズはアレについて頭を抱えて、外の景色に気付いて体を人に変えた。

 実は魔物の馬だった馬車はドメルラッフ平原を走り、ドメルの街に差し掛かっていた。

 とは言え、服を着ていないから露出していない部分は半透明の緑色だから、身を屈めて街の様子を見る。 

 ここから南方に、いつか自分の父親と対峙した荒野だ。

 ドメルの街は農村地帯の一角に作られた商人の集まる街だ。


『なんか、騒々しいっすね。人間共がうじゃうじゃいますよ』

『…成程。ここも変わってしまうのか。皆が勇者を見に来ている。まぁ…、仕方ないんだけど』

『ほんと、人間共の馬鹿さ加減には吐き気がするっすね…。自分達が勝つと疑わない顔、マジでムカつく…』


 人皮ではないので鳥肌は立たないが、その代わりにと体全体が震えた。

 忘れてはいけない。ミーアの力は東の大陸でも通用するのだ。

 普通の人間では、魔族に勝てない。


 この世界だって、前の世界ではこんなにはしゃいでいなかった。


 勇者アークは、はっきり言って信用されていなかった。


『この勇者ならウラヌ王も無理難題を出さずに素直に通行許可証を出してくれるんだろうな…。レプトンが仲間になったからって、疑る目を向けないんだろうな』

『レプトンって、今から向かう場所にいる人間すか?』

『そう。勇者の友となる男——』


 彼が救ったのは、あの村の子供たちだけではなかった。

 他の村で逃げ遅れた子供も、道端で飢えていた子供も、生贄同然の子供さえ、保護してここにつれて来ていた。


「ゴメンね。君たちのお父さん、お母さんを死なせて…」


 あの日、子供たち全員に謝った。

 勇者が生まれたと偽装した村の子供たち。


「もういいんじゃねぇのか?お前がいなけりゃ、結局俺達は助からないんだぜ?」


 彼は笑顔でそう言ったけれど。


「僕の村の代わりに襲われたんだ。助かる方法だってあったかもしれないのに…」

「過ぎてしまったもんは仕方ねえよ。俺だって助けられる奴しか助けてねぇし。それにどうやって生きたらいいか分からねぇから、盗むしかなかったわけだしな」

「その時点では教会で匿う訳にはいかなかった…と聞きます。お辛かったでしょうね」

「え、どうして?」

「魔物は勇者を見分けられねぇ。子供を見かけたら真っ先に殺しに来る。金持ち連中はその期間、子供たちを隠して育てるんだ。だから目を付けられることは出来ねぇだろ。そんなことより、俺を仲間にしちまったら、お前の信用がガタ落ちするぞ?」


 二千年前の記録はおとぎ話のようなもので、殆どの人が信用していなかった。

 女神の恩寵だって、あったらいいね、くらいの存在だった。

 そんな状況で、盗人を仲間にしたという話が広まれば、先ずは信用されない。

 勇者の知名度なんて、高が知れていたから。

 それでも。


「いっぱい人助けして、信用してもらえばいい。人間ってそういうものでしょ?」


 俺は…、僕は本当の勇者と一緒に冒険したかったんだ。



『ついたっすよ。ってか、なんでここって分かったんすか?』

『当時のことは覚えてないけど、…こうなる前のことはなんとなく覚えている…から?』

『うわ。出た。また、魔王ジョーク。言ってる意味、全然分かんないっすよ』

『と、とにかく。古い教会とか、昔、教会があった場所は光女神の威光が残っているものなんだよ。んで、そういうところは何となくだけど、魔物に襲われにくいんだ』


 ——アナタがツッコんでいったところは光の結界が張られていた。あそこで死ねば、アナタだって死んでいたのよ?


 モーラの言葉だ。恐らく、魔物は直感的に知っているのだろう。

 だから、本能的につまらない死に方、滅され方を避ける。

 直感じゃなくても、知ってしまった今は、流石にあそこに近づきたくない。


『ミーア、ちゃんとみんなに…』

『伝えてるっす。あそこは襲わせるなっすよね。そもそも襲う理由がないから、あの辺のアンデッドも、お、おうって感じだったみたいっすけど』

『お、おう…ね。それに中にいる子供たちも十人程度。それだけでも救われるな…』


 ある意味、モーラのお陰だった。

 モーラが伝えられる範囲で、もしかしたらブーツ半島に勇者はいるかも、と伝えていたらしい。

 そして、ドメルラッフ平原の戦いでミネア村に勇者が匿われていることが、もっと大きな範囲で周知された。


『俺達は食料の略奪に専念できたってことで…』


 その話については、いつか話すかもしれないが。

 とにかくオズの暴走の結果、魔物たちは敢えて子供たちを狙う必要がなくなった。


『でも勇者の仲間、なんすよね』

『さぁな。うまく行けばいいが。とにかく俺の読みでは光の剣がここに来る』


 だって、あの日の窃盗には彼なりの理由があった。


「でも、どうして慰霊祭を狙ったのです?」

「どうしてって。お前たちが世界を救えるか、分からないって連中が殆どだぜ。んで、あそこに集まった連中は自分の身を守れる財力がある奴らばかりだ。勇者様に顔を覚えてもらうか程度で集まってる。勇者のせいで家族を奪われたコイツらの為なら、先ずはそこを狙うだろ。あー、もう違うぞ。お前達こ事を知っちまったからな」


 それでもマリアは怒ってたけど、レプトンが親友になるまで、時間は掛からなかった。


『でも、そう上手く剣を持って来てくれますかねぇ』

『女神の剣だぞ。あれだけ風格が違う。それに目立つように金貨の入った袋を持たせた。』


 すると、そこで銀髪猫娘は大きな欠伸をした。


『はぁぁぁぁ。そう言えばそうだったにゃん』

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