第15話 慰霊祭(上)
勇者たちの土木作業は、途中までしか行われない。
後から来る人たちが、勇者たちの頑張りに気付いて協力してくれるから。
「アルバート様‼これは一体」
「マリア様、ここは私どもが…」
あの後、彼らは開始早々見せた勇者の行動を称賛していたのだろう。
馬車が後からやってきたのも、そういう理由だろうか。
「被害はありません。ですが、危なかったです。これは魔族の罠でした。少しでもズレていたら、皆さまが…」
「マリア。そろそろ行こう。俺たちには俺たちのやることがある」
「あ…、はい。その、勇者様はお急ぎなのですね。」
「それはそうだろ。俺たちが魔王を斃せば、こんなことは起きなくなる。」
「で、ですよね。私、全然お役に立てていないので、荷物くらいはお持ちします」
「ダメだ。俺が持つ。マリアはもう少し力を抜いてくれない?俺はマリアのことをちゃんと分かっているから」
そして勇者は剣を担ぎ、荷物も担ぎ、歩いていく。
マリアは最初に用意したリュックくらい。
やっぱり立ち位置が違う。
勿論、勇者が悪いわけじゃない。たくさん勉強したから、いろいろ教えなくとも彼はやっていけるのだ。
それに引き換え、自分は未だに勇者を導く役目を果たせていない。
ただ。
「大丈夫。俺はマリアのことが好きなんだ。一生懸命なところとか、今みたいに優しいところとかね」
「え…。わ、私…は。まだまだ…で」
「俺もまだまだだよ。だから、一緒に頑張ろうな」
「はい‼」
あの人はちゃんと私を気遣ってくれる。
それが更にプレッシャーになってしまうのだけれど。
彼は勇者仲間を大切にしたいと常々言っている。
時折見せる柔和な笑顔も、心からのものだ。
一所懸命頑張って、隣に立ちたいと思える存在。
私も頑張って、あの人に相応しい僧侶に…
『…なんて考えてそうっすね』
『嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ。今の会話、全然嚙み合ってなかったじゃん』
『オズも見習った方がいいっすよ。ああ言う真面目系女子はぐいぐい来られるとコロッと言っちゃうんすから』
『ぐぬぬぬ。マリアの性格を考えるとそんな気もしてきた…。己、勇者め』
アークグリーンスライムは勇者の言動が気になって仕方がない。
そもそもオズの目的は勇者が魔王に辿り着くより、ずっと前に登場する少女だ。
流石に極夜地帯にアシュリーはいない。
『って、どこに行くんすか。危険っすよ‼』
「勇者様。道の整備までして頂いて誠に有難うございます」
「あ?……あぁ、お前はモルリアの。船で帰ったんじゃあないのか?」
「そう思ったのですが、勇者様が歩いていくと伺いまして…」
「アルバート様‼その…、そういうのはあまり…」
「ん。あぁ、そうか。でも、彼はそういう気持ちで渡してるんじゃない。これがモルリアの感謝の仕方なんだ。教会では流石に教えられないだろうし。オッサン、じゃなくておじさん、名前は?」
勇者アルバートは商人からずっしりと重い革袋を受け取った。
そして中身を確認した勇者はニヤリとして、その表情を見た商人は一礼した。
「ツェペル・マラドーナと申します。魔王が封印されているのはイーストプロアリス大陸と聞いております。ポートアミーゴに寄る際は是非とも私の店にお立ち寄りください。今よりもずっと勇者様の旅のお手伝いが出来るかと」
「勇者様。早く行きましょう。この男の連れは魔物なのでしょう?それにお金で勇者様に取り入ろうなんて…」
どんなに小声でもスライムボディは全身で空気の揺れを感じ取れるプルプルボディだ。
因みにべたべたした触感のせいか、空気中の微粒をが吸着しやすいから、嗅覚まで鋭いらしい。
それが何かを感じ取れる心が必要だし、スライムになってみないと分からない話だが。
「ウェストプロアリス南部はこういう土地柄なんだよ。あの教皇だってたんまり貰ってるんだ。お金は悪いものじゃない」
「教皇様はそんなことは…」
「私はお邪魔のようなので、これで」
「あぁ、悪いな。ツェペルさん。ポートアミーゴは絶対に寄るから、そん時は任せとけ」
そして、それとなく立ち去る商人。
馬車はミネア村にいた僧兵から買収したものだ。
『よし。こんなところでいいな』
『よし、じゃないっすよ。ウチには近づいちゃダメって言っておいて、ズルいっす!』
『馬鹿。声がでかい。俺は感情のコントロールが出来るから大丈夫なんだよ』
マリアへのボディタッチの件はさておき、実際に敵意は持っていないし、心は魔王でも魔物でもない。
それに今考えたらの話だが、この一点のみでは勝っている。
そうじゃないと、あそこまで冷酷にはなれないし、あの時にバレていただろう。
『俺の方が魔物の声を聴けるってことが分かった。これで戦略の幅が広がるかもしれない』
『ん?当たり前じゃないすか。何を今更、って感じっす』
因みにツェペル・マラドーナは実在する。
勿論、ポートアミーゴに実在する豪商の次男だ。
更に言えば、ポートアミーゴの人間はかなり覚えている。
冒険が終わったら、あそこに住もうと思っていたのだし。
「それでは勇者様‼私は馬車で一足先に王都に向かいます。聖都はどうも苦手でして‼」
「おう‼途中、魔物に気をつけろよ。それから隣のミアキャット。いいご主人様だから裏切るんじゃねぇぞ‼」
『何ニャ。裏切る訳ないニャ』
『ミーア』
『…はい、にゃ』
ミーアを宥めて、ミーアに御者をさせる。
すると、そこで。
『あ、ご主人。この馬もモンスターっすね』
『は?だって、これ。聖都のもんだろ?聖都連中も金が大好きだから、平和的に譲ってもらえたけど、良い毛並みの馬だからって結構取られたんだけど、アイツ…』
マリアには悪いが、教会連中もお金が大好物だ。
そして航路の開拓が世界のパワーバランスを大きく変化させた。
イーストプロアリス大陸には、あのドワーフとエルフが住んでいる。
ウェストプロアリス大陸では見かけない植物が生えているし、プロエリス山脈という資源豊富な山もある。
サラドーム公国というこっち側の東の国、つまりウェストプロアリス大陸東の公国もイーストプロアリスにフォニアという街を作っているほど。
南の航路は別名ゴールドロード。
『ご主人。実際こんなもんすよ。魔物の血が混ざっているから、速く走れるし、育ちも良いんすよ』
『そうなのか。それは知らなかったけど、確かに言われてみるとそうか。動物系は特にそうなっててもおかしくない。下手をすると植物系も…。プロエリス大陸から持ち帰って植物を品種改良したって歴史もあるし…』
寒さにも暑さにも病にも強い。
魔王が封印された後なら可能だろう。
『モーラっちの言ってた通りっすね。ご主人は魔族のことはあまり知らないっす。上に立つってそういうもんなんすかねー。末端の声を聴かない上司は嫌われるっすよ?』
『う…。それはなんとも頭が痛い』
『それじゃ、ウラヌ王国の王都でしたっけ。そこへ向かうっす』
『あ、あれは嘘だから。その前にやることがある。今のは王都でもう一度勇者と話すきっかけ作りだ。』
『嘘って…。嘘つきも嫌われるっすよ』
モーラやミーアがそこに疑問を覚えないということは、魔王も末端まで支配できていなかったのだろうか。
魔王はこれだけの魔物をどうやって従えるつもりだったのだろうか。
やはり力で?それともカリスマで?
そんな疑問を持ってしまう、オズだった。
◇
聖都ダイアナは一部は大陸と接しているが、島と呼んでよいだろう。
島の名前は女神の名前がそのまま付けられていて、アリス島だ。
だけど、島全体が町になっているから聖都ダイアナと呼ぶのが一般的である。
接している部分はウラヌ王国だが、マリアは勇者を教皇の元へ連れて行く。
『そして先ずは、王国の一部であるドメルラッフ公領を横断する』
『そこって前に小競り合いがあった場所っすよね』
『あぁ。そこで戦没者の慰霊祭に参加するんだ。だから必ず立ち寄る。立ち寄らないといけない。マリアがいるから尚更な』
そこである事件が起きる──
マリアに手を握られてドギマギとした日の話だ。
「勇者様、聖都に向かう前にこちらへ立ち寄ります」
「は、はい。分かり…ました。長閑な畑が広がっている綺麗な場所ですね。僕はこういう景色が大好きです。って、あそこに人だかりが出来てる。珍しいものでも見つけたんでしょうか」
シスター・マリアは無邪気な顔の勇者に息を呑んだ。
彼は隠れて住んでいたから、あまり世間を知らない。
だったら、今何が起きているのかさえ知らない。
「そう…ですよね。何処で何が起きたのかも…。私が…話さないと…」
マリアはアークの前に行き、彼の手を握った。
勇者アークは一瞬、目を剥き、目が点になり、そのうち泳ぎ出した。
「あ、あの。マリアさん…。突然…、——‼ど、ど、ど、どうされたのですか。どこか痛かったですか?それとも僕があまりにも情けなくて?」
彼女はアークの手を握って、涙を零した。
だから初めてマリアの手を握ったことも忘れて、心から焦った。
何が良くなかったのか。なんで、彼女を泣かせてしまったのか。
この時はよく分からなかった。
緊張していたのもあるし、今までの道中は彼女に対して申し訳なさも感じていたし、とにかく必死で今どこに居るのかさえ分かっていなかった。
っていうか、自分の父親が死んだ場所を知らなかったんだ。
「貴方のお父様はここで立派に戦ったと聞いています。貴方の居場所を知られまいと起こした陽動でした。そこで…、立派に役目を果たされました」
「父さんが…、ここで?そっか、こんな遠くで…」
勿論、自分の為に戦った父親を悲しくは思った。
だけど正直言うと…。今、思うとどうかと思う。
自分が逃がした魔物のせいではなかったと、少しの安堵があったんだ。
「でも…、ゴメンなさい。私たちは何も…できずに…」
「マリア様は僕と同い年です。だからマリア様のせいではありません。僕は勇者として隠れ住むしかなかったし、僕だって同じです。僕は大丈夫です。だから…」
実感のない父の死、本当の意味の大丈夫だったのかもしれない。
それを彼女は…
「やっぱり勇者様はお強いですね。それにとてもお優しい。魔物に優しすぎるのは、どうかと思いますけどね!」
強いとか、優しいだとか。
女神の寵愛と言われても、全然ピンと来なかったし、自分が勇者でいいのかって思ったり。
慰霊祭には多くの人間が集まっていた。
みんな、俺の前で一礼して帰っていく。
死んだのは俺の父だけではないのに、皆が俺の前で礼をする。
どういう顔をしたらよいか分からない中、事件は起こった。
「おい‼お前、ここにあった荷物はどこへやった?」
「え?自分は今ここに来たばかりで…」
後ろの方から聞こえた怒鳴り声、振り返ると帽子を被った誰かが逃げていく姿が見えた。
ぼんやり彼の行方を眺めていると、兵士の一人が俺のところにやってきた。
いや、マリアのとこだっけ。
「マリア様、勇者様。…申し訳ありません。荷物が盗まれてしまいました。」
「え…。私たちの荷物…。私のは良いですが勇者様にお渡しした剣も…。聖都に戻れば同じものを用意できると思いますが…」
ここで俺はあの剣が、由緒正しい剣だと知った。
そして、事件はこれでは終わらなかった。
「待って‼私たちの荷物もないじゃない。あの中には大事な…」
「おい。兵士さん、どうなっているんだ‼」
つまり、俺達のだけじゃなくて、他の参列者の荷物も一緒に盗まれていた。
結局、慰霊祭は中途半端な形で終了してしまい、俺はこの気まずい空間とおさらば、…じゃなくて、逃げていった犯人の特徴を僧兵と軍兵に報告することにしたんだ。
「成程。流石は勇者様ですな。それに…、その男には心当たりがあります」
そう言ったのは、僧兵ではなく軍兵の方だった。
彼はこの辺りでは有名な盗賊の一人、そしてその名が…
「レプトンの仕業に決まっている。よりにもよって勇者様の荷物に手を出すなんて…、あのバカが…。至急、手配を致します」
「はい。よろしくお願いします。それでは勇者様…」
剣は貴重だが、教皇を待たせるわけにはいかない。
マリアの主張は間違いなく正しいもの、だけど俺は…
なんでだっけ。
まだ、聖都の大聖堂には行きたいって気持ちがあったのと…
思い出した。なんだかおもしろそうって思って…
「ねぇ、マリア様。僕たちも協力しませんか?」
「え?もしかして大切なものが入っていたのですか?」
「ううん。入ってないよ。勿論、お金は入ってたけど」
「それなら…。それに魔物絡みでなければ女神の恩寵も…」
そう、これは意味のないこと。
とても非効率なこと。
だけど、当時の俺は小物モンスターから得られる小さな小さな恩寵に実感が無かったから、こう答えた。
多分、勇者の意味を分かっていなかったんだ、と思う。
それに大聖堂に行きたくないって気持ちも…、どこかであったのかもしれない。
だって、自分にはあまりにも不釣り合いだって思ってたから
「えっと、人助けが勇者の仕事じゃないんですか?これも人助け、ですよね?」
そういえば、この時のマリアの顔は今でも印象に残っている。
目を見開いて、茫然として、何度もポカポカと自分の頭を叩いて。
それでこう言った。
「そうですよ‼私たちは人助けをするべきなんです‼」
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