第13話 スライムは魔王を騙る
ソルト山地に向かう勇者。
その道中は小物モンスターとの戦いに明け暮れる。
何せ、ここのモンスターはグリーンスライムと大ネズミと大ウサギ。
偶にアンデッドッグも姿を見せるが、アンデッドという都合上、多くは存在できない。
繁殖能力に勝る大ネズミと大ウサギとスライムからの一斉攻撃が殆どだ。
「なるほど。あの剣が厄介なわけっすね。それを見る為にわざわざここに来た、と」
「あの剣は勇者が持たないと真価が発揮されない。魔物たちの魂を断ち切る破魔の力だよ。いきなり持ってるなんて、マジでチート過ぎだ」
注意喚起はしていたつもりだが、あの剣は勇者アークが初めて見つけたもの。
そしてアークの時代は失われてしまったから、魔物たちは半信半疑だったらしい。
あのアークデーモンもその中の一人だ。
「自業自得っすよ。グリーンスライムの言っていることを信じられるかー、なんて言ってるからー」
「いや。それ自体は真っ当な考えだと思う。俺もスライムとちゃんと会話できたことないし」
だが、グリーンスライムだ。
強いて言うなら、黒い角がちょんと生えているから、その部分はアークスライムかもしれない。
「それにしても、オズは勇者が魔物を見破る力があるって知ってたんすね」
「いや。看破するっていうか…」
どうだったっけ。
「魔物の考えていることが、なんとなく分かるくらいだったかな…」
「なーんすか、その歯切れの悪い言い方」
思い出そうとしても、何故か明確には思い出せない。
だけど何かがあったから、魔物に対して強い悪感情を抱けなかった。
そして、はっきり覚えていることがある。
ある事件以降、魔物の声を聞こうともしなくなった。
「いや、なんでもない。とにかく不自然な行動はとらない方が良いってこと。それにアイツは魔物に対して容赦ないって感じだった…。ミアキャットの件もモルリアの人間が多かったから、仕方なく許したって感じだったし。」
ドメルラッフ平原の戦いが数年ズレていた。
元々、それ以前から歴史は変わっているのだから、そうなっていてもおかしくない。
「アルバートは父親の愛、村民の愛を十分に注がれて育った。その結果、ドメルラッフ平原の戦いが魔物に対する感情をかなり悪いものに変えてしまった」
勇者アークにあった魔物憎しの感情は、自分が逃がしたネズミが父を殺したかもしれないという罪悪感と、夫を失った母の悲しみを全部魔物のせいにしたかったから。
自分勝手で曖昧な憎しみ。だけど、アルバートの場合は直接的なもの。
村の家族を殺されたという憎しみ。
「さっきから何をブツブツ言ってんすか。人間が魔物を嫌うのは本能っすよ」
「でも、モルリアでは上手くやってる」
「あれは単に利害の一致っすよ。利益がなくなったらそれでおしまい。あの勇者が言っているのも間違いじゃないっす」
利害の一致、今はそれでも良い気がする。
だけど、あの勇者は聞く耳を持つかどうか。
いや、そもそも。人間とは魔物を嫌うように出来ているのだろうか。
魔物になったから、そう思うようになったのかもしれない。
結局、あの頃と同じで自分勝手な気持ちかもしれない。
「って、またブツブツと。それで…、これからどうするんすか。勇者誕生をモーラとライデンに報告するとして…」
「冷酷な勇者…。だけど、それが人間の本能…か。」
「そうっすよ。とりあえず、ウチたちの運命は魔王様の覚醒に架かってるっす。このまま行ったら、オズの伝説をまた繰り返してしまうっすよ。……っていうか、なんでオズって名乗ってるんすか?」
問題はどちらの味方をするか、だった。
魔物である以上は、魔物の味方をするべきなのだけれど、まだ勇者アークの感情が残っている。
「今は手はないけど…」
感触だって残っている。あの魔王アングルブーザーのコアを貫いた感触が残っている。
皆が笑って暮らせる世界を作るまであと一歩、…いや、それは達成されたんだ。
だけど、邪神エリスが出張ってきて、時間を巻き戻されて、スライムに転生させられて…
「今は手がないんすか?全くもう…。困るっすよ。ソルト山地の魔物の責任者についでにならされたんすよー」
「は?そうなの?なんで早く言ってくれないの?」
「っていうか、聞いてなかったんすか?あー、そういえば。あの時オズは一人で勝手にピョンピョン先に行ってたような…。ま、指示はオズに任せるってモーラちんが言ってたんで、ウチはこのままでもいいんすけどね」
「モーラが俺に?」
そういえば、どうしてモーラは好き勝手やらせてくれるのだろう。
確かに意志を持つグリーンスライムは珍しい。
だから、死なせないようにミーアを護衛につけてくれている。
実際に俺は単独で突っ込んで、モーラとミーアに命を救われている。
なんで?
——つまりある意味、魔王様に一番近い存在なの。なんとなく理解できるでしょ?
そして、その言葉を思い出した。
寒気がするような、めまいがするような、だけどスライムだからブルブルと震えるだけ。
「あ、あ、あのさ」
モーラはスライムが魔王に一番近い存在と言った。
そして、なんとなく理解できるでしょ?と言った。
「なんすか。ブルブル震え過ぎっスよ。ただでさえ水が抜けてグズグズなのに。」
なんだかんだ言うが、彼女もそうだ。
シレっと人間用の服を持ってくれている。
ただのグリーンスライムに対して、こんなことする?
意志を持つ珍しい存在だからって理由だけで?
「モーラって俺のこと、どう思っているのかな…」
今更だけど、今更気が付いてしまった。
「うーん。スライムには雌雄がないっすからねー」
「って‼そっちじゃなくて‼」
あまりに特別扱いが過ぎる。ミーアだってさっきのアークデーモンが殺された時、微動だにしなかった。
絶対に絶対に…
「うーん。おそらくっすけど、…未だに目覚めぬ魔王様の意志がスライムに宿ってるって思ってそうっすよね?」
そこに辿り着いてしまう。
「う…、やっぱり…、そう…なんだ…」
「それはそうっすよ。グリーンスライムなのに壊れない意志を持って、しかも勇者に固執する姿はどうみても…魔王様の意志って感じっす」
俺を魔王と思っていたのは、人間たちだけじゃなかった。
もしくは人間がそう思い込んでいるから、魔物たちも影響を受けたのかもしれない。
そして、ここで
「でも、ウチは違うっすね…」
あれ、やっぱりそんなことはなかったかもしれない。
思っているのはモーラだけって可能性は確かにある。
だって、さっきのアークデーモンも信じてなかった感じだし、
ミーアはモーラに頼まれただけだ。
「あ…、なんだ良かった。ミーアは違うんだな。そうなんだよ。」
「そうっす。ウチは気付いてるっす」
え…、気付いている?何を?もしかして俺が…
「ウチはオズが魔王様本体だと思ってるっす‼どうなんすか?こっちが正解っすよね?」
って‼この子はもっと尊大な勘違いをしてた‼
まだ、魔王の意志がスライムに宿ってる方が納得がいく。
「流石にそれはないだろ‼ほら、どうみてもグリーンスライム‼」
「っすよねー。だから言い出せずにいるんすよね‼わざわざオズって違う名前を名乗って」
この子、そういう意味でも凄い。
魔王本体と思いながら、スライム缶を作って遊んでいたんだし。
でも、本当に宜しくない。だって魔王はとんでもない力を持っている。
もしも目覚めた時に、魔王の名を騙ったスライムの存在を知ったとしたら、永遠に苦しませる何かをやってきそう。
アイツはそれくらいの力を持ってた。
だって、第三形態はそれほどに…
「俺のどこをどう見たら、魔王アングルブーザーに見えるんだよ」
すると、ミーアはキョトンと首を傾げた。
そういえば彼女が猫の姿に戻っているのを一度も見ていないが、それも何か関係あるのだろうか。
……なんて疑問がどうでもよくなることを、人型になった猫娘は言った。
「アングルブーザー様、魔王様のお姿って?ウチ、見たことないから知らないっす。だって二千年も前に封印されて、漸く目覚めたってことしか分からないっすもん」
「え?何を意味不明なことを。だって、目覚めたってことは誰かが見たってことだろ?もしくは魔王様が連絡を寄越したとか…」
そして、またキョトン。
何がなんだか分からない。どうしてグリーンスライムとあの魔王の区別がつかないのか。
「魔王様が目覚めると、ウチたちの魔力が高まっていくっす。それで目覚めたって分かるんす。極夜地帯の奥地って行くの大変そうだし。この辺の魔物はみんなそうだと思うっすよ」
魔王が目覚めると魔物の力が上がる。それは今までの話でもそうだった。
そして、確かに極夜地帯はここから遥か遠く。
ウェストプロアリス大陸の南東、ポートアミーゴから船で数日。
更にそこから惑いの森を迂回するか、直行するかして、北上しなければならない。
更に、そこには常人には踏破不可能レベルのプロエリス山脈が存在している。
それを越えて、漸く極夜地帯へと足を踏み入れることが出来る。
「たし…かに…。ここからあそこに行くの、大変そうだな」
「ほら‼そういうとこっす‼」
「はぅ‼」
よく考えなくても、魔王が封印されている大地は世界の反対側って知っていた筈だ。
グリーンスライムでは行くのは困難、っていうか普通は行こうとも思わない。
しかも二千年前に封印されたのだから、世代交代が早い動物系は間違いなく知らない。
付け加えると、封印された後の魔族は思考能力も低下する、らしい。
近づくと危険だが、人類の脅威にはならないレベルだ。
「大丈夫っすよ。ウチは口がかたいっすから。魔王様が間違ってグリーンスライムで目覚めちゃったってこと、内緒にしておくっすから」
とか言いながら、二股の尻尾が楽しそうに踊っている。
どうにかしないと、本当にまずい。
でも、どうやって否定を……
だが、ここでスライム脳に電流が走った。
「いや。惜しい。惜しいけど違うぞ。」
「ええー。そうなんすかー?」
「あぁ。だって、最近魔王に近づいた魔族を俺は一人知っている」
そう、この色素スライムはどこで手に入れたと思っている。
俺が行ったわけではないんだけど。
それに魔王ではないことを証明したところでマイナスにはならないのだけれど、オズは必死だった。魔王の姿は今でも思い出せるのに、目の前の魔物はそれを知らないという。その事実をどうにかしないといけないと思ってしまった。
この気持ちこそが、やっぱり自分は勇者であり、魔王ではないという証明だと、自分に言い聞かせる。
「そっか。アイツは魔王様のところに行ったんだっけ。じゃあ、ウチもモヤモヤするからアイツのとこに行こうよ。オズの口から言ってよね。魔物を平気で殺す冷淡な勇者の誕生を知らせないといけないんだから‼」
どうにか魔王疑惑を晴らすキッカケを思いついた矢先の言葉だった。
──ねぇ、貴方は魔物を殺して平気なの?
そこで黒い角のグリーンスライムは声を、氷のようにカチカチに固まってしまう。
「ん。どうしたのよ。魔王じゃない証明をしてくれるんでしょ、グリーンスライム君。」
そして、ミーアの言葉遣いが急変した。
これでも優しい方だろう。彼女がグリーンスライムと対話しているところなんて見たことが無い。
だけど、本当にグリーンスライムと確定してしまったら、彼女はあのアークデーモンのように見向きもしなくなるだろう。
モーラだってどうなるか分からない。
カチカチに固まったゲル、いやゾルの頭の中が彼女の言葉でいっぱいになる。
「ダメ…だ。そんなのダメだ」
「はぁ?何がダメなのよ。どうせモーラのとこには行かないといけないんだから。そのついでにライデンに聞くだけでしょ」
今の勇者では彼女を、アシュリーを救えない。
今、ただのグリーンスライムと認定されてしまったら、勇者の考え方を変えることが出来ない。
それどころか、スライムの足では去っていった勇者に追いつけない。
待っていたら、故郷に戻ってくるだろう。
だけど、それは彼女が死んだあとかもしれないし、勇者アークはそうだった。
ダメだ。今の俺には権力が必要だ。少なくとも、アイツをもっと魔物に優しい性格に変えるまでは。
だったら、選ぶ道はただ一つ。
「それだけはやめてくれ。魔王の俺が間違えてグリーンスライムになったとバレてしまう。」
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