第12話 素晴らしき勇者の初戦闘

 勇者が16歳になった日に旅立つのは、聖典で決められたこと。

 幼い日に旅立っても、直ぐに魔物に殺されてしまうからという理由だったと思う。 

 聖典で決められる前は、幼くして旅立った者もいるかもしれない。

 例えば、人間の記録に残らず、魔物の記録に残るオズのように。


 だけど、今回は時間が巻き戻っただけだから、ぴったり16歳での旅立ち。


 オズは何処にでもいる商人の姿で歯ぎしりをする。

 作り物の歯だし、支えているのはゲルだから、ぐらぐらで大した音はしなかったけれど、その気持ちは本物だった。

 こんなにも悔しい、腹立たしい。逃げ出したい。死にたい。現実逃避したい。

 怒りに身を任せても、この体は勇者の前にあっさりと蒸発してしまう。

 苦しまずに死ねそうだが、自分の体を乗っ取った誰かに殺されるというのは、あまりにも屈辱的だ。


 それにオズにはやるべきことがある。

 時間が巻き戻ったからこそ出来ること。


 即ち、アシュリーを死なせないこと


 それが出来るのは残念ながら勇者だけ、彼女を助けられるのは勇者しかいない。


 だから、魔物の仲間にも嘘を吐かなければならない。


『今なら殺せるんじゃないですか、ご主人様』

『止めておけ。それに確か…』


 勇者は村の入り口に出たところで立ち尽くしていた。

 そして感情がないまぜのオズは、確かに勇者アルファードの言葉を聞いた。


「マリア。これは…どういう…」

「勇者様の御尊顔を一目見ようと、全国から集まってしまわれたみたいです…」


 その言葉にオズは自身の耳を疑った。勿論、偽物の耳だからというわけではなく。

 ただ、アルフォードの言った内容におかしなところはない。

 だって、儀式の都合上、勇者は教会の地下で一晩過ごす決まりとなっている。

 知らなかったとしても、無理はない。


 でも、これは由々しき事態だ。


『マリアを最初から呼び捨てている……だと⁉』

『はい?オズ、何を言ってるニャン?』

『だっておかしいだろ‼勇者はここで初めて年頃の女、しかもあんな生地の薄いシスター服の美少女と出会うんだぞ⁉自分の母親とおばさんとおばあちゃんしかいないにも拘わらず、だ‼』

『は、はにゃ?若いメスに会って、欲情する筈ってことにゃ?』

『よく…じょう…?そ、そ、そ、そんな感情じゃない。じゅ、純粋に緊張していただけ…だし…』


 現在は雌雄を持たないスライムだ。そして魔物は基本的に感情に忠実だ。

 だから、過去の自分の行動の意味を冷静に分析できてしまう。

 そうだ。その通りだ。あの時、儀式用の薄手のシスター服の美少女に欲情していた。

 だって、16歳の男の子だし。


「あー、そっか。俺、有名だから集まっちゃったか。ってか、俺に気を使わなくていいぞ、マリア」

「え、あの。でも…」

「これからずーっと一緒にいるんだ。だから、勇者様。なんて呼び方はなし。アルって気軽に呼んでくれ」


 なんだ、こいつ‼確かに俺は童貞勇者だったかもしれない。

 だけど、俺のマリアに気軽に触るな‼巫女さんは神聖なものなんだぞ‼

 魔王を倒した後に、もっと距離を詰めようと思ってたんだ。

 それをこいつ……


 縮こまったシスターの肩をポンポンと気軽に触る勇者にゲルが沸騰寸前のオズ。

 魔物用の言葉で会話できる内容ではないので、流石に震えるだけに留めてはいたが。

 しっかりと魔物用の会話も用意していた。


『だーっはっは。女神アリスめ、ぬかったな。それは完全に人選ミスだ。あんな不真面目そうな奴が真面目に冒険をするわけがない』

『それはどういうことでしょうか。っていうかその喋り方は何なんすか?』

『ふ。やはり人間のことは俺の方が詳しいようだな。だったら教えてしんぜよう。アレは勇者の肩書きを利用しようとする、ただのチャラ男だ。おおかた、モルリア諸侯連合領のポートアミーゴ辺りで冒険に飽きる』


 実際、ポートアミーゴは人間目線ではお洒落な街で、ここで一生遊んで暮らせたらな、と思えるほど娯楽が充実している。

 因みにミアキャットだけでなく、他の魔物も普通に暮らしている街だ。

 冒険なんて止めて、ここで暮らしたいと勇者時代思っていたし、そこから先、海を越えた先は魔物も強いし、人間の街はさびれているしで…


「勇者様‼どちらへ⁉」

「勇者様じゃなくて、アル。まぁ、慣れないうちはアルバート・・・・・さん、くらいでいいけど。ってか魔物だよ、魔物」


 アルバート…?


 と、首を傾げた時、野次馬たちがそわそわとし始めた。


「みんな、危ないから下がってて。勇者アルバート様の初仕事だ。マリアもそこで見てて」

『オズ。もしかして…』

『あぁ。でも、見ている方向が違う。んで、今は静かに…』


 勇者が歩くと、野次馬たちは道を空けた。

 そして、オズとミーアともう一人の幹部も道を空ける。

 彼の視線の先、かなり遠いが小物モンスターたちがいた。

 彼らが集まった人々を狙っていたのか、それとも勇者を襲おうと思っていたかは分からない。

 だけど、出会ってしまった以上、彼らは勇者に狙いを定める。


「人食い大ネズミは一匹見つけたら、三十匹はいると思え…」

「え、それは?」

「ノートンさんからの教えだ。まずは……一匹‼」


 やっぱり小物モンスターに名前をつけなくて正解だった。

 あっさりと勇者の剣の錆となって消えていく。

 その後、魔王の力を借りて復活するのだろうけれど。


「おおおおお‼」

「勇者様の一撃目は人食い大ネズミだぁぁ‼」


 衆目の中で行われた、初めての戦闘。

 その様子にオズはやはり驚愕していた。


「あぁ、ちょっと待って。まだまだいるから。トリホーンラビット、こいつはオスだな。角大ウサギは一匹見つけたら二十匹はいると思え、因みにこれはバリさんの教えだ」


 次々に斃される魔物たち。

 因みに、まだ背中に背負った神の剣は使っていない。

 普通の兵士が使うショートソードだ。


 こいつ…、なんなんだよ。俺は最初の戦闘でビビってたのに…、最初はマリアが手本を見せてくれて…


「マリア、こっち。んで、これが一番重要だ」


 勇者が手招きをして若いシスターを呼ぶ。そこでも彼は神剣には触れない。

 その代わりに手にしたのは大木づちだった。


「スライムは…、一匹見たら魔王だと思え。そして完全消滅するまで叩き続けろ」

「魔王……ですか?」

「あぁ。父さんからの教えだ。俺は止めたのに…、馬鹿親父が……」

「そう…でした…ね。お父様が時間をくださったのですね。そのお蔭でアルバート様は戦う術を学べた」

「まぁ、ちょっと違うけど、…いや、似たようなもんかな。だから、俺はスライムを見かけたら全部ぶっ殺すって決めてんだ」


 ここで漸くオズは気付く。

 いや、こればかりは流石に自分のミスだ。

 毎回毎回、コマ切れにされて、修復に時間を取られたから、時間感覚が分からなかった。


『そういうことか。父親も死に際に嘘の名前を言う程の徹底ぶり…』


 つまり、この勇者アルバートとやらは、勇者アークのように隠れ住んでいたのではなく、武装されたミネア村で鍛錬に励んでいたのだ。

 もしかすると、母や近所のおばさんたち以外にも交流があったのかもしれない。


『旅立ちの段階から強い…』

『でも、ウチたちも時間が必要だったのは事実だし、仕方ないんじゃないっすか?』

『それはそうなんだけど…』


 って、言うしかない。

 オズの目的の為に、勇者には旅立ってもらわなければならないのだから。

 そして、その時だった。


「おい、お前」


 ビシッと音が聞こえるほどの勢いで、勇者がとある人物を指差した。

 その人物こそが…


「え、ウチ…ですか?」

「そうだ。そしてお前だ」

「わ、私、ですか。お、お見事な戦いぶりでした…」


 クソ。俺たちを指名した。まさか…


 スライムの中には体内時計が入っていないらしく、本当に時間の感覚が分からない。

 だから、考えようによってはついさっきの自分の姿に見える。

 勿論、その時よりも三年ばかり若返っている姿だけれど。


「お前だったな。さっき、勇者様の一撃目は人食い大ネズミだって言ったやつ」

「え…、いや。私では…」

「ウチも言ってません」

「あ、そうか。まぁ、いい。ここに居る全員。俺の最初の一撃はスライム、だ。そっちってことにしてくれ」

「そ、それを言ったのは私です。しっかりと国に帰って知らしめます。」

「あぁ、お前だったか。頼んだよ。…魔王がスライムに化けているとは思えないけど、一応父の言葉だし」


 どうやら違う意味で指を差されたらしい。

 だが、ホッと胸を撫でおろしていると、勇者は去り際にこう言った。


「オッサン。モルリアの商人だろ。今は見逃してやるけど、魔物とつるむんじゃあねぇよ」

「……き、肝に銘じておきます」


 そこで立ち去るものだから、後ろを歩くマリアと目が合ってしまった。

 変わらないマリア。だけど戸惑いの目の中に軽蔑の色がほんの少し。


「勇者様。どういうことなんですか?」

「どうって。モルリア諸侯連合は商人の街。港も近くて、日焼けした人間が多い。んで、魔物を従えているモノ好きもいる。あぁ、そっか。流石に教会じゃこんなこと教えて貰えないか。」

「すごいです。勇者様は物知りなんですね」

「い、いや。あれだよ。缶詰状態で座学を叩きこまれたんだ。俺は早く旅に出たかったんだけどな」


 正体は見破れなかったものの、大正解だった。

 今は浅黒い肌しか調合が出来ていないから、日焼けした地域の人間に化けることにした。

 大陸は東西に二つあるが、北寄りの中央に大きな島がある。

 氷山と火山、そして龍の島、ドラグーン島がそれであり、中央および北側の航路の開発は困難だった。

 だから、南ルート沿いの街が発展している。

 南は温暖な気候で商船を使ったビジネスが活発で、日焼けした人間や褐色の肌の人間が多く住む。

 しかも、万が一ミーアが魔物とバレても、あの地域の豪商ならミアキャットの一体か二体連れているから、誤魔化しがきく。


『座学も完璧、か』

『そうっすか?あれくらい知ってて当然じゃないです?ウチもバレる前提でしたし』


 それがそうでもないところが、何とも言えない悔しさに繋がる。

 環境が違うから?それとも中身が違うから?

 確かめようはないけれど、それが出来なかった元勇者がここにいるのだ。


『ミーア。いつまでそんなやつとつるんでいる。これは紛れもなくチャンスだぞ』


 だが、そんな素晴らしき勇者も、今はまだヒヨコも同然。

 幹部が来ていたのはその為だったらしい。


『確かに‼オズ、今な……って、何をするんですか‼』

『いいから‼静かにしろ‼』


 オズはそう言って、ミーアの後頭部を掴んで、そのまま下に押し込んだ。

 そして、自らも頭を下げる。


『チッ。やはりただの臆病者ではないか。どうしてあんな…』


 アークデーモンだろうと思う。

 彼はウラヌ王国の貴族に化けていた。


「いやはや、お見事です。勇者殿。その旅立ちに立ち敢えて私はとても感動しています」


 このブーツ半島はウラヌ王国が管理する土地だから、王国貴族が見物に来てもおかしくはない。


 だけど、もしも勇者アルバートが、全ての面で勇者アークを上回っていたとしたら…


「え?あ、あぁ。有難う御座います。」

「このような立派な御方が徒歩で王都に向かうようなことをさせてはなりません」

「あ、あの。それが決まりですので…」


 そう、歩いていくのが聖典での決め事。

 だけど、こんな貴族が現れても不思議ではない。

 だって、彼は有名人なのだ。


「あれほどまでにお強いのです。直ぐにでも…」

「こ、困ります。これは猊下からの御指示で」

「道の途中ではありませんか。全く。先に陛下と謁見をすべき……」

「マリア‼下がれ‼」


 その瞬間、スライムの体がぶるっと揺れた。


「え…、アル…バート…様。何を…」

「はぁはぁ、危なかった。マリアもよく見ておけ。これが……」


 スライムの振動から数秒遅れて、人々が悲鳴を上げ始める。

 それでもオズはミーアを押さえたまま、顔を上げない。

 上げてはいけない。


「く……そ……。お前はまだ…弱い…のに……、そ、その剣……、それほどに……」

『ミーア、何も考えるな。心を無にしろ』

『え?何も考えるなって…ことっすか?』


 見なくても分かった。

 勇者が貴族に化けたアークデーモンを、神の御業の光剣で斬った。

 それだけ…


「あ、悪魔だ。悪魔が人間に化けていたんだ…」

「流石は勇者様。私たちは全然気付かったのに…」


 やはり全てにおいて上を行くのか。

 それなら

 もしかすると

 彼なら


 あの子を死なさずに世界を…


「皆さん。お静かに。…このように魔族は人間の形をしている場合もあります。とはいえ、心当たりがある方もチラホラいるようですが。そいつらは必ず裏切ります。」


 見られている。

 だが実は、他にも似たような状況の人間は居る。

 ブーツ半島はモルリア地区からなら、西回りの船で来ることが出来る。

 だから、紛れることが容易だったのだけれど。


「まぁ、今のところは見逃しますけれど。彼のようにしっかり手懐けている者もいるみたいだし」


 皆がオズの真似をして、使い魔に頭を下げさせる。

 つまりオズの行動が正解だったということだ。


「それじゃ、マリア。行こうか。」

「はい。私、嬉しいです。こんなに凄い方が勇者様で‼」

「だーかーらー。アルバートな」

「はい。アルバート様‼あ、直ぐにヒール致します。私ったら、自分のことで精いっぱいで…」

「ありがと、マリア。これからも末永くよろしくな」


 このままくっついちまえやら、よ!ご両人!やら、下品な歓声も上がったが、大半の人間は素晴らしき勇者の誕生を純粋に喜んだ。


 お株を奪われたどころか、記録の残らない元勇者は、そんな二人が消えるまで静かに佇んでいた。

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