第11話 旅立ちの儀式

「どういうつもり?それからどういうことか説明してくれるかしら?」


 上官モーラは怒っているわけではない。

 だけど、怒った顔で聞いてくる。


「前からスライムの形態ってうまく行かないなって思ってて…」

「確かに人型になりたいって言ってたもんね。それで超合金ごっこをしてたにゃん」

「だが、先ほどのスライムは一匹も減っていなかったように見えた。私が連れてきたのだから間違いない。」


 彼女は本当に意味が分からないから、聞いている。

 人型になると、メリットが多いのは事実だ。

 ミアキャットのミーアが出張っているのが、証拠の一つ。

 人間と戦う以上、人間になりすませる特技は非常に有効となる。


「えっと。見てもらった方が早い…かな」

「見たら分かることなのかにゃん?」

「って、何をしているの⁉」


 銀髪ミーアの言葉にオズは頷いて、口から噴水のように水を吐きだした。

 モーラが目を点にしているのも構わず、スライムは溜め込んだ水をドンドン吐き出す。

 そして。


「ほら、こんな感じ。ある意味で融合したし、融合はしていない。」


 いつものグリーンスライムになってしまった。

 強いて言うなら、何故かちょこんと黒い角が体から生えている。


「全然分かんないっすよー。その部分が融合したってことっす?」


 彼の言葉に従うなら、それが正解だ。だが、それでもグリーンスライムはフルフルと首を振った。


「正確には融合していない。ライデン将軍がどこから綺麗なスライムを連れてきたかはさておき、融合は危険だと感じた。」

「危険?」

「ほら、モーラが俺を優遇してくれてるのって、グリーンスライムにしては意志を持っているから、だろ?」

「一応、そういうことになっているな。」

「一応?」

「なんでもない。続けてくれ」

「あ、あぁ。皆が言ってたスライムは魔王の体から生み出されるっての、正解だったんだ。だから、生まれたてのスライムはヤバい。俺の感情が掻き消されるほどの怨嗟の気持ちを孕んでいた。ほら、個性がなくなっちゃったら、俺の価値ってなくなるだろ?」

「そうだな」


 そこは明確に頷くモーラ。オズは特に気にせずに続ける。


「だから、包んでる。スライムたちにはちょっとずつ体を分けて貰って、それを交わらないようにして包んでる。全部の色を一緒に集めているから、今は黒色みたいだけど」

「成程、全然分からない。私はスライムではないからな。それによく分かったな。アレは生まれたてのスライムだ」

「ライデンは黙ってて。で、オズはその生まれたてのスライムから色だけを貰ったってことにゃん?」

「簡単に言えば、そういうことだな」

「そういうことって、アナタね。体が大きくならないから、スライムを呼んだんでしょう?」

「俺が呼んだわけじゃない。……でも、違う意味で助かった。っていうか、実は大きさについては大した問題じゃなかったんだ。今まで、うまく行かなかったのは色だったからな」

「だから、ウチはフルメタルプレート推しだったんすけどねー」

「まぁ、いいわ。水を含めば、いつでも大きくなれたってことね。でも、強さは変わらないわよ?」


 しかめっ面のモーラ、彼女は難しい顔をしているが、オズは再び水瓶に触手を突っ込んだ。

 すると、水風船のようにみるみる体が大きくなる。

 黒の触角から色素が流れ出て、衣服を纏った黒髪の青年が出来上がった。


「強さは関係ない、だろ?それが目的ならモーラは俺に興味を示さない筈だ」


 流石に勇者アークの姿にはならない。

 あくまで紛れる為だから、どこにでも居そうな青年。

 彼が漸く作れた人間の笑みをハーピーに向けると、彼女は頬を膨らませてこう言った。


「簡単に死なれたら困るの。守ってる私たちの身にもなりなさい。」


 そんなごもっともな指摘を受けていた時。

 洞窟の外がにわかに騒がしくなった。

 現在、この洞窟にはウェストプロアリス大陸の幹部三人が集まっている。

 外の見張りから、中にいると聞いたのか、小物系モンスターの足音が洞窟の中で反響し始めた。


 そして、ついに。


「ライデン将軍‼ソルト台地に怪しげな馬車が複数台、確認できました‼」

「複数台?だが、オズの話では」

「いや。現状を考えると何台かは護衛か、偽装だ。バレているって分かっているからな。ギリギリ間に合った。複数台居るなら、紛れ込むチャンスだ」


 勇者の冒険が始まる。

 オズはまだ自分の正体を明かしていない。

 そして、本当の目的はやっぱり口にすることが出来ない。


 それがこれから先…


 ——少しずつ、俺を苦しめていく。


     ◇


 第13節1990年代後半、っていうか1996年だ。

 16歳になった勇者に教皇ゼットは聖都ダイアナから使者を送る。

 時の女神の巫女であるシスター、マリア。


 彼女はミネア村に密かに到着し、先ずは村長に挨拶をする。


「時は来ました。そしてよくぞ勇者を育ててくれました。これより勇者アークは私と共に世界を救います。これは定められた道、光の女神アリスの子孫たる我らの責務。逃れることの出来ない運命です。」


 マリアの話によると、それは聖典に記された文言だ。

 そして、予め渡された文言を村長ババロがたどたどしくも読み上げる。


「承知しております。これが我らの使命です。勇者は壮健に、そして逞しく育ちました。この時をどれだけ待ったことでしょうか。これからも我らは勇者を支え、女神アリスの教えに従うことを誓います」


 巫女、マリアはそこで一礼し、跪く勇者の肩に手を当てる。

 そこで勇者は漸く顔を上げる。

 そして、マリアの護衛に来ていた僧兵がマリアに剣を渡す。


「勇者様、つまらないものですがこちらをお受け取りください」


 とは言え、聖都ダイアナの名工に作らせた見事な剣。

 それを緊張しながら勇者は両手で受け取る。


「それでは参りましょう、勇者様。世界を救う旅路へ」


 村の明かりは全て消され、暗闇の中で儀式は行われることになっている。

 そして日が昇る前に、勇者とシスターはソルト山地へと歩き出す。

 馬車は使わない。自らの足で歩いていく。

 それも、聖典の教えに則ったものだ。


 ここまで来て、漸くマリアが愛らしい笑顔をくれる。


「私、ずっと楽しみにしてました‼」


 この村には年頃の女はいない。

 それは単に偶然に過ぎないのだが、それ故に勇者は美しいマリアの笑顔に顔を染める。


「それにしても勇者様って思っていたより体が細いのですね。最初、女の子かなって思いました。……あ、もしかして気にされてましたか?」

「え?……いや、この村から出たことがないから分からないけど、あれですか。もっとムキムキな方が良かった…とか?」

「いいえ。私はどちらかというと、今の勇者様の方が好みですよ。その綺麗な金の髪もとっても羨ましいです。」


 勇者アークはリリーの髪を受け継いだから、赤毛ではない。

 マリアはとても饒舌に喋り、勇者はずっと緊張したまま、髪の毛の話を言われても大した返事もできないまま。

 不安と緊張と初めて見る同世代の女の子に、どうして良いか分からない。


「勇者様、魔物ですよ‼」


 そして、朝日が昇る頃に小物モンスターに出くわしてしまう。

 転生した勇者には剣術の心得はなく、最初の魔物はシスター・マリアがロッドで退治する。


 ……我ながら、情けない始まりだった。


 勇者に転生したと言われた筈なのに、自分が本当に勇者なのかと実は疑っていた。

 結構長い間、疑っていたと思う。それに怖くて怖くて。

 少なくともドメルラッフ平原くらいまではビクビク、おどおどしていたと記憶している。


 なんで俺が、なんて思ったりもしていたよな…


「はぁ…、なんか緊張してきた」

「なんでですか。オズ様は勇者に関してはお詳しいのですよね。それに何かあったら私がいます……にゃん」


 オズとその侍従、戦闘力と真逆の立ち位置になっているのは、オズの方が人間を知っているから。

 その方が良いと提案したのはミーアだった。


「ミーア、くっつきすぎだ。侍従は侍従だ。人間も魔族も変わらないだろ。オズ、お前もお前だ。もっと貴族らしく振舞えないのか」


 そして実はもう一人、勇者の旅立ちを見守る魔族がいた。

 遠路はるばる海を越えて、ウェストプロアリス大陸の最西端までやってきた、魔族の一人。


「ウチたちは貴族じゃないにゃ。商人とその妾にゃ」

「な。確かそいつはスライムの筈。ならば、問題ない。問題ない。問題ない……」


 ネコ科のライデン将軍が特別だったわけではなく、ミーアは魔物界ではとても人気があるらしい。

 ミーアが参加することを聞きつけた人型の魔物が実は結構いる。

 そして、結構いても大丈夫なくらい。


『なんでこんなに人がいるんだよ。護衛だけじゃない人間も集まってないか?』

『そういうアンタだって、同じ口だろ。どう見ても僧侶にゃ見えねぇぜ』


 人間の姿に化けていても、中身の殆どは水で、人間の発声器官を模しているだけ。

 服もやろうと出来るが、集中力が必要なのと、色素スライムを何かの為に温存する為。つまり服の下はグリーンスライムのままだ。


 この方法なら前からも出来たんじゃないか?ミーアがアーマーゴーストの話を持ち出さなければ…


 なんて思ったりもするが、色素スライムが手に入ったなら別だ。

 フード付きのローブとか、全身包帯人間とか、全身を隠すとこんな人ごみに紛れることも出来ない。

 赤色スライムのお陰で口周りも再現出来ているから、何の違和感もなく他人と話が出来る。

 黄色と橙色スライムのお陰で浅黒いが、ヒトの肌を再現出来たから、顔も問題なく露出できる。

 決定的に難しい場所があるにはあるのだが、今は実物で補っている。勿論、作り物だけれど。


「フッ。人間が考えそうなことだ。人間を隠すなら人間だ」


 遥か東から来て頂いた優秀な魔族様は、スライムと人間の会話も聞き取れる。

 基本的に人型の魔物は人間の言葉を話せると考えた方が良い。

 そして彼の言ったことは不正解だ。

 今回の勇者様は居場所が特定されているから、野次馬が集まってしまっている。


「うるさいにゃ。黙っててにゃ。ね、ご主人様?」

「ご、ご主人様⁉そ、そんな関係…なのか…?」


 …思い出した。ミアキャットはモルリア諸侯連合の貴族の妾に化けていることが多い。確か、過去には王の妾に化けていたこともあるらしい。それでウラヌ国王は用心深く生きなければならなくなったとか。

 

「どうでもいいけど、その爪で俺をつつかないでくれよ。水風船みたいに弾けるから」

「大丈夫ですにゃ、ご主人様。水風船みたいに弾けるのは人間も同じですにゃ」


 ドメルラッフ平原の戦いで、ミーアはそれを実践しただけに、笑えないジョークにしか聞こえない。

 そんな笑えない会話をしている中、ついに旅立ちのイベントが始まる。

 勇者様だ、アルフォード様だ、なんと勇ましい姿、隣の人って巫女さん?めちゃくちゃ綺麗な人じゃん、野次馬たちからは歓声にも似た声が上がる。

 こら、まだ儀式は終わっていない。そこ、近づきすぎだ。神聖な巫女を変な目で見るな、こっちは聖都から送られた僧兵たち。


「村の中は真っ暗なのですね、ご主人様」

「逆だよ。村の外に松明が設置されているのがイレギュラーなんだ。ま、確かに儀式は村の中だけで行われるから、こっちは目を瞑ったんだろうな」


 スライムは暗闇でもそれなりに見えるらしい。色は失ってしまうけれど、村の中の作りも灰色だがなんとなく見える。

 自分が知っているよりも、村の中に人間がいるのが見える。

 自分が知っているよりも、建物の造りがしっかりしているのが見える。


 同じ世界線の出来事なのに、村の中が違う。


 同じ世界線の出来事なのに、外の様子が違う。


 太陽は同じ時刻に昇るのに、松明のせいで日の出を待たなくても外は明るい。


 時間が巻き戻っただけなのに、何もかもが異なる中。


『それでは参りましょう、勇者様。世界を救う旅路へ』


 何もかも違う世界で、同じ言葉を彼女は言う。


 聖典での決め事だから、と自分に言い聞かせることは出来るかもしれない。


 だけど、あの顔はマリアと全く同じ。


 そして、こうやって見るのは初めてだけど、勇者アークと同じ顔をした誰かが隣にいる。


『あぁ、行こう。父の敵、お世話になった村の人達の家族の敵を討つために。いや、魔物に家族を奪われた全ての人々の為にも、俺は一刻も早く魔王を討伐する』


 凛々しい顔、金色の髪、青水晶色の瞳、透き通るような肌の色、まつ毛の色、歯の色、その全てが同じ。


 どれもこれも、グリーンスライムにはないもので構成されているあの体は。


 アレは俺のものだ…


 こんな気持ちになることは分かっていた。


 そして、かつての己の姿を目の当たりにして、


 漸く俺は……


 ——全てを失ってしまったことを理解した。

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