第2章 勇者の旅立ち
第10話 やっぱり融合は嫌
人間たちの歴史ではドメルラッフ平原の戦いと記される戦いは、巻き戻る前にも起きたことだ。
そして規模は大きく異なる、と見せかけて実はあまり変わっていない。
前回は勇者を探させまいとした戦いだから、小規模な衝突が起きた程度で終わった。
では、今回は何の戦いだったか。
ミネア村に現れる、新種のグリーンスライムを魔王の何かだと見做した戦いだった。
そのグリーンスライムは執拗なまでに勇者の家族を狙うし、名前まで人語で喋る。
過去に類を見ない新種の登場と、聖剣の出現。
それらは即ち、アレが魔王かもしれない、という疑念を王国に齎した。
つまりあれは、ミネアの戦士たちの戦いを邪魔させないように集まった軍隊だった、ということ。
しかも、遠目に見るとそのスライムは完膚なきまでに叩き潰されている。
それを成し遂げたミネアの戦士が魔物に復讐される、そこまでがセットで、魔王の何かを撃退できたという戦いだった。
それ故、本軍では小競り合いしか起きず、スライム事件が終わった瞬間に人間たちは兵を退いた。
魔物たちも魔王の完全復活を待つ計画だった為、同じく兵を退かせた。
「だけど、この一点だけは全然違う。どうして聖剣が存在していたのか」
因みにそれに対するモーラ達の反応は。
「聖剣?何よ、それ。エンチャント武器って意味ではないのよね?」
「あー。もしかして剣を持って逃げてったのがそれっすか?でも聞いたことないっすよ」
オズがアークとして活躍した時代にしか登場しなかった、ということはこの時代の誰もが知らないということ。
しかも、アレは勇者が持たないと、真の力が発現しない。
だから、遠くで見ていたモーラには魔法が付与された剣にしか見えなかったそうだ。
東の大陸に渡って、エルフに話を聞いてみれば、その真相も分かるかもしれないけれど。
だが、今のオズは深刻な悩みを抱えている。言わなくて分かると思うが
「っていうか、またこんなに小さくなって。そろそろ自覚なさいな。頑張れば搔き集められた筈よ。」
思念体か魂か、粘々の液体に精神が宿っている。
加えて、斯くも上手く思念体が宿るゲルだけが残される。
実はそこには理由があった。
「汚い…気がして…」
「は⁉」
「あ、いや。だって、泥まみれでネズミにも踏まれたし。ウサギにも踏まれたし…」
「確かに。ウチが吐いた毛玉よりも圧倒的に汚いっす。ゲボか肥溜めを飲めって言ってるようなもんにゃん。ウチだったら死にたくなるかもだにゃん」
モーラは呆れた顔をしていたが、ミーアの言葉を聞いて文字通り鳥肌をたてた。
因みに、今のオズは運よくバケツのカケラに付着していた比較的キレいなゲロである。
「なんか、アンタの存在自体が気持ち悪くなってきた。でも、同族は普通にやっていることよ。そもそも食事だってその辺の草を捕食してるじゃない」
一歩以上、距離を取っておいて、よくもそんなことが言える。
だからオズは自信たっぷりにこう答えた。
「適当に草を捕食してないし。ちゃんと綺麗なのを選別して、それから水で洗ってから捕食してる。既に俺は魔王様の体液ではない、とも言える。だから、そんな汚物を見る目を向けるな。見ろ、この透き通ったジェルを。」
そんなどうでも良い会話が出来るのは、人間たちが元のルートに戻ったから。
未だにミネア村は完全武装らしいが、どうやら暫くは引き籠るつもりらしく、物資が運ばれているのを、モーラの部下が確認している。
「モーラ氏ぃぃ。お邪魔するでござる。」
今はミネア村の監視をする為に、ソルト山地に戻ってきている。
そこにある洞穴に、数度しか聞いたことのない男の声が響いた。
「言われた通り、スライムを数十匹連れてきまし……。はぅ‼ミーアさんもいらしたんですか‼」
「うん。いるけど、何?」
「い、いや。なんでも…ありません。きょ、今日も人型になられているんですね」
洞穴は基本的には真っ暗だ。
外からの明かりが僅かに入り込んでいるが、人間の目には真っ暗に見える。
だけど、魔物は僅かな光を捕えることが出来るらしく、オズの目には灰色の洞窟景色が広がっている。
ライデン将軍は外から入ってきたばかりなので、目が慣れていない。
その辺はやはり動物系の魔物と言ったところだろう。
で、彼はミーアを見つけてあたふたしている。
「あ、ネコ科だから惹かれ合っているのか…」
「惹かれ合ってないにゃ‼」
「でも、将軍だぞ?なんか分からないけど、偉い人なんだろ?」
「相変わらず、魔族のことは詳しくないのね。魔王様はまだお姿を現していないの。だから将軍職はあくまで暫定的なものよ」
…あ、そういえば。
そこでオズはかなりメタ的な納得をした。
ウラヌ王国国王から依頼された魔王軍の討伐で、赴いた魔物の巣窟の統領は間違いなくライデン将軍だった。
彼はウェストプロアリス大陸の西側を任された将軍で、彼を倒すことでブーツ半島、ソルト山地、ドメルラッフ地方、そしてウラヌ王国王都ステラ地方の魔物の動きが少なくなる。
そして、他の地域にも将軍はいるが、彼よりもずっと強い。
下手をすると、その地区の野良モンスターの方が強い。
あれは、暫定的な将軍だったからか。なんでこんな奴が将軍なんだと思った記憶がある。ってことは、ちょっと可哀そうなやつ?
「ドンマイだ、ライデン将軍‼」
「き、貴様に慰められる私ではない‼」
「はぁ…。何なのよ、このだらけた雰囲気は。オズ、さっきの話は忘れて、今すぐお見合いしなさい。今の大きさじゃ話にならないの。あの時、自分がどんな姿だったか分かっていないんでしょ?」
「そ、そうだった。おい、お前たち、こっちへ」
本当は現実逃避したかったから、ネコ科にちょっかいを出しただけだ。
スライム同士のお見合い、直ちに融合せよとモーラ様が言っている。
「う…。結局始まってしまうのか…」
モーラ様はライデン将軍を上官と呼んでいるが、貫禄で言えばずっと上。
魔王が覚醒した時、彼女はハーピーの中でも恐らく上位に属するのだろう。
死を運ぶ鳥女、即死系の魔法を使う彼女は神話に登場するほどの特級モンスターだ。
「当たり前よ。あと数年もすれば、勇者は魔王を目指して冒険を始めるの。オズになるって野望はどうしたのよ。それともただのグリーンスライムになりたいのかしら?」
ピキピキ、と空気に亀裂が入った気がするし、本当に入っている気がする。
オズだって分かっている。何度も彼女に救われた、その恩は計り知れない。
そんな彼女を裏切ったなら、どんな目に遭わされるか。
「わ、分かってるよ。ここまで来たら腹を括るしかない。と、と、とりあえずお見合い、よろしくお願いします…」
だが、ここでピキピキと亀裂の入った空間に、いやゲル状の体に電流が走ることになる。
【ライトニング】
「せっかくなので明かりを、とくとご覧あれ。私の人望で搔き集めたスライムたちを‼」
数十匹のスライムがコロコロと転がってきただけだが、オズはない筈の眼球を剥いた。
「へぇ…」
「ミーアさん、私、凄いでしょう」
彼の中で趣旨が変わっている。だが。
「ウチ、ちょっと見直したかも…。こんな綺麗なスライムが沢山いたんすね‼」
「うーむ。私を見直してくれましたか」
「いや、アンタじゃなくて、スライムを見直したんすけど…」
報われないライデン将軍はさておき、彼のセンスは見直すべきだろう。
そして、この将軍(仮)状態だからこその芸当でもあった。
スライムの出生の噂を知っているから、なんでわざわざ洞窟を光らせる、と思った。
だが、それにも意味があった。
「凄い。赤色、橙色、黄色、緑色、青色、藍色、紫色。その中間色までが綺麗に並んでいる。緑は俺と被ってるけど、スライムってこんなに種類がいたのか」
赤色、何から生まれたか想像しやすいし、実際に強敵だった。
黄色、何から生まれたか想像もしたくないが、実際に強毒だった。
緑色、自分の色。何から生まれたか、やはり想像したくないが、何故かノーマルタイプだ。
青系統に関しては、何から生まれたのか想像できないが、何かが混ざっているに違いない。
実際に紫のスライムは害悪でしかない存在だった。
「じゃ。後はアンタたちで話し合いなさい」
「うむ。若い子だけで楽しんじゃうっすよ」
「ミーアさん。あのスライムたちは私の人望で…」
そして、数十匹のスライムと洞窟の中。
スライムの楽園の完成…
「って、やっぱ融合したくないし‼あのさ、お前たちに意志ってないのか?嫌なら嫌って言った方がいいぞ」
そういえばスライムの声を聞いたことがない。
スライムに転生して見た時は、直ぐに飛び出していったし、それ以外も殆ど同じ。
こないだの戦いの前に大ネズミと大ウサギが連れてきたが、あの時も会話はしていない。
大ネズミと大ウサギは喜怒哀楽が分かると言ったが、それも怪しいものだ。
「……グリーンスライムが格下だから話したくないのかな?だったら尚更…」
他の色のスライムはグリーンスライムのようには行かない。
街に出現したら、軍隊が駆けつけるレベルの魔物だっている。
ただ、それを言ったら殆どの魔物が同じ。ハッキリ言って、小物系モンスター以外は凶悪だ。
そして神話レベルの上官から、命令されている以上、努力くらいはするべきだ。
だが、ここでオズの魂に鳥肌が立つ。
暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い辛い辛い辛い辛い辛い辛い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい滅ぼしたい滅ぼしたい滅ぼしたい滅ぼしたい滅ぼしたい滅ぼしたい苦しませたい苦しませたい苦しませたい苦しませたい苦しませたい死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ
オズは反射的に反対側の壁に張り付いてしまった。
そして、彼女の言葉を思い出してしまった。
「こんな綺麗なスライムが沢山いたんすね‼」
綺麗なスライムという言葉は、この場合は違う言葉に変換できる。
つまり、生まれたてのスライムのことだ。
「魔王の体から…、生まれたばかり…。将軍の地位を利用して集めてきた…」
因みに今更だが、魔物たちの会話は魔力を使って行われている。
だから口や喉が発達していない魔物も、植物系の魔物も、人型の魔物も会話が出来る。
人間と魔力で会話が出来ないのは、魔王の魂が関係しているからだ。
だけど、これらのスライムはその器官が未成熟らしい。
スライム同士だから、何となく伝わってきただけ。
このスライムたちが考えているというより、無意識下に存在する気持ちだろう。
それがなんとなく分かる。
「それは…、そうか。二千年に一度蘇って、その直後に勇者によって封印される。それってどういう気持ちになる?その気持ちが…これ…か」
ある意味で
絶対に融合してはならない、と確信できる。
間違いなく、これらすべてが精神に対する劇薬だ。
「あの……、悪いんだけど、もう帰って……ご帰宅頂けますか?」
どう考えても劇物。融合したら間違いなく、怨嗟の炎に魂が燃やされる。
上官に殺された方がマシと思えるほどの恐怖だった。
ただ、ここで奇妙な現象が起きる。
「♪」「♪」「♪」「♪」「♪」「♪」「♪」「♪」「♪」
全員が楽しそうに出口へ向かい始めたのだ。
無意識でそう思っていても、表面上の性格は殆どない。
それが綺麗なスライム。
——‼
「そうだ。帰るのはちょっと待って。一つ、頼まれてくれる?」
そして、ただのグリーンスライムの頼みをソレらは快く受け入れてくれた。
勿論、融合ではない。けれど、ある意味で融合。
コロコロと転がりながら、虹色のスライムたちが帰っていく。
これから感情が芽生える者もいれば、今のまま何も考えない者もいるだろう。
だけど、とオズは思った。
優しい心を持ったスライムになってくれ、と。
「融合は無し。それでも、快く分けてくれたな。後は俺の技術次第かな」
グリーンスライムはそう言って、辺りを見回した。
部屋の隅に水瓶があった筈だ。
そこにはしとしとと、山頂から地中にしみ込んだ水が溜まっている。
丁度よく、ろ過された綺麗な水。
暫くすると、スライムの行軍で気付いたようで、上官たちが洞窟の中に戻ってきた。
そして。
「オズ、どういうこと?スライムと融合するんじゃなかったのかしら?やっぱりただのグリーンスライムに戻り…、…え?」
「はぁ⁉どういうこと…だ?」
モーラとライデンが立ち尽くす。
ミーアはスライムの行軍に見とれていたのか、少し遅れてやってきて、二人を掻き分けてこう言った。
「なになにーーって‼オズが人間になってるー‼」
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