第8話 歴史改変、だけど

 緑色の半透明のゲルが球になり、四角くなり、三角になり、そして星型となる。

 五芒星の一つの突起が金属の筒の中に侵入する。

 二つ目の突起も、三つ目の突起も同様の変化が起きて、瞬く間に動く鉄塊の完成…


 ガチャ…、ゴト…、ゴトゴトゴトゴト


「惜しいっすね。惜しい、惜しいっす。もうちょっとだったのに‼」


 珍妙な光景に化け猫、ミアキャットが地団太を踏んだ。

 そして、隣に立つ女鳥人間は翼を竦めて、首を振った。


「どこが惜しいのよ。空き缶が踊っているようにしか見えなかったわよ。」

「おかしいっすね。おかしい、おかしいっす。これなら行けると思ったのにっす」


 二股に分かれた尻尾で金属の筒を持ち上げる猫。

 筒からデローンと緑色のスライムが床に零れ落ちる。

 その形態を面白そうに見つめる化け猫。

 猫と言っても、尻尾と耳以外は人間の女。

 彼女はモーラの友人の


「ミーア。彼はおもちゃじゃないのよ。勇敢なアークスライムなのよ。」

「勇敢なアークスライム君の望みを叶えようとしただけっす。ほらほら、もっと気合を入れてよねー。ウチが駄目化け猫って思われるじゃんー」


 二本の尻尾で金属の筒をブンブンと振ると、そこに詰まっていたゲルがボトッと床に落ちた。

 そして、そこから目のような窪みと、口のような窪みが現れる。


「重すぎるんだよ‼っていうか、俺はミーアさんみたいに人型になれたらって言っただけだから」

「でも、アーマーゴーストはこの方法で人型になってるっすよぉ」

「う……、言われてみれば確かに。純粋に俺の力が足りないのか…」

「二人して馬鹿な事やってないの。ていうかオズの依頼だったの?あの気迫はどこに行ったのかしらね。今日はライデン将軍に会わせるって言った筈だけど」


 モーラは上官に報告に行くと言って出ていった。

 そして、帰ってみたら猫がゴミ箱を漁っていて、彼女と一緒に魔物の住処に戻ってきたところだ。

 ここはブーツ半島の根元部分の岩石地帯。

 近くに人里はないが、念の為にミーアに守らせていた。

 強い意志を持つ珍しいグリーンスライムは、結局グリーンスライムでしかない。

 だからこその護衛だった。


「うん。会う必要は無いかと思って」

「は?何言っているのよ。私の上官なのよ?」


 勇敢で、意志の強いグリーンスライムは、ミーア監修のもとで今も空き缶と奮闘中。


 バサッ‼


「あぁぁ、俺の体候補が…」


 流石に遊んでいるようにしか見えないので、モーラは両腕を羽ばたかせて、缶を遠くに飛ばしてしまった。


「アンタはオズになりたいんじゃなかったの?」


 そのやる気に感銘を受けたのだが。スライムからはやる気が感じられない。

 結局、ただのグリーンスライムだったのかもしれない。

 命を賭けてまで守ったのに?

 そんな彼は空き缶を取ろうと必死に突起を伸ばしている。

 珍妙な形のまま、こんなことを言った。


「勇者はミネア村に籠城中だろ?そして俺の計算ではそのまま動かない。だって…」

「だって?」


 思い出した記憶、それは勇者アークが魔物を敵だと思った頃のものだった。

 そして、その引き金となったのは父親の死、それに伴う母の変化、および罪悪感。


「そ、それはアレだよ。冬の数を数えて貰ってるんだけど、勇者が生まれてまだ五年か六年だろ?しかも、勇者の村は魔族に知られているとあっちも知ってる。ガッチリガードしてるなら、魔王様の完全復活を待つべき。他の地域は手薄になるから、物資の調達も……、ほら、この通り簡単だ。」

「そっすよ。幹部連中もこないだ、似たような事を言ってたにゃん?」


 オズが言っていることも、一理ある。

 そんなことより、ミーアの語尾が「す」なのか、「にゃん」なのかの方が気になる、今日この頃。

 本当は大したことは考えていない。

 つまり、オズが思い出した記憶が導き出したのは——


 …下手に刺激しない方がいい


 父親は健在、母親も傍にいる。今の勇者は父と母に囲まれて暮らしてる。

 そんな勇者がやる気に芽生えるだろうか?

 あの辺の魔物はアンデッドッグ以外、見た目が可愛い。

 もしかしたら魔物に対して悪感情を抱かないかもしれない。

 幼少期に刺激を与えなければ、魔物に優しい勇者に育ってくれるかもしれない。


 魔物になってしまった自分が、人間と戦わなくて済むならそれが一番良い。っていうか、戦いたくない。

 元々、オズのやる気はモーラの勘違い、だからこの辺でだらけているくらいが丁度よい、というのが彼の判断


 ——だが。


「確かにその考えをしていた幹部が大半だったわ。でも、残念ながら不正解よ。人間たちに妙な動きがあるの。恐らく大規模な戦闘の準備をしているわ」

「はぁ⁉な、な、な、なんで?人間にメリット何もないじゃん‼だって、人間も言ってみれば待ちの状態だろ?」

「今までだったらそうだし、私にも理由なんて分からないわ。でも、事実としてウラヌ王国からの軍勢が確認されているわ。行軍の方角から見て、ドメルラッフ地帯で何かを始める気ね。それに合わせてライデン将軍が軍勢を集めているの」

「な……なん…だって?あの王が動いたのか?なんでもかんでも勇者任せの王が?」


 …あの王のせいで俺は東奔西走したんだぞ。今更、なんでやる気になってんだよ。って、今更って言い方もおかしいけど


「だから知らないって言っているでしょ?ついでに言っておくけど、ここも撤収よ。私たちも合流することになったわ。ふふ、やっとやる気になったみたいね。」


 スライムは確かにブルブルと震え、それが武者震いのようにも見えた。

 だけど、これは恐怖の震え。


「嘘…だろ?ミネア村が完全武装される道を歩んだのに、…ドメルラッフ地帯ってことは」


 父ギークが派兵された場所だ。

 歴史が改変された筈なのに、同じことが起きる。

 それって…


「私は一部の部隊を任されているから、アナタの護衛はミーア、引き続きアナタがやって頂戴。」

「はいにゃっす‼珍しいグリーンスライムを守るっすにゃ‼」


 …時間の強制力でも働いているのか?

 クソ。こんなことなら大丈夫そうなスライムと融合を…、でも俺は爽やかな汗から生まれたって信じてるから


 人間側が先に動いたとモーラは言った。

 ここに居たんじゃ、何が起きたか分からない。

 少しでも人間の情報が欲しい。

 だったら…


「ミーア、その体に俺を纏わりつかせてくれない?」


 ネコ型と人型に為れる、特殊な魔物。モルリア諸侯連合の領地では人間と魔物の橋渡しも果たす稀有な魔物だ。


「え、普通に嫌っす。モーラ先輩が信じられないくらいっすよ。」

「あれ?だってモーラは普通に…」

「私だって、羽毛は薄くコーティングされてるって思い込んで我慢していただけよ。だって汚いもの」

「ぐぬぬ。やっぱり思ってたんじゃねぇか。もういい、二人のどっちか…、って目を合わせろ。合わせ…」

「ミーア。丁度良いからその空き缶で運んで頂戴。オズも小分けにして缶の中に入りなさい。急ぐわよ」


     ◇


 ミネア村があるブーツ半島は大陸と繋がるところに山がある。

 そこがソルト山地でオズたちが潜伏していた岩山がある場所だ。

 歴史は古く、山を切り開いた道がウラヌ王国へと続いている。

 その途中、ソルト山地を越えた先にあるのが畑が広がる牧歌的な地、ドメルラッフ平原とドメルの街だ。

 そこから東へ行けば、ウラヌ王国の城下町へ行ける。南へ行くと大きな川とぶつかる、人間目線ではその川が、モルリア諸侯連合領地との境界となる。


 その川の手前に丁度よい小山があって、そこにライデン将軍が陣取っていた。


「モルリアは……、動いていないのか。だったらウラヌ王国が単独で動いたって感じかな」

「ほう。これがモーラ氏が推しているスライムですか。なるほど、グリーンスライムなのによく喋る」

「将軍。それも一部ですが、喋っているのはこっちの缶です。」


 果物か何かの空き缶、そこにゼリー状のスライムが詰まっている。

 その一つをモーラがライデン将軍に手渡した。

 ライデン将軍は豹の顔に山羊の角を生やした、とても強そうな魔物。

 二足歩行の戦士型の獣モンスターだ。


 こいつってイーストプロアリス大陸に行く前に戦わなかったっけ。確か、サラドーム公国。ここからずっと東、ウェストプロアリス大陸の端の国。結構強かったイメージだけど…


 滅茶苦茶臭そうな顔してる。


「う…。無毒だが、やはり臭いな。私は止めておこう。モーラ氏、君が持っていたまえ。」

「将軍、そこに転がっている缶が全て、彼です。その辺に転がせば、勝手に出てきますよ」

「ん?分裂しているわけではないのか。確かにそれを含めて珍しい個体だな」


 分割されても個として存在しているグリーンスライム。

 分裂して増殖するのだから、そう思われても仕方ない。

 っていうか、オズにもその意味は分からないが、やっぱり魂の影響だと考えている。


「将軍様。俺がオズで…」

「名前は良い。どうせグリーンスライムは見分けがつかん。それに…」

「将軍?」

「あぁ、そうだった。勇敢なグリーンスライムだったな。それならやはり…」

「モーラ、いいよ。俺も将軍様の気持ちは分かるし。っていうか、マジで軍が動いてんのか。ウラヌ王国本軍は右翼に展開、ドメルラッフ公の部隊が中央で、左翼が…マジかよ」


 赤毛が遠くからでも目立つ。

 ミネア村に引き籠っていればいいのに、どうしてここに来た。


 色んな感情がないまぜになる。殆ど家に居なかった父親のせいで、母はずっと苦しんでいた。

 魔族を絶対に許さないという気持ちが彼女を変えてしまったのだ。

 勇者アークがあまり故郷に戻らなかったのは、魔物を皆殺しにしろという母が正直、面倒くさかったからだ。


「俺は左翼に行きたい。」

「最初からそのつもりよ。あの時の因縁もあるだろうし、本陣と右翼はちょっと手強そうだしね。」


 因縁の相手、確かに二度も殺されかけた。

 そして、本来なら父親になった筈の男。

 あの男に近づけば、勇者の中身が知れるかもしれない。


 モーラが言っているのは、一つ目と三つ目についてだろう。


 けれど、オズがこの時考えてたのは、どうにかしてあの父親を生き延びらせるか、だった。


「その為に必要なのは…、ミーア。やっぱり俺と一緒に行動してくれ」

「嫌にゃ。援護はするにゃけど」

「大丈夫だって。俺に考えがあるんだ。それなら汚くならないから」


 そして、改変された先に現れた、改変する前の戦いが始まる。


 そこでオズはその意味を知ることになる。

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