第7話 最初に考えること

 第13節1980年代、だったと思う。

 最初の勇者が魔王を封印したのが第1節、だから大聖堂には12人の勇者の石像が祭られている。

 そしてその中にオズという名の勇者はいなかった。


「因みに0節は神々の戦い。その0節にオズはいたのか、それとも途中の節に3900年以上続いた時があったのか、流石にそこまで調べなかったなぁ」


 神々は力が強すぎるが故、世界を壊さぬように自分たちの配下を地上に残してお隠れになった。

 定番な気もするし、確かめようのない話だけど。


「っていうかオズ‼てめぇ、何してくれてんだよぉ」

「そうだよ。あの子、寂しそうな顔をして帰っちゃったじゃん。多分‼︎」


 グリーンスライムに生まれ変わってから、ちょくちょく現れる大ねずみとツノうさぎ。

 モーラの話を聞いてしまったから、この二匹に対する見方も変わってしまった。

 勇者アークとして旅立った後、スライムと大ねずみと三本ツノうさぎはセットで襲ってきた気がする。

 こんな小物モンスターが出没する地域は最初だけだから、遥か昔のことのように思えるけど。


 って、そんな感傷的な話じゃなくて、この二匹があの二匹とは限らないってこと。

 名前をつけたところで、次に出会ったコイツらはその名前を忘れているかもしれない。

 彼らはそれくらい弱い存在だ。そして魔王のために命を投げ出すことを厭わない存在でもある。


「そもそも俺は頼んでないし。っていうか大ねずみ、お前のせいだからな‼」


 名前は付けていない。

 魔物に転生したからって、魔物の味方をする義理もない。

 前向きに死んでいく奴らだ、名前を付けてしまうと精神衛生上、良くない気がする。


「何よ、何よー。オズが早く大きくなりたいって言ってたからじゃんよー」

「大きくなりたいよ。時間がないんだ。…っていうか、さっきのスライム、別に傷ついているように見えなかったぞ。」

「顔に出してないだけだよ。交尾を断られて傷つかない女子はいないんだからね?」

「しかも、アイツの方が格上だぞ。本当ならお前に断る権利なんてない。モーラ様の名前を出して、やっとのことで連れてきたんだぞ」

「だから、頼んでないんだってば…」


 動物型モンスターには雌雄が存在する。

 例えば犬歯の長さが違っていたり、例えば角の形が違っていたり。

 でも、スライムは…


「俺たちにはオスとかメスとか多分ないから‼分裂して増殖するんだぞ。んで、交わるってことは融合するってことだ。そりゃ、合体したら大きくなるのは分かっているけど…」


 体がある者は、ここで考えているんだろうなって分かるけど、スライムの思考はどこで行われているのか分からない。

 因みにモーラは


「それくらい自我を持ってたら、その辺のスライムと融合しても乗っ取られたりしないわよ」


 なんて言っているが、正直言って怖い。

 生き続けているモーラが言うんだから、間違いはないのだろうけれど、こっちの方だけは…


「さっきのイエロースライムは強毒性だったのにぃ。魔王様のおしっこから生まれたエリート中のエリートだよ?」

「魔王様のおしっこの匂いだぞ?俺たち、嗅いだだけでブルっちまうのにここまで頑張って連れてきたんだぞ‼」

「おしっこ言うな‼それが一番の理由だよ‼俺も言う立場にないけど‼」


 因みに、そう言われているってだけで、本当にそうなのかは分からない。

 モーラも人づてに聞いただけ、彼女は魔王に近づける立場にはいない。

 だけど、なんというか…、それが正しい気がしてしまう。

 ここから遥か東で出没する、ガストンとかいう気体の魔物は魔王のゲップから生まれたと、言われているらしい。

 これもなんとなく、そうかもしれないと思ってしまう。


「でもでもー。急いでいるんだよねー。なんで、そんなに急いでるのー?アタシたちの役目の一つだった、勇者が隠れ潜む村の捜索は終わったんだよね?」

「アレだろ?先輩たちが言ってたぜ。先陣を切って勇者と戦いたいから、オズって名乗ってるって」

「おー‼グリーンスライムにしては凄い意気込み‼モーラ様のお気に入りになるのも頷けるかもー」


 ネズミとウサギが飛び跳ねる中、アークになる予定のグリーンスライムは項垂れた。

 うなじなんてないけど、うなじっぽい部分を敢えて作って、項垂れた。


 …歴史が変わっている、なんて言っても伝わらないよな。


 流石に歴史が変わっていることには気が付いていた。

 ミネア村が武装されていたなんて、聞いていない。

 慎ましく密やかに、旅立ちの日まで暮らしていた筈だ。


「勇者は間違いなく生まれたんだよな…」

「おうよ‼人間たちの罠を掻い潜った俺の曽爺ちゃん、じゃなくて曽々爺ちゃん‼死に際に放った言葉は光る人間の赤子を見た‼」

「違うもん違うもん‼アタシの曽婆ちゃんだもん。あれ、曽々婆ちゃんだっけ?」


 因みに第一発見者、一番槍の称号は見事にオズが獲得している。

 オズが教会に居ると看破しなければ、ただの敗戦で終わっていた。

 だが、それは『ただのグリーンスライム』を『特別なグリーンスライム』にする為に、モーラが上官に進言したからだと、オズ自身は思っている。


「大ネズミは一匹見たら三十匹いると思え、大ウサギは一匹見たら二十匹いると思え、…で、スライムは百匹か」


 そして光り輝く赤子。

 アリスの恩寵は間違いなく人間の手に渡り、魔王を打ち倒す勇者は生まれた。

 中身はどうなっているのか、違う誰かが入ったと考えるべきか。


 …分からないな。俺はあそこでモーラに連れて行かれたし。


 でも、光り輝く赤子の目撃談がある以上、勇者は魔を打ち払う力を持っていると考えるべきだ。

 そして、オズは自分の体の治癒を待っている間、ずっと考えていたことがあった。


『可哀そうだよ。まだ、小さなウサギさんなのに』

『あ?なんだ、アークか。間違えるなよ、アーク。こいつ、ここに角が生えてるだろ。ただのウサギじゃねぇんだよ。ホーンラビットは一匹見たら、二十匹は潜んでいる。それにこいつを逃がしたら…』

『でも、こんなに小さいのに…、きっとまだ子供だよ?』

『アーク‼ちょっとこっちに来なさい。トーマスさんは命を賭けてやっているのよ。アナタの為…。えっとあの方の為…』

『ん?誰のためなの?』

『リリー、ちゃんと見てないとダメじゃないか。ほら、アーク。これを持ってみろ。カッコいいだろ?それに、悪いな。おじさんはまだ忙しくてな。ロイが今日も寂しがってる。それでロイと遊んでやってくれねぇか?』


 大人が使うパチンコを手渡されたのを覚えている。

 子供向けのパチンコと比べて、カッコよく見えたんだっけ。

 大人たちは俺の為に毎日、村の周りを見張ってた。

 その時は俺を守る為って知らなかったけど。


「でも、そうだよな…。俺、小さい頃は魔物のことが嫌いじゃなかったんだよな…」

「オズ―。何を言ってんのさー。アタシたちの曽爺ちゃんとも仲良かったんでしょー」


 どの個体を言っているのか。こうなってくると個体名をつけたくなってくる。

 これもまた他人のことは言えないのだけれど。

 さて、今回の勇者はどういう性格をしているのか。

 それを考える前に思い出すべきことがある。


「なぁ、そういえば、お前たち。モーラと一緒に出掛けたんじゃなかったっけ?モーラは帰ってきてないのか?」

「それは親父だよ‼親父はまだ帰ってきてないっての‼」

「だからモーラ様もまだだよ。いい加減、顔と臭いを覚えてよ‼」


 思い出さなければならないこと、それは…


「…父さんはまだ帰って来ていない、か」


 オズを二度も殺しかけた、あの赤毛の男について。


『…父さん。まだ帰って来ていないの』

『お父さん…。出て行っちゃったの?でも、僕にも居たんだね。アリ君とマートン君のとこみたいにお父さんが』

『えぇ。今もね、あのお山の向こうで頑張っているのよ』


 その時、母は誇らしげに東の山を指差した。

 父親を殆ど覚えていないのは、幼い頃にいなくなってしまったからだ。

 そしてあの時、俺は…


『こら、駄目だぞ。ここにいたら大人に殺されちゃうんだから』

『アーク?何処にいるの?もう、遅いから早く家に入りなさい』

『あ、お母さんだ。ほら、お前もお母さんのところにお帰り…』


 大ネズミの子供は大ネズミと同じようにネズミと違って犬歯が長く、当時の俺にも見分けはついていた。

 相変わらず、魔物が嫌いになれない俺は、母親に見つからないようにソレを林の中に帰してやった。 

 その次の日。


『お母さん、どうした?』


 母は机に伏せっていた。

 心配になった俺は直ぐに母親の近くに駆け寄った。


『お母さん、泣いているの?どこか痛いの?』


 母は泣いていた。 

 そして俺に気が付くと、彼女は痛いくらいに俺を抱きしめた。


『アーク。アーク。アーク‼大丈夫だから。貴方は大丈夫だから…。貴方がいれば大丈夫だから…』


 大丈夫、俺がいたら大丈夫

 母はずっと同じことを言いながら、泣き続けた。

 

『うん。僕がいるから大丈夫だよ。お母さん。だから、泣かないで?』

『ありがと、アーク。ギーク、私は大丈夫だから。ちゃんとやるから…』


 当時の俺には意味が分からなかった。

 だけど、次の日には何があったか知ってしまった。

 あの時のミネア村は、あんな頑強な要塞とはかけ離れた静かな村だった。

 大人たちの噂話が筒抜けになるほどに。


『ギークは大ネズミに食われたって話だ。だから骨も残っていない。葬儀をするにしても、なぁ』

『そうね。あまり目立ったことも出来ないし……って、アナタ‼』

『なんだ?突然、デカい声……って。アークじゃねぇか。こないだのパチンコ、どうだ?すげぇパワーだろぉ』


 母親は放心状態で、俺に外に遊びに行けと言った。

 仕方なく、パチンコを手にした俺は、偶然にもその話を聞いてしまった。

 

 カラン…


『お父さん…食べられた…?おお…ねずみ…?……僕…の…せい?』


 子供ながらの短絡的な思考だった。

 昨日の夜逃がした大ネズミが山の向こうで展開していたドメルラッフ軍に追いつける訳がない。

 ただ、ドメルラッフ公が軍を動かしたのは、アークの居場所を誤魔化す為の作戦。

 だからアークのせい、というのは間接的にだが正解だった。


『…違う‼そうじゃない‼』

『そうよ。私たちは魔物と戦う運命なの。誰のせいでもないわ』


 今度は、子供ながらの直感で大人たちの嘘を看破してしまう。


『僕のせいで…お母さんが泣いちゃった…』


 急いで家に戻っても、母は床に伏せたまま。


『違う‼僕のせいじゃない…、アイツのせいだ…』


 結局、言い出せずに月日は流れて、


『そうだよ、魔物が全部悪いんだ…』


 その間も、俺は自分に言い聞かせ続けた。


『母さん、父さんの仇を取ってくる…』


 そして、俺は魔物が人類の敵だと疑わない勇者として村を出た。

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