03

 垂れ布がかかった姿鏡の奥に一つだけ真四角の石がある。そこを押すと鏡が反転して隠し通路が現れた。いざという時に外へ出られる秘密の通路だ。

 コーネリアが扉を開けている間に、エルマーはランプと火打石を持った。例えどんな時でも、取り乱すことなく行動できるのがエルマーのいいところだ。


「さあ、早く!」


 エルマーが頷いた時――ドンッという爆音がしたかと思うと、ドアが吹き飛んだ。


「きゃあっ!」


 板や木屑が飛んできて、コーネリアはエルマーの上に被さってうずくまった。


「っ……!」

「これはこれは」


 聞き覚えのない男の声に、コーネリアは即座に立ち上がるとエルマーの前に出た。


「花嫁の部屋はここだったか」


 大きな男だった。浅黒い肌。彫りの深い顔立ち。細く編みこまれた長い黒髪には小さな宝玉が編み込まれ、黒く長いチュニックも、赤や金の糸で派手な装飾がされている。

 なによりも目を惹くのは、太く黒い眉の下の猛々しい目だ。黒の中に金色の、まるで蛇のような縦長の虹彩。この男が侵略者なのか。


「これは美しい花嫁だ」


 コーネリアはじりじりと後退りながら、近づいてくる男を素早く観察した。

 腰には三日月形の短剣がある。あれを奪えば、あるいは一矢報いることができるかも知れない。


「おまえは誰!」


 コーネリアは声を張った。男の視線が自分へと移った。それを逃さず、後ろ手でエルマーを押しやる。


「俺か? 俺はムサファー」

「ムサファー! おまえはどこの国の者か! なぜ我が国を襲った!」

「たまたま通りかかっただけだ。鐘の音が聞こえたからな。ちょっと寄り道してみたのだ。理由などない」


 国を訊かれた問には答えず、ムサファーは不意に距離を縮めると、コーネリアの顎を乱暴に捕らえた。


「その目は悪くない」と、にやりと笑う。

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