16

「どうしたの? そんなところで」


 やさしいフェルディナンドの声に、これ以上隠れ続けることはできなかった。

 しょうがない。コーネリアはひとつ息を吐くと、木の陰から出た。

 両手を握りしめ、まるで睨みつけるように仁王立ちしたコーネリアを見たフェルディナンドは、やんわりと目を細めた。


「コーネリア。とても素敵なドレスだね。よく似合ってるよ」


 他の令嬢なら頬を染めるようなセリフも、コーネリアには効かない。

 なにしろ産まれた時から共にいるのだ。物心ついた頃から、フェルディナンドはコーネリアを見る度、可愛いだの素敵だのと言ってくる。これはもう、いい天気だねと同じような挨拶だと認識している。


「ありがとう、フェルディナンド」と、一応挨拶を返す。


 翠玉色の目が睨みつけるその先には、少し距離を取ったランベルトがいる。

 漆黒の髪。精悍な顔立ち。深緑色のマントに騎士の制服。なめし革の帯には、美しい装飾の彫られた長剣がある。


 ――どうした、今日はお姫様ごっこか?


「ランベ……」


 皮肉たっぷりに言われる前に先制攻撃をかけようと開いた唇は、ランベルトが片膝を地に着けると同時に動かなくなった。


「……なによ、それ」

「コーネリア?」

「なんでそんなことするの? おかしいじゃない! なんなのよ、それ!」

「コーネリア、落ち着いて」

「……コーネリア様には寛大なるご慈悲をいただき、感謝の言葉もございません」

「だから! なんなのよ、それ!」

「この命、いくつあっても足りぬほどの傷を負わせてしまったのは、すべてわたしの責。お心が安まらぬのであれば、今一度、ご裁決をお申しつけ下さい」


 全身の血が逆流しそうだった。


「ランベルトはね。ずっと心配してたんだ。陛下からお赦しが出てもきみに会うことはできず、お父上からは騎士団宿所に軟禁状態で。ぼくでさえ会うこともままならなかった。まともに会えたのは、叙任式の前日だったんだ」


 フェルディナンドの仲裁の言葉も頭に入らない。

 寛大なるご慈悲ってなに?

 ご裁決ってなに?

 知らない。こんなの、わたしは知らない。

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