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 楽しいはずの夏は、瞬く間に過ぎていった。

 額の傷は十日も経てば縫った糸も取れ、木々が秋の色に染まる頃には、すっかり治っていた。額に小さな傷跡を残して。


「なんておいたわしい。姫様のお顔にこのような傷跡なんて……」


 コーネリアの顔を見る度、さめざめと泣く乳母には辟易したけれど。

 フリーデンを囲む森のほとんどは常緑樹で、時折混じるオークやブナの赤や黄色の葉が秋の訪れを感じさせる。

 民は冬に備えて羊の毛を刈り、初夏に撒いた小麦は晩秋から冬にかけて刈り取られる。

 やがて柔らかな地面が氷の柱でうねる頃、それが合図のように辺りは雪に覆われる。

 最初の頃こそ、コーネリアは毎日のように指を針で刺していたが、年が開ける頃にはそれもだいぶ少なくなった。


「すごいわ、コーネリア。この旗のところなんて、まるで風に翻っているようだわ。ね、お母様」

「ええ。もうだいぶ進んでいるから、きっと夏がくる頃には完成してるわね」


 王妃である母とエルマーに褒められると、嬉しくてこそばゆい。

 大嫌いだった刺繍も、ランベルトに贈り物をするという目標ができれば頑張れた。

 交差する二本の剣と盾。輝く王冠と森の守護神でもある狼。フリーデン王国騎士団の紋章だ。母妃にはもっと簡単なものにと助言されたが、騎士を目指すランベルトにふさわしいと思った。

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