エピローグ

 ネズミが猫に襲われてからは、あの路地裏へは行かなかった。ネズミがいない路地裏に行ってもすることがなかったからだ。それに、心に穴が空いてしまったかのようで、どこかへ寄る元気はなかった。

「千花、買い出し行ってきて。買うものは書いたから」

 母からメモとお金を渡された。

「少し多めに渡しておくから、欲しいものがあったら買っていいよ」

「……うん、わかった」

 あまり出かける気はしなかったけど、頼まれたから行くしかない。

 近所にあるショッピングセンターに向かった。

 メモに書かれていたものはすぐに買うことができた。

 時間はあるし、少し店舗を見て回る。

 特に欲しいものはなかったが、なんとなく洋服店に立ち寄った。

 歩きながら見ていくが、これといって買いたいと思うようなものは見つからなかった。

 店を出ようとして足が止まる。

「あ、かわいい」

 店の隅にかかっていた一枚のパーカーに目が惹きつけられる。あのネズミと同じ灰色のパーカーで、フードにはネズミの丸い耳がついている。

 早足で手に取り、少し体に合わせてサイズを確認。値段も見ずにレジへと持っていく。

 お小遣いも持ってきていたから、無事会計を済ますことができ、タグや値札を外してもらってパーカーを着る。

 他の店で白と桃色のボーダーの靴下を見つけて衝動買いをした。ネズミの尻尾を連想させ、歩くたびにネズミが目を輝かせて尻尾を振っていたことを思い出す。

 私の物語を聞いてくれた唯一のネズミで、親友だった。


 お使いの帰り道、久しぶりに路地裏へと訪れる。

 それほど時間は経っていないし、路地裏はあまり変わっていなかった。あのネズミがいないことが唯一の違いかもしれない。

 ネズミがよく食べていたところにパンをお供えし、手を合わせる。

 帰ろうと何歩か歩いた時、背後からキューキューという懐かしい声が重なって聞こえた。

 振り返ると、数匹の小さなネズミが隙間から出てきて、必死でパンを齧っている。

 それぞれのネズミになんとなく、あのネズミの面影があるような気がした。

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