第4話 絆
「パン持ってきたよ。一緒に食べよ」
ひとかけらに千切ったパンを隙間の前に置く。
あれから何度か通ってわかったことだが、ネズミは夕方頃から活動を始めるらしい。ネズミは夜行性らしいが、このネズミは少し早くから活動を始めるみたいだ。
少し経つと、ネズミは隙間から顔を出し、パンに飛びつく。
もう一つ何度か通っていてわかったことがある。隙間から二メートルくらい離れたところにある石段に腰掛けると、ネズミは安心して出てきてくれる。私はそこからネズミが食べている姿を見ることが好きだった。
ネズミがパンを食べ終えると、またパンを千切って近くへ置く。
二回くらいあげると、満足したようで隙間へと帰っていく。二回目はあまり食べずに口に咥えて持っていくことが多い。
ネズミが食べている間に私がやることは、一緒にパンを食べながら、ネズミに話しかけること。
友だちは聞いてくれないこともあるが、ネズミはパンを食べている間は文句を言わずにお話を聞いてくれる。食べるのに夢中なだけで、言葉を理解できているかわからない。
ネズミを見て、私は想像する。
「路地裏にネズミがひっそりと暮らしていました。他の動物に見つからないように様子を窺って巣から抜け出し、食べ物を探します。時には猫や人に見つかって追いかけられ、大慌てで必死に逃げます。ネズミも人や猫と同じように、食べて活動して寝て、一日を過ごしています」
時々、ネズミは相槌を打つかのようにタイミング良く鳴く。まるで、本当に理解しているかのようだ。
ネズミが食べ終えたため話を一度やめるが、ネズミは隙間に帰らずに目を輝かせて見上げている。
私は立ち上がり、パンをひとかけらに千切って置く。そして、路地裏を勇敢に旅するネズミの話を、少し動きをつけながら話す。
「仲間から快適な場所を紹介され、新しいところに引っ越ししたくなったネズミは下見をするために少し遠くまで行きます。しかし、行ったこともない新しい場所なため、道に迷ってしまいます」
ネズミはか細い声で鳴いた。
「そんな時、目の前には大きな猫が立ちはだかり、ネズミは超絶ピンチです!」
大きな声で話したからか、ネズミはプルプルと震えている。
「ネズミは家族に、絶対に見つけてみんなで引っ越しをすると約束したため、諦めませんでした」
ネズミの震えが止まり尻尾を振って威嚇する。
「ネズミは猫に追われながらも、必死に立ち向かう方法を考えます。しかし、一向に思いつきません。やがて、猫に追いつかれて絶体絶命のピンチ。猫が狙いを定めて跳びはねた時、ネズミは下がって隙間へと身を隠しました。猫は隙間に飛び込もうとしますが、猫の大きさでは通ることができません。猫は建物に激突して地面に落ちると動かなくなりました」
ネズミは跳びはねて尻尾をフリフリする。
少し胸を張っているような感じがする。
「ネズミはほっと一息ついて辺りを見回します。驚いたことにそこはなんと、仲間に紹介された場所だったのです。天敵の猫は退治したため、安心して引っ越しすることができ幸せに暮らしました」
話し終えると、ネズミは満足そうに隙間へと帰っていった。
一つ伸びをして、軽やかにステップを踏んで私も帰る。
少し前まではなんとなく俯いて帰っていたけれど、前を向いて歩くと様々な発見がある。家の庭に咲き誇っている花、空を優雅に飛んでいる鳥、空を燃やすように輝く太陽。
景色を見ているだけで色々な物語を思いつく。両腕を開いて目を閉じ、風を全身で受け止める。
「あぁ、なんて世界は美しいんだろう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます