第3話 黒影さんの正体

「この前のパンは食べてくれたのかな」

 後日、再び路地裏を訪れる。友だちは部活で今日は一人だったため、寄り道することができた。

 もちろん、この前のパンの欠片はない。黒影さんが食べたのか、他の動物が食べたのか。

 しゃがんで隙間を覗いてみるが、暗くて奥は見えない。

「今日も持ってきたよ」

 袋からパンを取り出し、ひとかけらに千切って置く。

 建物に寄りかかって、残りのパンをそっと齧る。

 ーー私がいるから、怖がって出てこないのかな。でも、パンを食べてくれるのか確認したいしなぁ。

 何分待っても出てくる気配はなかった。時々、隙間から鳴き声は聞こえてくるが。

 日が暮れてきて、涼しい風が通り抜ける。

「……帰ろうかな」

 結局姿を見せてくれることはなかった。

 立ち上がって伸びをした時、隙間の方から鳴き声がはっきりと聞こえた。

 振り返って隙間を見ると、手のひらに乗るくらいの大きさのネズミがキューキューと鳴き、尻尾を振って見上げている。

「パン、どうぞ」

 少し離れたところにしゃがんでネズミを見守る。

 ネズミは私とパンを交互に見ていたが、食欲の方が勝ったのかパンに近づいていく。今度はパンを凝視し、匂いを必死に嗅いでいる。安全なことを確認できたのか、ひとかけらと言っても体と同じくらいの大きさのパンを一口齧った。そして、必死にパンを食べ始める。

 あまり人から好かれていないようなネズミだが、食べている姿はとても愛らしく思えた。

「もっと食べたかったかな。さっき、私が残りを食べちゃったからなぁ」

 ネズミは食べ終えると、語尾を上げて鳴き、見上げてくる。

「また明日、持ってくるね」

 今度ネズミは語尾を下げて鳴いた。

 しゃがんだまま微笑みかけてそっと手を振り、路地裏を去る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る